入学試験と危険な行動
「遂に手に入れた…けど…何で下着なのかなぁ…」
別邸へと戻った僕は、ベッドの上に本日の戦利品を並べた。
先ずは首輪。
※鉱山奴隷の味方 首輪
魔力・体力がそれぞれ100減るが、筋力が30%増幅する。
一月以上付け続けると、それは固定される。
これの使い道はタイミングが全てだと思う。30%が固定なら、後で付ければつけるほど、筋力値の上昇が大きくなるからだ。
失う予定である100程度の体力と魔力は、最早誤差でしかない。
それに比べて筋力値は生半可な事では増えない。
よって、絶対に使用する。
本当は後に回したいけど、恐らく十日以内には付けることになるだろう。
何故なら学園内では装飾品を付けてはならないからだ。
運が良ければまた手に入れられるかもしれないし、使う前に他の使徒と出会ってしまっては遅い。
それなら三年という長い期間を送る前に、一度使っておこうと思う。
また手に入れられる可能性。僕がそう考えたのは、何も勘ではない。
この手の呪物は、普通の人が使えば死んでしまうもの。
今まで効果を固定する事も出来ずにみんな死んだはずだ。
あの近衛騎士団長ですらこれを付けると、魔力が足りずに死ぬのだから。
つまり、この効果と同等の呪物はレアではないのではないか?
そう思った僕は老婆に確認してみた。
予想は正しく、似た様な物はありふれているみたいだ。手に入れられるかは時の運次第だけどね。
それでも可能性が高いのに、使うのを躊躇していてはダメだと思う。
前世のゲーマーの言葉の中にもあるエリクサー症候群。
稀少なアイテムを死蔵してしまわないように、僕は使おうと決心した。
ただ…問題はその横に置いてある、別の呪物だ……
老婆曰く、死んだ主人の形見らしいんだけど……
「何で下着なの…」
まぁ女性物でないだけマシ…なのかな?
僕は変態ではなく変人なので、流石に女物であれば躊躇していたかも。
お爺さんの遺品の下着っていうだけでも躊躇しちゃうけど……
「でも貴金属よりは良かったかな…」
学園ではつけられないからね。でも下着かぁ…せめて上なら良かったのだけど、パンツだからなぁ……
「『鑑定』」
※欲望の愚者 下着
履いた者の身体を蝕み続ける。
その効果は脱いでも治るまで続き、体力魔力に甚大な被害を齎す。
「やっぱり、目当ての物だよね…仕方ない…洗って使おう」
首輪は試験後に着用することにし、下着は入念に洗った後、覚悟を決められてから履くことにした。
それから数日後、何の緊張感も得られない入学試験の日を迎えた。
朝、姉上から盛大に見送られた僕は、試験会場となる学園へとやって来ていた。
「おはようございます。シャルル・ド・レーガン様ですね。玄関を入りましたら、そこを右に。すぐに教室が並んでいる廊下へと出ますので、三つ目の教室へとお入り下さいますようお願いします」
「わかりました」
校門で立っていた教員に告げられた場所へと向かうことに。
学園に入学すると在籍中は身分制度が反映されない。
これは横暴な貴族のご子息様が過去にいて、時の皇帝陛下の怒りを買ったことでルールが定められたと聞いている。
僕としては身分をことさらひけらかそうとは思わないけど、公爵家の御威光を使った静かな学園生活が送れないことを、少しだけ恨んだりもした。
ガラガラッ
やはり学校といえば、引き戸。ここも例に漏れず?良い音を鳴らす引き戸がしっかりと標準装備されているようだ。
教室内に入ると、一度視線は集まったけど、みんな試験勉強をしていて、すぐに視線は切られた。
今更足掻いたところで…と、思わなくもないけど、実際人生が変わってしまうと思えばわからなくもない。
前世の大学入試の時には私もしていたしね。
「隣、失礼するよ」
特に指定されなかったので、空いている席へと座る為に一応声を掛けておいた。
もちろん一瞥されて、スルーされた。
やはり子供だ。
皇女殿下であれば、どんな時であれ、礼節は欠かさないだろう。
身分制度が反映されないとはいえ、学園を出ればそこは貴族社会。ここへは勉強とコネを作りにやって来ているのだろう?
ま、僕に媚を売ったところで何の意味も持たないけどね。
「集まりましたね。では、席に着いてください」
少しすると教員が教室に入ってきて、そう告げる。
もちろんみんなすでに席に着いている。この言葉は教員になると言わないとすまないのだろうか?
「試験中、気分が優れなくなれば、静かに手を上げて待っていてください。それでは、これより試験を始めます。私語は厳禁ですのでお忘れなく」
そう言うと、教員は紙を配り始めた。
この世界は普通に紙が使われている。
何の説明かと思うだろうが、僕もそう思う。
「止め。筆記用具から手を離して、その場でお待ち下さい」
漸く筆記試験が終わった……
内容はこの国のこと、計算、歴史、文化(身分制度など)、前世の社会にあたる周辺国についてや、地理などがあった。
「明日も同じ時間に、校庭へとお集まりください。では、さようなら」
ガラガラッガラガラッ
足早に告げると、教員は集めた紙を纏めて退室していった。
するとどういうことか、あれだけ静かだった教室が賑やかになった。
どうやら集中していた気持ちが切れてしまったようだ。
話しかけられる前に僕は帰るとしよう。
「あのっ!ちょっ!?」
ガラガラッガラガラッ
決して僕に話しかけたのではないだろう。
うん。僕は何も気付いていないよ。スルーじゃないよ?
「おはようございます。校庭はあちらです」
先日と同じ様に、朝から校門で教員が声を張り上げていた。
ご苦労様です。
僕はそれを声に出さず、視線だけで…伝わるわけはないよね。
「皇都内だけど、結構広いな」
校舎も木造ながら立派な物だけど、校庭は前世の記憶と何ら変わらない。広さも、剥き出しの地面も。
「皆様、おはようございます。本日の試験官を務めさせて頂く、ザイールと申します。皆様にはこれより剣で戦ってもらいます。もちろん模擬剣を使用してのことなので、大きな怪我の心配はいりません」
今日の試験は実技。先ずは剣の試験から始めるようだ。
模擬剣は刃が潰してある剣に、不思議素材が緩衝材として貼り付けてある物だ。
重さは真剣と変わらないから、衝撃はかなり受ける。でも教員が言うように、大きな怪我に繋がることは稀だ。
「では、名前を呼ばれたらこの円の中で戦って下さい。勝ち負けは重要視していませんが、勝つ方が楽しいので、是非皆様勝利を目指してください」
ああ…あの教員と戦えるのかと少し期待したけど……受験生同士の模擬戦なのね……
(『鑑定』)
※ザイール 35歳 男 人族
体力…78
魔力…30
腕力…60
脚力…68
物理耐性…68
魔力耐性…28
思考力…45
教員でこの数値だ。
バランスは凄く取れているけど、練習にもなりそうもない。
父上…僕は一体ここで何を学べば良いのでしょうか?
「や、止め!」
僕の試験が終わった。
ザイール先生が止めたのは、なにも僕が相手を叩きのめしたからではない。
ただ、全ての攻撃を避け続けただけ。
相手の少年は…なんて呼ばれていたっけ?
まぁいい。その少年は疲れ果て、大の字で寝そべってしまった。
「な、何故攻撃しない?」
最早言葉も取り繕えていない。さっきまでの口調はどこにいったのだろう?
「殺しても良かったのですか?」
「…なるほど。良くわかった」
勿論手加減すれば良いだけなんだけど、その言葉は相手に失礼だから。
それにこれは遊びだ。
本番に向けた予行演習にもならないほどの。
「皆様。私が魔法実技の担当、バレットと申します。これより皆様に行っていただくのは、自身が使える最も攻撃力の高い魔法を、あの的に当てていただくこと」
(『鑑定』)
※バレット 28歳 女 人族
体力…30
魔力…60
腕力…25
脚力…26
物理耐性…25
魔力耐性…51
思考力…52
わかっていたけど、8歳の時の僕の方が強い。
もちろん技術的な事はわからないけど、恐らくそれでも。
「では、呼ばれた順に・・・・・・」
その日、校庭の半分が焦土と化した。
「流石シャルルねっ!!首席合格おめでとうっ!!」
試験から五日後、別邸に合格通知が届き、お陰様で姉上から祝われています……
何故僕ではなく、姉上に渡した……
僕は恨めしそうに使用人達を見回すが、みんな顔を背けた。
「姉上も兄上も首席だったと聞きましたが?」
「私達は周りに恵まれたの。でも、シャルルは違うわ」
「どこが?」
「貴方の同級生の中に、誰がいるか知らないの?」
はて……そんなに有名な人がいたかな?
「はぁ…皇女殿下よ。あの皇太子殿下のお祝いの日から、皇女殿下の噂でもちきりだったのよ?
見た目は勿論のこと、始皇帝の再来とまで噂されるほどの剣技と魔法よ。
シャルルはそんな皇女殿下を下して、首席を勝ち取ったの。恐らく貴方を知らない貴族達が、学園に抗議の文を出していると思うわ」
「そ、そうなんだ…なんか…ごめん……」
待ち望んだアーティストのライブに行って、やっと出てきたかと思えば知らない人だった時くらい、申し訳ない。
「ふふっ。でも凄いわ。これでシャルルは一躍時の人ねっ!」
「っ!!?」
しまったっ!!まだ準備どころか成長し切れていないのに、目立ってしまった……
使徒に使徒だとバレるような行動を…僕は、馬鹿だ……
遊びだと思って気軽に受けたのが間違いだった。
能ある鷹は爪を隠す……
僕は弱いのに丸腰で戦場に立つつもりか……
「姉上」
「ん?どうしたの?改まって」
「その噂、なんとかならないかな?」
僕では最早どうしようもできない。でも、姉上なら……
「噂って、これから貴方がされる?」
「そう。僕は有名になりたくないんだ」
「うーん。学園に掛け合えば、シャルルの成績を喜んで改竄してくれるだろうけど…それって皇女殿下のことをちゃんと考えてる?」
えっ…
!!
そうか…考えていなかった……
多分姉上は『譲られた首席なんて失礼過ぎるよ』とか『バレた時に力関係上、皇女殿下に非難が集まるよ』と言いたいのだろう。
でも、確かに僕は考え足らずだ。
もし、皇女殿下が噂通り首席の成績を残せば、僕は隠れられる。
でもそれって、他の使徒からどう映る?
皇女殿下が使徒の可能性があるって勘違いするかもしれない。ううん。あのステータスだ。
するかもじゃなくて、するだろうな。公爵家とはいえ次男の僕とは違い、生まれた時から世界中に注目されているのだし。
「ごめん。聞かなかった事にして。姉上は正しいよ」
「流石シャルル!良い子だねっ!」撫で撫で
いや、それはやめて。
「ところで、その変な首輪は似合ってないよ?」
「良いんだ。気に入っているから」
本当に気に入っている。お陰で部屋のドアノブを壊しちゃったよ……