学園生活の始まり
「新入生代表、シャルル・ド・レーガン」
今までは親に守られてきた。だから周りを気にせずに行動ができた。
でも、親元を離れて、いきなり躓いてしまった。
過ぎたものは仕方ないけど、これからは目立たないように行動していこう。
皇女殿下が狙われないように成績だけは首席のまま目立たないという、ハードルは少し高い目標だけれど。
新入生代表挨拶を無事に終えた僕は、みんなと一緒に教室へと戻っている。
学園は一学年の人数が決まっていて、四クラスありそれぞれ三十人で一クラスだ。
成績順にクラスが割り振られていて、僕のいるこの1-Aが成績優秀クラスなのだろう。
つまりは……
「お久しぶりにございます。シャルル様」
「お久しぶりです。レイチェル皇女殿下」
「ここは身分制度外の場。皇女も殿下も必要ありませんわ」
うーん。そうはいっても…貴族は兎も角、皇室の人達はやはり特別だからね。
「では、レイチェル様と」
これが最大の譲歩です。
「はい。三年間よろしくお願いいたしますわ」
そう告げて、長い金髪を振りながら友人達の輪に戻っていった。
皇女殿下にはすでに友人がいるようで、クラスに溶け込んでいる。
恐らく入学前に皇室からの要望か何かで、目ぼしい女生徒に声を掛けてお茶会でも開いたのだろう。
それくらいの事をしておかないと、皇女殿下に変な虫がつくかもしれないからね。
ちなみに僕の周りには人っ子一人いない。
みんな皇女殿下の噂を知っていたのかな。
みんな結果を見ていたのだから、僕が不正をしたとは思っていないだろうけど、皇族から悪いように思われないように、僕から距離を取ったようだ。
その判断に僕からも賛辞を贈りたい。
ありがとう僕を放っておいてくれて。でも、物は隠さないでね?
学園には寮も付いているけど、家が皇都内にあれば通学も許可されている。
人脈を作ることも学園に通う目的の一つだからか、ほとんどの生徒は寮に入っている。
姉上も兄上も寮に入っていたと聞いている。
勿論僕は入っていない。
鍛錬の時間が少しでも取れるのならば、何でもする。
このクラスで浮くのであれば、それは最早好都合。
唯一の不安は、やはり使徒のことだ。
学生気分(事実学生だし)で浮かれているクラスメイトの姿を、羨ましそうに眺めていた自分に気付き、苦笑の後、目を瞑り魔力制御の鍛錬に取り掛かった。
「おいっ!お前!一体何をしたんだっ!?!」
僕は胸ぐらを掴まれて恫喝されている。
相手は生徒ではない。実の兄だ。
「何と言われても?」
「しらばっくれるなっ!!変人で有名なお前がっ!才媛と有名な皇女殿下を抑えて首席なんておかしいだろうがっ!!」
ああ…入学式も終わり、情報が流れていったんだね。姉上は代表挨拶の指名が書かれた合格通知で知っていたけど、他の人が知るのはこの機会か。
「我がレーガン家は貴族筆頭!時期当主であるこの俺に面と向かって何か言うやつはいないが…陰で噂されているんだぞっ!」
「噂とは?レーガン家が圧力を掛けて首席を買ったとかですか?」
「それ以外何があるんだっ!!」
はぁ。僕は小さくため息を吐いて、口を開いた。
「次席は皇女殿下ですよ?いくら筆頭公爵家といえど、それが難しいというのは、少し考えたらわかることでは?
皆様もその内気付かれるでしょう」
「家族の俺が一番疑っているんだよっ!!」
「……それは…すみません?」
多分これまでの行いのせいだろう。じゃあ謝るしかないな。
「っ!!もういいっ!!これ以上レーガン家に恥をかかせたら許さんからなっ!?」
バタンッ
言いたい事を言うと、兄上は部屋を飛び出していった。
今回の事は悪くないとは思うけど、僕に責任がある。
兄上には肩身の狭い思いをさせてしまった。
本当に僕は気が緩んでいたのだろう。強くなる目処がつき、それに浮かれてその事しか考えられなくなっていた。
このまま僕が強く賢くあれば、兄上の名誉は回復するのだろう。でも、本気では出来ないんだ。
手加減してギリギリ皇女殿下を上回り続けるから、それで許してほしい。
他の家族の気持ちはわからないけど、一番人間らしい兄上の考えや想いは手に取るようにわかる。
そんな兄上が憂いなく過ごせるように、今一度僕は身を引き締め直した。
「家族にも、出来ることならみんなにも迷惑をかけたくないけど…鍛錬は自重する気はないんだよね」
自室でそう独り言ちると、僕は鏡の前に立った。
「『鑑定』」
※シャルル・ド・レーガン 12歳 男 人族
体力…710→715(-100)
魔力…942→948(-100)
腕力…88→90(27)
脚力…62(19)
物理耐性…722→726
魔力耐性…743→748
思考力…122
鉱山奴隷の味方 首輪(効果はステータスに反映)
欲望の愚者 下着(一刻ごとに10%の体力魔力減)
ユーピテルの使徒(鑑定■)
「服は反映されないのに、装備は反映される…?もしかしたら、ステータスに影響を及ぼすモノは反映されるのかも」
いや、それよりも凄いのはこの下着だ。使用感は…未だに何だかむずむずするけど……
問題は毒に慣れた僕であっても、かなりの不快感を感じる。風邪に例えると、これから高熱が出る時のような気怠さ。恐らく着用時には常に感じるのだろう。
「それに常時10%減り続けるならこれ自体で死ぬ事はないよね。『鑑定』」
体力…554/615
魔力…764/848
「首輪の影響分を考慮した数値から、ちゃんと一割引かれているな。増えた分は切り上げで減る分は切り捨てか。多少の事だけど、有難いな」
よし。このまま過ごしてみよう。流石に日常生活すら送れなくなるようだと、着用時間を決めないといけないしね。
その日、夜中に死にそうになり目覚めた。
「う、うん。体力や魔力が全然回復しないとは思わなかったよ…」
これまでの経験上、使った体力と魔力は一日で全回復していた。もちろん大きな怪我を負えば(56/80)みたいな感じで、しばらく上限が下がっちゃうけど。
つまり1時間で4%程は回復するんだ。一刻で10%なら失う量と回復量がほぼ釣り合うから、問題ないって思っていたけど……甘かったみたいだね。
「『鑑定』」
体力…121/615
漸く一心地つける程度には回復できた。良かった。学園生活が始まる前に気付けて。
「これからは寝る時だけ着用しよう。外では何があるかわかんないもんね」
逆にいえば、これまで身体を休めるだけだった睡眠時間にも強くなれる。
ポジティブにそう考え、翌日は学園が休みな事もあり、もう一度眠りについた。
「おはようございます。シャルル様。お迎えが来ています」
流石に体力と魔力を失えば、僕も人並みに眠るようだ。
翌朝、久しぶりに他人に起こされた僕は、寝起きで働かない頭で、なんとかその言葉を咀嚼していく。
「迎え…?」
「はい。待たせているので準備していただけますか?」
「えっ…約束なんかないんだけど?悪いけど帰してもらえないかな?」
僕に友達なんかいない。言ってて虚しいけど、これは事実だし。
「…失礼ながら、それは不可能にございます」
使用人が恐る恐る僕に告げる。
「畏れ多くも皇室の馬車にございますれば…」
「!!…わかったよ。ごめんね。とりあえず四半刻程待ってもらうからそう伝えておいて」
「わかりました。失礼します」
そう言うと、使用人は僕の部屋から出ていった。
「はぁ…首席の件かな…ううん。どう考えてもそれだよね」
僕は気が重くなるが、それとは反比例して、素早く支度を整えた。
迎えの使者に連れられてきたのは、やはり帝城。
だけど、ここで僕の予想から外れた場所へと案内された。
案内されたのは帝城内にある中庭。そこの東屋に僕を呼びつけた人物がいるとの事。
使者は東屋が見える所まで案内すると、そう告げて引き返していった。
「お呼びと伺い、参上仕りました」
まずは規定通りの挨拶からだ。僕は待ち人の顔を見る事なく、膝をついて頭を垂れた。
「シャルル様。急なお呼び立てをしてしまい、申し訳ございません。どうぞ頭を上げて、お掛けになって下さい」
僕の頭の上から聞こえた声は、最近よく聞く機会がある皇室の人の声だった。
「レイチェル皇女殿下?わかりました。では、遠慮なく座らせていただきます」
「皇女も殿下も必要ないですわ。そう、約束しました」
「…ここは学園ではございません。他の者が聞けば、我がレーガン家とレイチェル皇女殿下にご迷惑をお掛けしてしまいます。何卒ご容赦下さい」
皇族の命令だから座るけど、流石に呼び方は違う。
それよりも何のようだ?
タイプ的には兄上とは違い、僕に試験の結果で難癖をつけてくるとは思わないのだけど。
それでも皇族としての義務のようなもので、苦言を呈さないとならないのだろうか?
「………」
「………」
なにこれ。
用があるならさっさと済ませて欲しい。
皇女殿下は確かに才色兼備で、可愛らしいけれども、僕は見慣れてるし。
毎日鏡を見るたびに映るのは、どう見ても美少女なんだよね……自分でいうのは微妙だけど、事実だし。
「あのっ……」
「………」
こんな変な子だったっけ?理路整然とした大人なタイプだと感じていたんだけど、僕の勘違いだったかな。
「……シャルル様は勇者様なのですか?」
「…はい?」
何それ。勇者?この世界には魔王なんて居なかったと記憶しているけど…皇室の書物にはあるのかな?そんな記録が。
「こた……えられないですよね。すみません…」
「………」
また沈黙だ。時は金なり。僕の場合は、時はステータスなり。なんだけど。
早く用件を済ませて欲しい。
「ご用件は?」
「?先程の質問が用件ですが…」
「勇者云々ですか?」
はい。消えいるような声で、皇女殿下は答えた。
「残念ですが、私は勇者なる者ではございません。そもそも勇者というモノを初めて耳にしました」
「そう…ですか」
「そもそも何故そうだと思われたのですか?」
実は勇者という単語には興味を惹かれていた。
もしかしたら他の使徒に繋がるかもしれないからだ。
「入学試験の時に見せた力です。…私が幼少の頃、体調が優れなかったことはご存知ですね。その時に、神様からお告げがあったのです。
『何人も寄せ付けない強さを持った勇者が、この地に誕生する』と。
それから調べました。
すると、ある文献から古代に勇者様がご降臨されたというものがありました。
『神が見捨てた地オフィーリアに、人々を照らす存在が現れた。その者は自身を勇者と名乗り、同時にユーピテル神の使徒だとも告げた。
その者は嵐を止め、魔物の大群を消し去り、多くの病を癒した』
これがその文献の一節です」
……使徒。過去にもいたのか?聞いていませんよ?ユーピテル様?
「そうですか。ですが、残念ながら私は違います。神に選ばれたこともなければ、その様な力はありません」
残念がる皇女殿下を置いて、僕はその場を後にした。
まずい。皇女が使徒に…正確には勇者にだが、興味を持っていた。
頼むから大人しくしていてください……
僕は守りきれないかもしれない。その言葉に蓋をして、今日も鍛錬に励んだ。