討伐者
今朝魔物狩りギルドで受けた依頼は『蓮の花の採取』だ。
蓮の花と言ってもただの花ではないし、植物でもない。立派な魔物だ。
その魔物は澄んだ池にしか生息しておらず、その条件に合うものが今目指している山の中腹なんだ。
「ギルドで見た地図によると、帝都から凡そ40キロ離れている。恐らくもうそろそろ着くはずだが…」
この辺りは建物などなく、目印なんてものもない。
低い山二つに挟まれている少し高い山。そこの中腹だから、この辺りで間違いないのだが、未だ池は見当たらない。
キィンキンッ
「剣戟の音が聞こえる。いや、剣とは限らないか」
音は少し離れたところから、風に乗りやってきている。
「魔力圏を広げるか?」
他人の魔力圏に触れると、魔法の素養があれば見つかる可能性はある。
これは人よりも、魔法を使う魔物の方が敏感なのだが。
まぁ気づく人は気づく。学園でもレイチェル姫以外でも何人か違和感を感じていた生徒はいた。
その程度だ。
近づくよりもその方が良いと判断して、魔力圏を広げていく。
俺の場合、魔力圏は常時半径二メートル程で展開している。
そしてそれを広げるというのは、霧がかった視界が徐々に開かれていく感じと非常に似ている。
「捉えた」
ここから凡そ150メートルの距離。木が邪魔で視認は出来ないが、種族のわからない人が三人。そしてその近くに二つのやや大き目の反応があった。
「戦闘に集中していて、こちらに気付いた様子はない。視認しないと鑑定出来ないから、近付いてみるか」
こんな何も無いところに来ているんだ。名のある討伐者か訳アリのどちらかだろう。
気になったので、様子を見てみることにした。
ガサガサッ
なるべく視界に入らない様に、態と背の高い草むらを通り近づく。
反応から30mほどまで近寄ると、その光景はしっかりと目視する事が出来た。
※イザナギ・アマツチ 女 20歳 竜人族
体力…70
魔力…150
腕力…51
脚力…56
物理耐性…98
魔力耐性…188
思考力…68
※セイメイ・ヤブサメ 男 19歳 竜人族
体力…202
魔力…85
腕力…105
脚力…111
物理耐性…240
魔力耐性…95
思考力…57
魔物かと思ったら、竜人族だった。
見えている肌の部分で鱗がないのは顔くらいだ。人の腕や首に青みがかった透明な鱗が付いているような見た目だ。顔は普通の人族と変わらない。
そして何よりも注目すべきはこのステータス。
その二人を攻撃している男達もそこそこに強いが、相手が悪い。
どちらが正義でどちらが悪かはどうでもいいが、早く決着を付けて、さっさといなくなってくれないと困るな。
見つかると、どう考えても巻き込まれるだろうし。のこのこと池を探していたら見つかってしまうだろうし。
近寄ったはいいが、八方塞がりになってしまった。
「くそっ!つえーじゃねーかよっ!誰だよ!?鱗族は奴隷商に高く売れるって言った奴は!?」
「そりゃオメーだろうがっ!何がこれでステラを身請け出来るだっ!モテねぇ奴が娼婦に入れ込みやがって!!」
「はぁっ!?オメーも酒で作ったツケがこれで払えるって乗り気だったじゃねーか!」
…どうやら非はこの三人組にあるようだな。どうでもいいが。
「うるさいよっ!男が決めた事を後からごちゃごちゃ言うなっ!」
「「お前が誘ってきたんじゃねーかっ!」」
…なるほど。
元々この二人は討伐者か何かで争い事を生業にしていて、この二人を誘って竜人族(鱗族ともいう)を攫おうと、話を持ちかけたのはこの女か。
話は大体わかったが、俺の出る幕でもないし、出てしまえば誰も生き残れない。
感情的には竜人族に味方したいが、その竜人族は勝ちそうだしな。というか、この三人組に勝てる見込みはない。
竜人族の二人の動きは洗練されていて、対集団戦の動きも定石通り動けている。
付け入る隙がないとはこのことか。
「仕方ねぇ…ここまでやっちまったら後には引けねぇ…」
そう言うと男の一人が腰に下げた袋から、小瓶を取り出して構えた。
それを見たもう一人の男が頷くと、竜人族の二人を挟む様に動く。
そして挟み終えたらすぐに剣を上段に構えて突っ込んでいく。
竜人族の男の方がそれに対処する様で、持っていた剣を斜めに動かして男の剣を捌く。
決まるな。
それほどにこの攻撃の隙は大きい。
上段からの振り下ろしは威力はデカいが、いなされた時にその勢いを殺しきれない。
殺しきれる程度の勢いでは、振り下ろす意味が薄くなりすぎるからだ。
しかし、男は急制動を見せ、止まるや否や後ろへと飛んだ。
その数瞬後。
ボンッ
いつの間にか放たれた小瓶は、竜人族達の真上である空中で何かしらの液体をばら撒き、そして爆発した。
爆発の威力は大した事はなさそうだが……
「この煙の色は…毒か」
爆発で出来た煙は真っ赤に染まっていて、竜人族と女を包み込んだ。
「ゴホゴホッゴハッ!?な、なんだい!?こりゃ!?」
「うっ!?」「ゴホゴホッ」
どうやら生きてはいるようだな。成分は恐らく……
「はっはーぁっ!ザマァみやがれっ!!」
「上手くいったなっ!」
これは対獣用の鎮圧薬。簡単に言うと催涙弾のようなものだ。もっとわかりやすく言うと、激辛香辛料のような効果があるもの。
こんなものを所持しているという事は、この二人は討伐者で間違いないな。
ステータスからするとCランクくらいだろう。
「よぉし!今から縛ってやるからなっ!大人しくしないと腕や足の骨はいくらでも折るからな!?」
「くっくっ!これで酒が飲み放題だぜ」
「ちょっとっ!?目が開けられないんだけどっ!?」
「ちっ!うっせーよ!後で水やるから待っとけ!」
煙が晴れると男達は布で鼻と口をガードして、竜人族に近づく。
竜人族の二人も目が開けられない様子で、女はしきりに目を擦り、男は目を瞑ったまま剣を振り回している。
「ありゃ近寄れねーな」
「石でも投げるか?」
「いてぇよぉ…」
男達が相談し、女が目の痛みから弱音を吐く。
そんな三人に忍び寄り、首を刎ねた。
「がひゅっ」「きゅっ」「かはっ」
魔法を使えば竜人族の女の方にバレる可能性がある為、剣を使って殺した。
一人目の殺人で気付いたが、俺は人を殺す事にそこまで躊躇しないようだ。
だが、それも相手がコイツらのように下衆の場合。
殺す理由が見当たらないと、自分でもどうなるかわからない。こんな事で使徒が務まるのか甚だ疑問だが、どうにかするしかない。
俺は無言でその場を去っていった。
「ふぅ。いらない事をしたか?…いや、それこそアイツらじゃないが、やってしまったモノは仕方ない、か」
獣用の魔法薬。アレには殺傷力は無いと聞く。魔物に襲われなければ、半刻程で目が見えるようになるだろう。
洗わなければ痛みは残るがな。
「おっ!あれがそうじゃないか?」
怪我の功名か。あの二人から遠ざかる方角に進むと、目的地である池を発見できた。
水は澄んでいて、確かに依頼書通りの条件の池だ。
「蓮の花って確か水に浮かんでいる大きな葉だよな?」
イメージとしてはあるけれど、それがこの世界の蓮と共通しているのかは甚だ疑問だ。
依頼書にも緑の大きな葉に見えるモノを水面に出し、それにとまった鳥などを捕食する魔物だと記載されていた。
採取すべきは捕食後に咲く花なんだが……
「難易度は高目だ。その分報酬も高かったが」
池の周囲は1キロ以上ありそうだ。ここから見えない場所もあるだろうから、歩いて探すことにした。
歩くこと30分。お目当ての葉は見つけられたが、花は咲いていない。
「魔力圏を使い、アレが魔物である事は確認出来たが…鳥を捕まえないと無理か」
このまま魔法で討伐する事は簡単だ。
だが、それでは依頼は達成されない。
「仕方ない。鳥を探そう」
見つけさえすれば、鳥くらいはいくらでも捕まえられる。問題はその鳥を見掛けていないことだ。
池の周辺を暫くぶらつくことになった。
魔力圏を広げて探索しているとどうやら見つかってしまったみたいだ。
今から隠れてもいいが、撒けなかったら言い訳が難しくなる。特にやましい事もないから、近付いてくる気配を無視して、鳥を探すことにした。
「動くなっ!」
現れたのは先程の竜人族の男の方。
剣を抜き、油断なくこちらを警戒している。
「動くなと言われてもな?今は魔物狩りの仕事中なんでな。何か用か?」
「しらばっくれるなっ!お前もあの人族の仲間なんだろうっ!?」
「あの?人族?確かに俺は人族だが、仕事は一人でしている。何か勘違いしていないか?」
女の方は隠れて横に移動し、こちらを窺っている。
「見たところ竜人族のようだな。初めて見たから驚いたよ」
「竜人…族か……」
俺の言葉に引っ掛かりを覚えた男は、警戒心はそのままに、剣を鞘へとしまう。
「竜人族と呼ばれたのは久しぶりだな。どこへ行っても鱗族と蔑称で呼ばれていた。本当に知らないんだな?」
「さあ?何の事を言っているのかすらわからん。それより困っているんだ。ここで会ったのも何かの縁。助けてくれないか?」
「は?助ける?」
「ああ。俺は蓮の花の採取依頼を受けているのだが、肝心の餌が見当たらなくてな。それで鳥を探していたんだが、この辺りには全くといっていいほど、鳥がいないんだ」
俺が竜人族の男にそう話すと、横の茂みがガサガサと音を鳴らした。
ゆっくりとそちらに視線を向けると、そこには先程の竜人族の女がいた。
「それで魔力をあんなにも広げていたのね?」
「ん?アンタは…アンタも竜人族か。珍しい事は重なるものなのだな」
「セイメイ。彼は嘘を吐いていないと思うわ」
どうやら誤魔化せたみたいだ。
ついでに手伝ってくれないだろうか……
希少種である竜人族に囲まれた俺は、その特徴的な鱗に視線をやって願いが叶う事を淡く期待した。
偶には依頼をします。
いえ。ほぼ毎日シャルは依頼をこなしています。
ただ…あまりにも強くて、依頼で書くことがないだけなのです。