もう一つの耐性強化方法
「それが病弱だった事の真相ですわ」
皇女殿下が話してくれた内容は、予想していたものよりも随分とドス黒い話だった。
僕にその話をしてもよかったのかな?と、思える程には。
「話しづらい事を話させてしまいました。誠に申し訳ございません」
僕は素直に頭を下げる。
皇国では、貴族の男子は簡単に頭を下げてはならないという風習がある。
僕からしたら悪い事をしたら謝るのは当然だから、躊躇なく頭を下げるけどね。
「あ、頭を上げてください!兄様やお父様であれば別ですが、私は一皇女ですっ!貴族の…それも公爵家の男性に頭を下げられる者では…」
「皇女殿下。これは私の気持ちです。ですのでどうぞ受け取ってください。申し訳ありません」
「シャルル…様…」
恐らくこれまで貴族の男性に頭を下げられた事は無かったのだろう。僕も下げられた事も、下げている姿を見た事すらないけども。
後味は少し悪くなったけど、聞きたいことは聞けたし、飛ぶ鳥跡を濁さず精神だねっ!
蟠りを残さない様に気をつけて、僕は帰路に着いた。
『私は毒を盛られていたのです。あっ。ご安心ください。犯人は捕まり、内々的に処刑されているので、私の身も、このお話が広まってしまっても、すでに問題はありません』
まさか皇女殿下が毒を盛られていたとは…父上や兄上は知っていたのかな?
父上は知っているんだろうな。処刑の場にいたかはわかんないけども。
「何とかして毒を手に入れないと…でも、子供に売ってくれるのだろうか?」
所謂薬の売人は用心深いと聞く。公爵家の力を使えば、すぐに見つけられるのだろうけど、それだと意味はない。
絶対に僕には薬をくれないから。
「うーーん。どうすれば……」
皇都では単独での行動は、終ぞさせてもらえなかった。このレーガン公爵領…いや、領都レーガンで探さないといけない。
「うーん。良い案が思い浮かばないなぁ…待てよ。買うのが無理なら作ればいいのでは?」
いや、作らなくてもいい。毒になる原料は売っているかもしれないっ!!
日本でもホウ酸団子の材料のホウ酸は手に入ったし、自作石鹸を作る時には苛性ソーダが使われていた。
じゃあこの世界にもそんな感じの材料で、劇物になるモノが普通に売られている可能性は高い。
生憎と僕にその知識はないから、使用人に聞いて回る事にした。
わからないことは人に聞かないとね!
「危ない原料…ですか?」
これで三人目。あまり多くの使用人に声を掛けると父上に話がいってしまう可能性が高くなる。
「何故その様な事を…」
「間違って触ったら危ないでしょ?僕はスペアとはいえ、公爵家の跡取り候補なわけだし」
これは自虐でも何でもなく公然の事実で、貴族の次男三男が背負う宿命でもある。
ま。仮に兄上が不慮の事故で亡くなっても、僕に継ぐ気はないけどね。
その時はとんでも無い盆暗を演じて、父上と母上に頑張ってもらい三男を作ってもらうしかない。
「……ここにもあります。シャルル様もモノの分別がつくほど大きくなられたので、お伝えしますが・・・・・」
こうして僕は意外にも身近な所から、目的の物を手に入れる事が出来た。
「うーん。本当にこれが毒なのだろうか?」
僕の前には、手のひらサイズのガラス瓶に入った茶色の液体がある。
ガラス瓶は自分で用意した物。
問題の中の液体は、馬車を曳く馬の栄養剤。
使用方法は簡単。馬の両頬に薄く塗るだけ。
そうする事により、臆病な動物である馬であっても、魔物に怯える事なく街道を走ることが出来る。
『半カップで大の大人が死んでしまう程の怖い薬なので、絶対に触れないようにしてください』
「眺めていても仕方ないな。とりあえずスプーン一杯分から始めてみよう」
僕は躊躇なく、その液体を飲んだ。
「風邪ですな。滋養がある物を食べてゆっくりと休んでください」
翌朝、僕は高熱を出した。一瞬旅の疲れかな?なんて思ったけど、引き出しにしまってあるガラス瓶を見て、医師を呼びつけた。
間違って死んだら嫌だもん……
でも、風邪か……
確かに頭はガンガンするし、寒気もある。
でも、推測が正しければ休んではいられない。
僕は水分補給にだけ気をつけて、屋敷を出ることにした。
「はっはっはっはっ……」
素振りをしても、魔法の練習をしても、いつも以上にすぐに疲れが出る…当たり前か。多分今の体温は39度くらいはあるからね。
「でも…ここで休めば…耐性だけ上がって……他の能力値はあがら…ない…どころか…値は下がる…もんね…」
素振りをしながら、魔力操作も同時に行う。
どちらかだけなんて勿体無い。
今はやればやるだけ伸びるんだ!
最早自分が何の為に何をしているのかも曖昧な思考の中、僕は自分にそう言い聞かせて鍛錬を続けた。
時に魔物にやられ、時に毒を自ら飲み、時に叱られる。そんな日々を過ごしていたら、あっという間に僕は10歳になっていた。
「学園…ですか?」
「ん?そうだが…まさか知らないなんて事はないだろう?」
「もちろん知っています。兄上が卒業されましたから」
久しぶりに父上に呼び出されたかと思えば、話は学園入学に向けたものだった。
兄上も12歳で入学し、15歳で卒業した。そんな兄上は、今も皇都でさらに勉学に励んでいると聞いている。
そう。学園は皇都にあるんだ。
「腑に落ちない顔だな…なんだ?言ってみろ」
「どうしても、学園に通わなければいけないのでしょうか?」
「…はぁ。今回ばかりは許されんぞ?どの様な手段をお前が取ろうとな」
くっ……
父上には僕の行動はバレている。バレていると言っても半分だけだけど。
幼い時に受けていた剣や魔法の授業。それを辞めたのは子供によくある飽きたという理由ではない事もバレている。
僕が隠れて毎日剣を振り、机に向かい勉強している事を、何故だか知られていたんだ。
ハルが陰から見守っていたけれど、そこからバレているとはなんとなくだけど考えたくはない。父上の事だから別の方法で調べたと思おう。
「……わかりました。入学します」
「それもそれでどうなのだ……知っているのだろう?学園は入学するハードルが高いことを」
「ハードルの高さは知っていますが、高いと思った事はありません」
僕はこの歳になっても、可愛げがないで有名だった。
「…では明日から試験勉強の為の講師を『必要ありません』……落ちたら許さんぞ?」
「落ちませんし、逆に落ちる人の気が知れません」
「うむ。皇都では後ろから刺されないよう気をつける様に」
いや、まだ2年も先のことだよ?
まぁ年に数えるくらいしか、二人で話す機会はないけれど。
最後の言葉には納得いかなかったけど、僕にはやらなきゃいけない事があるんだ。
ここは気合いで、試験勉強は2日で終わらせる。
意気込んで机に向かった僕は、兄上のお古の参考書のような物を開き、この2年でさらに高くなった思考力をフルに発揮して、寝ずに丸暗記した。
「くぁー…よく寝た…」
一夜漬けならぬ2日漬けを終わらせた僕は、半日も寝てしまっていた。1秒も無駄にしてはならないのに……
「焦っても仕方ないか。『鑑定』」
朝の支度をしながら、日課となっている寝起き鑑定を発動させた。
※シャルル・ド・レーガン 10歳 男 人族
体力…52→322
魔力…25→412
腕力…15→56
脚力…15→38
物理耐性…24→350
魔力耐性…43→380
思考力…84→102
ユーピテルの使徒(鑑定■)
僕は僕の予想を超えていた。これは皇女殿下のお陰だ。
毒トレーニングを思いついていなければ、ここまでのステータスにはなれていなかっただろう。良くてこの半分くらいだと思う。
体力の伸びが悪いのは、これまた毒のせいだ。
毒で体力が失われていくから、どうしても魔力に偏ったステータスになってしまう。
恐らくこれからは、それがより顕著になるだろう。
後、腕力はかなり鍛える事が出来たけど、脚力の伸びはイマイチだ。
まだ成長期を迎えていないから仕方ないけど、やっぱりイジイジとしてしまう。
もう気づいていると思うけど、毒は魔力耐性にも有効だった。これは毒の成分の中に、魔力を狂わせるモノが入っていたお陰だ。
恐らくだけど、この世界の毒は身体だけではなく魔力も蝕む物が多く存在するのだと思う。
魔力は攻撃にも使えるけど、元々は身体の一部なわけだし、それを狂わせるのが手っ取り早い毒になるのは当然だよね。
逆に魔力に作用しなければ、前世の毒だとあまり効かないのかもしれないな。
試しようがないから不毛な思考だけれども。
入学までに、今の倍にはなりたいな。
無理矢理モチベーションを上げて、今日も今日とて毒を喰らった。