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暗躍する二人

 





 ある町では噂が撒かれ、ある町では怪文書が出回った。

 

 まぁ全部俺がした事なのだが……


「他の街でも聞いたことがあります…俄には信じられませんでしたが……貴方のご家族も…」

「ええ。裏切られました。信じて、信じて、祈りまで捧げた姉は……心を壊され、今は人形のように……」


 もちろん嘘だ。

 俺の姉は皇太子妃として優雅な生活を送ってくれているはずだ。


 噂話を広めたのはここで十箇所目。

 ビラや怪文書を含めると三十程の町や村で噂話は広まっているはず。

 聞いた事があるという返事は、これが初めてではない。つまり、俺の努力が漸く芽吹いてきたというわけだ。


 ユリスクから借りた変装の魔導具により、俺の見た目は一定ではないから、同一人物だとは誰も疑わないだろう。

 そもそもこの国の人達は人を疑う事に長けてはいないからな。


 だから、あんなマッチポンプ野郎に騙されるんだ。

 騙された奴が悪い、とまでは言わないが、最低限の自衛手段は持っていないとダメだとも思う。

 本当に守りたいモノがあるのなら尚更な。


「では、私はこれで。貴女も姉と同様に美しいので、気を付けてください」

「ありがとうございます。貴方のこれからに神のご加護がありますように」


 まただ。

 この国の人達は事あるごとに神頼み。

 確かに神はいるが、人一人の為に動いてはくれない。

 もう少し自分でどうにかしようと思わないと、住んでいる国自体がなくなるぞ?


 クロノス神聖国。

 初めて訪れた時も、話を聞いていただけの時も、この国には好意的な気持ちしか持てなかった。


 しかし、実際にこの国を訪れてみてわかったことがある。

 確かに殆どの国民は優しく、信心深い。

 でもそれは、他人に興味を持っていないからこそ生まれたものだった。


 人が泣いていたら、どうしたの?とすぐに誰かが近寄る。

 しかし、それは何かをしてくれるわけではない。

 一緒に悲しんでくれる風を装うだけで、解決に力を貸してはくれないのだ。


 唯一普通に機能しているのは兵士のみ。

 彼らは共感したところで魔物や山賊が手を抜いてくれるわけでは無い事を、身をもって知っているからだ。泣いている者がいれば泣いている原因を探り、その原因を排除しようと動く。


 だからか、なんとかこの国は国として機能していた。


 もしここが宗教国家ではなく、大陸中に信徒がいなければ、とっくのとうに攻め滅ぼされていただろう。

 それくらい神への祈りに、自分が天国へ行く事にだけ国民の関心は向いている。


 これが都市部の現実。

 逆に農村部では厳しい現実が待ち構えていた。


 お布施という名の物納に苦しめられ、しかしそれが神の為になると教育を受けているので疑う事なく受け入れる他なかった。

 都市部の人達が祈りで生活出来ているのは、そんな農村部の人達の苦しみと、外国で布教活動をしてお布施を集めている人達のお陰で成り立っていたのだ。


 祈り続けて、それが認められると食うに困ることはなくなる。

 そんな風に染められた者達が、国を挙げて持て囃しているシリウスを否定することは難しい。協調こそが尊ばれているからだ。


 だが。自分自身の力で考える事を思い出せば、それは変わるかもしれなかった。




「変化は見られるのか?」


 最後の仕事を終えた俺は、ユリスク達が待つ町へと戻って来ていた。

 そして二人と合流した俺は、ユリスクへとこれまでの作戦の成果を聞く。

 どうやってか、何処からか全くわからないが、ユリスクは新しい情報を手に入れているんだよな。

 裏工作に俺が動く必要はあったのか?

 と思わなくも無いが、する事も見当たらないため、ジッとしていられない性格の俺は助かるが。


「国民に変化は見られないわ。これは期待していなかったから別に良いけど」


 そうか……俺はどちらかというとこちらに期待していたのだがな。

 国民が自らの足で立ち上がり、自らの考えで行動を起こせば、シリウスの子供のような自作自演など、白日の下に晒されると思うが……甘い考えだったか。


「そうか。じゃあ本丸は?」

「動きがあったわ。全然見当違いの場所だけど、漸く重い腰を持ち上げたみたいね」

「時間はありそうだな。そっちの準備は?」


 ユリスク達も色々と動いていた。内容は殆ど知らないけれど。


「出来ているわ。後は仕上げだけよ」

「…あまり聞きたくはないが、その仕上げは」

「貴方よ。台本通りに動きなさい。こちらからは以上よ」


 ユリスクの台本にはシリウスの死以外に被害者は明記されていなかった。

 俺の意を汲んでくれた結果だが、この国には少なくない被害が出る。


 人的被害以外は、申し訳ないが気にしている余裕はないんだ。


 この国の人の大多数からすれば、シリウスよりも俺の方が疫病神なのだろうな。


 考えても仕方ないが、これも性分なんだ。

 この国は公国よりも涼しく季節は秋だ。多少なりとも過ごしやすくなったはずなのだが、なかなか寝付けない夜を迎えていた。






 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼


 聖地を出立したシリウスだが、噂が出ている町を目指したわけではなかった。

 旅の名目は巡礼。

 今や聖人、聖者として祭り上げられているシリウスに、理由なき遠征は難しかった。


 これが建前。


 本音としてはすぐにでも噂の出回っている町へと向かい、状況を把握して改善へと着手したかった。

 しかし、シリウスにもプライドがある。


 シリウスのなりたい英雄像は庶民に寄り添うヒーローである。

 そんなヒーローは、自分の成果を誇ったりはしない。

 そして、周りの言葉に振り回されたりもしないのである。


 聖地アヴァンスを出て、直ぐに噂が出回っている町に向かったとなれば、聖地に住まう者達に自身がそれを気にしていると思われる。


 そんな器の小さな男は、自分がなりたいヒーローなんかじゃない。


 そんな()()()男がシリウスという人間なのだ。

 周りの声に振り回され、周りの声に内心では一喜一憂する。

 そんな気性がシリウスという使徒を構成していた。


「貴方様は…まさか…聖シリウス・タイガー様では?」

「はい。シリウスは僕です。ですが、そんな風に畏まられるような人ではないですよ?」


 初めて訪れる町、そこでシリウスが初めに行った(おこなった)のは、教会への挨拶回りであった。

 兎に角この国は祈りを捧げる事が尊ばれる。

 逆に言えば、それだけを欠かす事がなければ、人からまともな人として見てもらえるのだ。


 人の目を気にしない素振りを見せる人の目を気にするシリウスが、教会をスルーする事などなくしっかりと訪ね、そこの聖職者にわかりやすい様に、噂のシリウス・タイガーの装いで声を掛けたところである。


「お会いできて光栄です。あ。私などへの挨拶よりも、神へのご報告が先ですよね。気が付かず申し訳ありません。さっ。こちらへ」

「いえいえ。こちらこそ、敬虔な信徒に出会えて光栄です。では、失礼しますね」


 この素晴らしい青年が、私利私欲のために聖地近郊の村を魔物に襲わせ、子供に死人を出した上で、それを自ら解決したなどとは誰も思うまい。


 それだけでは無い。シリウスの欲望の為に奪われた命は両手では数えきれない。


 好青年にしか見えず、誰にも疑われることのないシリウスは、その漆黒の髪のように、心も黒く染まっていた。




「やっぱり僕は英雄なんだな……」


 教会で部屋を借り、大した疲れてもいない身体を休めながら独り言を呟く。


「噂は所詮噂……いや。英雄で聖人の僕を陥れようとする悪がいるんだ!必ず見つけ出して、その罪を償わせてやるっ!!」


 この町でも変わらず聖人扱いされたことにより、シリウスは一旦落ち着きを取り戻したように見えた。

 しかし、自分が態々用意しなくとも、わかりやすい悪がいるのだ。


(これ)を放置する理由は益々無くなってきたな」


 シリウスはそう結論付けて、旅に出た意味は大いにあったと、ぐっすりと眠る事が出来た。



 翌朝目覚めたシリウスだが、直ぐに行動を起こすことはなかった。

 理由は単純で、この町にも自分なら簡単に解決できる事があるのではないかと考えたからだ。


 元々それだけを考えていれば、遠かれど本当の聖人になれたのかもしれない。

 しかし、その性格は変わることはなかった。



 やはり町くらい生活が安定していると、この国には犯罪というものが極端になくなる。

 食べ物は近隣の農村から送られるのだから、困り事も殆どないのだ。

 実際その農村に困り事は山ほどあるのだが、何せ自分を褒め称える人の数も少ないから興味が向かない。


 シリウスは安易な方法を再び実行に移す事にした。




「ひぎゃあああっ!?」


 町に魔物が押し寄せていた。

 普段通りであれば、堅牢な壁が町を守ってくれていたはず。

 その壁は今も健在だが、一番通行に便利な門が、何故か壊れて閉まらなかったのだ。


 町の門から魔物が雪崩れ込み、町は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「か、神よ…どうかお助けください…」


 人々は神に祈る。

 こんな時でも。

 自身で身を守る行動すら起こすことはなかった。


「これ以上町に魔物を入れるなっ!」


 町の守備隊でもある衛兵達が、懸命に門を死守する。

 すでに町中に入ってしまった魔物は散らばっていて、今はどうする事も出来ない。それならばこれ以上の惨劇を増やさない為にも入り口を守る事が優先されたのだ。


 何故か壊れた門は一つだけ。

 少し初動は遅れたが、ここさえ守り切ればいずれは鎮静化するだろう。

 その考えに間違いはないが、現在町の中に解き放たれた魔物は自由気ままに昂った気性を発散し放題でもあった。


「きゃっ!?」

「アンナっ!?」


 魔物から逃げ惑う人々の中、十に満たない一人の少女がその足をもつれさせて転倒した。

 魔物はすでに目と鼻の距離。近くに居た母親はどうする事も出来ず、娘に襲いかかる魔物を見て、現実逃避の為に目を瞑った。


「はっ!」


 気合一閃。

 シリウスが間一髪のところで魔物を一刀の下に屠った。


「あ、あの方は…」「聖人様っ!?」「間違いない!シリウス様だっ!」


 シリウスを見て、町人達は歓声を上げる。

 神に祈りが届いたと。


「あ、ああ…アンナ…」


 ただ一人。母親だけは現実か幻か、未だに夢見心地だった。




「シリウス様!」「聖人様!」「神の御使い様!」


 ただ一人、神の使いだけは正しい。が、それを知る者はここには居ない。


 町中の魔物を全て屠り、壊れた門に辿り着いたシリウスは門の外へ出て魔物を駆逐していった。

 そしてその英雄譚を壁の上で目撃した人々から賛辞が飛び交う。


 全てが終わり、町の中へと戻ってきたシリウスを、人々は讃えたのだった。

『我等の願いが神に通じた』『シリウス様は本物の英雄であり、神の使いの聖人である』

『死んだ者は祈りが足らなかったのだ』

 と。


 実際はシリウスが魔物を誘き寄せる為に策を弄し、門に細工を施したのだが、それを知る者はここには居なかった。


 少女をギリギリ助けたのも、どのタイミングが一番効果的か考えた結果だ。

 そして権能を使い、一番人の目が集まるタイミングで、さらには英雄的なタイミングで現れた。


 しかし、全てを知る者がいた。

 その者はシリウスと同様に神の使徒であり、未来予知に劣るとも及ばない程の精度で全てを知る者。

 名はシーナ・ユリスク。

 使徒でありながら、神の叡智に最も近い存在である。

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