2話:星の宮学園という場所
5月18日(月)--------
「3組の真代くんいるじゃない?また告白されたらしいよ」
「星の宮学園の随一の王子って呼ばれてるあの男子?」
「しっ!声が大きいよ…もう今月で3度目らしいし」
「さすがモテ男」
「でも誰の告白も受けないって噂じゃない?この間もさ」
廊下の隅でヒソヒソと噂話をしていた女子たちは、チャイムの音に急いで隣の教室へ入っていった。
(廊下の奴ら声大きすぎでしょ?真代君にも聞こえてんじゃないの)
もちろん、内緒のはずの噂話がしっかり聞こえていた。
(実際、いつも告白されてるよね。その割に誰とも付き合った噂も聞かないし)
(女の子が恋愛対象じゃなかったりしてね)
他人の恋愛事情を想像するのは人の性なのか、ゲイ疑惑まで立てられているとは。
と、自分の机で眠っていた僕は瞼を開き、軽く伸びをした。本気で眠っていた訳ではないから、それだけで意識ははっきりした。
国語の教科書を開く。授業も5時間目となると、生温い風が眠気を誘うように流れ込んでくる。僕はこの空気が好きだ。
25歳くらいの若い女の先生が開いた扉から入ってくる。
「さ、授業始めるよ。寝てる子は起こして、教科書開いてね」
クラスメイトが昨日までの続きを開くのをよそ目に、僕は教科書の54ページを開いた。中学2年生のものにしては珍しく、山月記を取り扱っている。
「それじゃあ今日から新しいところに入ろうかな。」
国語の都先生は教科書をぱらぱらとめくって品定めをしている。フリをしている。課程などとっくに決まっているのだから、悩む訳がない。
(教科書54ページの山月記。みんな予習してきてないだろうし、やつに読ませようかな)
「教科書54ページ1行目から…真代くんに読んでもらおうかな」
真代は、ほらきた、とばかりに用意していた54ページを開く。
都先生はなんてことないでしょ?と目を細めて促す。歳の離れた従姉妹なんていつもこうだ。
「山月記。
隴西の李徴は博学才穎…」
僕が山月記の冒頭たっぷり1ページを音読させられたところで、先生の気も治ったようだった。
「じゃあ篠崎さん。山月記のあらすじは知っていますか?」
(うわ…信じられない。予習してないよ)篠崎からは悲鳴が聞こえてくる
鮮やかな金髪の少女に透き通るような白肌。6年来のクラスメイトの彼女はドイツと日本にルーツを持っている。さぞかし勉強が出来そうだが、確か彼女は国語が大の苦手だったはずだ。答えにつまり宙を見つめている。
「詩人を目指していた李徴が、虎に変身してしまった過程をかつての旧友に語る物語ね。」
都先生はそのまま、山月記の概要を訥々(とつとつ)と話し始めた。
確か李徴は高いプライドと実際の実力の間で悩み苦しんだ末、虎となってしまった…のだったか。
中国の昔話が元になったこの話は、「人が虎になる」ファンタジーだ。
人は虎にならない。なれない。
だが、この学園ではあり得ないことではない。
私立星の宮学園。
深い山間に位置するこの学園は、およそ生徒数1万人を擁する大きな学校だ。
その生徒数を支えきることのできる都市1つ分程度の敷地には、幼稚園から大学まで複数の学校施設があるほか、生徒たちの生活する寮や生活用品の揃うショッピング施設、果ては映画館や遊園地等の娯楽施設まである。
ただし、この学園には他に類を見ない特徴がある。
異能力を持つ少年少女だけが集められた学園だということだ。
(あー授業早くおわんねぇかな)
(前髪ハネてない?窓際の席なら確認できたのに)
(…………)
(早く帰って彼女とメールしたい)
(お腹空いた〜)
(次の授業、能力制御の実習だっけ)
ここにいる僕たち全員にはそれぞれ特殊能力がある。
ある者は物質を操り、ある者は未来予知をし、ある者は…
程度に差こそあれど、ほぼ全員が能力を持つ少年少女で構成された学園なのだ。
僕の能力は読心術だ。
真代にとって、クラスメイト全員分の心の声を聞くなど造作もない。
「先生の無茶振りに対応するなんて、さすがは制御率学年トップの真代くんね。」
都先生はこっそり身内の株を上げてから、それでは、と教室を後にする。
学園の外にいる諸氏は、制御率と首を傾げただろうか?
制御率とは、その名の通り能力いかにコントロール出来るかの指標だ。
訓練を詰み、制御率を高めれば高めるほど、能力の強さを引き出すことができる、ともいえる。
この学園の目的の一つは、生徒の能力制御率を上げること、なのだ。
その中でも、
真代侑己は、トップクラスの制御率を誇る生徒たちの1人だ。
この学園において、制御率の高さはそのまま強さを表している。
…それならば良かったのだが。
あぁ…退屈だな。真代は窓から見えるグラウンドの草野球を見つめた。