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3話:守護者(ガーディアン)の日常

「このワンピース、夏物なんだけど可愛くない?」

「いいですねぇ!今年の5月は暑いですから、もう着られるんじゃないでしょうか?」

「生活費も入ったことだし…買っちゃおうかな…」


日曜の昼下がり。中央街のショッピングモールで洋服を見ている少女が二人いた。

加えて荷物待ちに付き合わされている少年が一人。


ワンピースと、生活費の入った財布を両手に見比べながら悩んでいるのは、同級生の篠崎(しのざき)花音(かのん)


彼女の髪は肩口でさっぱりと切られたショートヘアで、リボン付きのカチューシャでまとめている。西洋の風を感じる顔立ちは、ドイツ人の母譲りなんだそうだ。


彼女とは小学二年生からの付き合いで、ざっと数えれば六年になるだろうか? 中学二年生になっても変わらず純真さを忘れない、めでたいやつだ。


隣で健気にアドバイスを続けるのは讃良(ささら)(めぐみ)。後輩の小学六年生。いつも眠たげな表情をしているのはなぜだろう?


そんな間に、篠崎は値段のタグを見てゼロの多さにげっ…と声を上げた。


「真代…これ買うべきかな?」

篠崎が助け舟を求めてくるが、知ったことではない。

「篠崎さんに良く似合ってると思うよ」と、王子様スマイルで返す。


似合うか、似合わないか、好みなど述べようものなら長話へと突入する。女の子とはそんな生き物だ。


まぁこんな風に、事を荒立てず、危険を犯さず生きていくのがコツなのだ、と真代は思う。


真代の一言で買いの方向へ傾き始めた篠崎だったが、携帯電話が鳴り響くと慌てて通話ボタンを押す。


「え?中央街で立てこもり事件発生?」


通報があったのは、中央地区の大きな商店街の一角にある人気のカフェだった。店内にいた店員と客数名が人質に取られているらしい。


「われわれは学園自治組織ガーディアンである!大人しく投降しなさい!」

「いたーい思いをしたくなければ出てくるのが身のためですよ〜」

「学園自治則第25条!学園施設の不法占拠はペナルティの対象になります!」

「実家のお母さんが泣きますよ〜」


篠崎と讃良(ささら)は、現場に到着してから数十分間、こうしてB級ドラマばりの説得を続けている。


現場に急行したはいいものの、他メンバーの応援が未だ到着しない。

こうして犯人たちの気を逸らすことが最善手だろうと判断したのだ。


讃良はともかく、篠崎と僕では武力に物言わせて突入することができない。危険な役を彼女らに任せてしまうのは、心苦しかった。


(大丈夫だ。篠崎がメガホンを持った)

何か策があるに違いない。


いや、

(ドラマならこうやって立てこもり犯は大人しく投降するものね)

(メガホンなんて普段使わないから楽しいわぁ)

特に何も考えず楽しんでいるようだった。


僕は一人で突入口を探すことにした。


建物の正面入口はバリケードのようなもので中から封鎖されていて入ることが出来なそうだ。

しかし、立てこもりが起きた建物は小さな商店だった。従業員用の裏口があるかもしれない。

この頃から、2人の大声が注目を集めてしまったのか野次馬が集まり始めていた。誰か能力を使えるメンバーがいればよかったのだが…


(僕ら3人は後衛組だから戦闘は避けないと)

建物の裏手には思った通り勝手口があった。パスワードロック式になっていることは店主から聞き出し、当然パスコードを入力したが。


3回ほどエラーを吐き出したところで、パスコードが変更されていることに気がついた。頭の回るリーダーが居たらしい。しかし、人質もいる中で突入経路に正面突破は選べない。


手元の携帯からささやき声が聞こえる。

「真代先輩!突入経路はまだですか??立てこもり犯を引き止めておくにも限界がありそうです」

「裏口のパスコードが変更されてる。他の手口はないか…」

「早くお願いします。中から様子は見えないはずなのに…こちらが応援を呼ぼうとすると警告されるんです…人質のためにも下手な動きは出来ないので」


(見えていないのに動きが読まれている?)

透視の能力者か?だがしかし、立てこもりの実行犯は戦闘が出来る能力者が勤めるのではないだろうか?恐らく外に内通者がいると考えた方が自然だろう。

そうなると、


(さて、関係者は何処にいる?)


実行犯以外に手引きしている仲間が、野次馬のなかに隠れているはずだ。

そう、群衆を眺めていると、真剣な眼差しで店を見つめる女性を見つけた。野次馬ではない雰囲気を纏っているように見える。たまに篠崎や讃良の動きを伺っているようにも見える…。


(親族、恋人、仲間でも…これは後者ってところかな)


真代は群衆を縫うようにして女性の背後へ辿りついた。2人のみを注視するようにしていたのだろうが、ノーマークの真代なら簡単に近づくことができた。


真代は耳元でささやく。

「お姉さん。彼らが変更した裏口のパスワード、教えてください」

「何のことかしら?私はただ…」

「教えてくれますよね?」


真代の瞳が一層赤く光り、女性が驚いてその色を"見た"。すると、女性は力が抜けたように地面にへたり込む。


「パスワードは565628…です」

「ご協力ありがとうございました。」


驚くほど素直にパスワードを教えた女性は、数瞬のうちに我に帰ったようだった。だがしかし、自分が何を言ったか覚えてはいないだろう。


あとは応援を待つだけだが…

真代がパスワードのありかを伝えようと、腰ポケットにしまった携帯電話を開こうとした瞬間、強い衝撃ではじき飛ばされる。2メートルほど先に落ちた携帯電話は、野次馬たちの足に阻まれて掴めない。


(見られているのか…)

バリケードの向こう側から、こちらの動きを監視している奴がいる。


この場の動きを一瞬でも止められる方法はないのか…?

と、いつの間にか野次馬に流され、篠崎たちのすぐ側に戻ってきていたらしい。


僕は、立てこもり犯から隠れるように讃良に耳打ちをした。


「なるほど、がつんと決めてやりましょう」

「ふふん、ガーディアンの歌姫にまっかせなさい!」


そう言うと篠崎はメガホンを構え直し、よく聴き慣れた旋律を歌い始める。


「Schlafe(眠れ), schlafe(眠れ)…」


篠崎の青い瞳が、水に垂らした絵の具のように赤く赤く染まっていく。能力が発動すると、僕たちの目は深紅に染まる。

篠崎はメガホン越しに、歌声が聞こえる範囲の人間全てに能力を使っている。


「おい!何してんだてめぇ」

野次馬の中から、外野を見張っていたであろう男が殴りかかってくる。


が、

「あら…子守唄よりも毒で痺れる方がお好みですか?」

讃良が指一本だけ腕に触れると、男はその箇所を押さえてうめきだした。


騒がしかったはずの野次馬に静寂が満ちていくとともに、揃って力が抜けたように倒れていく。


僕は弾かれてしまった携帯を探しだすと、ほかのメンバーにパスワードのありかを伝える。駆けつけたガーディアンによって、立てこもり犯は捕縛されていった。

もっとも、中にいた犯人たちもみな眠ってしまっていたのだが。


篠崎は音楽で人を操る能力者である。さっきの歌は、小さい頃からよく耳にする「子守唄」。メガホンの最高出力をもってすれば、その場の全員を昏睡させることも簡単にできる。


讃良は毒を操る能力者だが、相手を傷つけない程度の毒を相手に仕込むまでには、相当な訓練が必要なはずだ。


「ありがとうございました!私たち、対抗できる能力がなくて…このままだと怪我人が出ていたと思います。」


一人の少女が篠崎に礼を伝えた。

店員の一人で人質になっていたのだという彼女は、今度ぜひカフェに来てほしいと話す。


「私たちは、学園の平和を守るガーディアンですから」

篠崎は少し照れ臭そうに微笑んだ。だが、その瞳には誇りに燃える炎が浮かんでいた。


「そういえば真代先輩はどうやってパスワード手に入れたんですか?」

讃良(ささら)が不思議そうに尋ねる。

「あぁ、讃良(ささら)さんは最近転校してきたんだっけ」

ガーディアンの中でも新人で、最近やっと1人前として認められたはずだ。見習い期間

「ちょうど1年前に入学しました。確か先輩の能力は読心ではなかったですか?」


「あぁ、真代の2つ目の能力は(チャー)…むごっ」

僕は篠崎の口を物理的に塞いだ。しっかりとガーゼのハンカチを口に含ませたから暫く動かせないはずだ。


讃良(ささら)さん。この学園じゃ2つ目の能力は聞かないお約束になってる」

「それはもしや、能力バトル的な都合ですか?相手に弱点を知られると不利だとか!」

んなアホな…ガーディアン内の戦闘魔か誰かに吹き込まれでもしたのだろうか。少なくとも学園内でまともな奴なら喧嘩など起こさないのだが。


「そんな漫画みたいなことある訳ないでしょ。僕らはほら…学園の外で誰かに迷惑をかけちゃったことがあったりするから。隠したいものだって多い」


僕の二つ目の能力は魅了(チャーム)。相手の目を見つめることで、相手を惹きつける能力。学園の王子様の秘密にして最大の武器だ。


讃良も思うところがあるのか、納得した様子でうなずいた。星の宮学園では2つの能力を持つ学生を二重能力者(ダブル)と呼ぶ。

数としては半分ほどを占める二重能力者(ダブル)も、自分から触れ回る者は極めて少ない。


(讃良にはああ言ったけれど)


ここの能力者が学園に来るまでには、大小問わず事件・事故が絡んでいることが多い。トラウマを形成したり、家庭環境を変えてしまったりと、決して幸せでない過去がある者もいる。


そのための対策として、2つ目の能力については訊ねない慣習なのだ。

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