自我の確立
この話より一人称視点へと切り替わります。
理由はこの話の表題の通りです。
ハルが専属じゃなくなってから三年。この屋敷で僕に話しかけてくる人は、家族以外居なくなっていた。
「『鑑定』」
誰も訪れることのない部屋で、僕は鏡に映る自分に鑑定を掛けた。
※シャルル・ド・レーガン 8歳 男 人族
体力…3→52
魔力…1→25
腕力…3→15
脚力…3→15
物理耐性…3→24
魔力耐性…1→43
思考力…28→84
ユーピテルの使徒(鑑定■)
この3年でわかったことは、何もしていない大人の平均値が凡そ20〜30であること。
ばらつきがあるのは、僕があまり人と関わっていないからサンプルが少なすぎる為だ。
ハルとの別れは僕にもとっても大きな出来事だった。
アレがきっかけで、僕の自我は前世と変わらないくらいに確立されたように思う。
そのお陰か、思考力の数値が上がりやすくなった。もしかしたら何もなくとも、成長によるものかもしれないけれど。
体力の伸びは単純に走り込んだだけじゃない。
耐性系を鍛えると、体力も同時に上がる事が判明した。そのお陰で、大人よりも大きな体力を手に入れる事が出来たんだ。
魔力は魔力耐性を鍛える為の、自身を魔法で攻撃する事で多少恩恵が得られる事がわかった。
両方から恩恵を得られる体力程の伸びがない事は残念だけど。
腕力や脚力は今のところ、地道に努力するほか無さそうだ。
日進月歩。
そういえば、この世界にも月はある。地球で見た記憶の月よりも遥かに大きく、赤く輝いているけどね。
「このままじゃダメだよね…」
ステータスを見るたびに落ち込む。
普通の人でオール30。使徒で尖った戦闘系の能力を授かっていたら、その数値は人の及ぶところじゃないはず。
今までに見た最高数値は、若手騎士の体力121。
ただの騎士で121。その人は特に優れているわけでも、強いわけでもなかった。
ただ、若くて元気が取り柄という印象。
そんな人が121。
もし、魔法系に尖らせた使徒であれば、その魔力は一体……
1,000?10,000?もしかしたら一億とかでもおかしくはない。
この素晴らしい鑑定という能力。
これと引き換えに、僕は一体どれほどのモノを手放してしまったのだろうか……
「ダメだ。何かしていないと、不安に押し潰されちゃう」
気晴らしと実益を兼ねて、僕はいつもの鍛錬を行うために部屋を出ることにした。
「父上。お呼びと伺い、参上しました」
珍しい事に、父上から呼び出しがあった。
一年以上振りじゃないかな?以前の呼び出しは、行き過ぎた鍛錬で骨折しちゃった時だったかな…?
「よく来た…また怪我をしたのか。はぁ…」
なんと言われようが、嫌われようが、僕に止まる気はない。
最初は物凄く心配されて僕も心苦しかったけれど、最近は呆れられるだけで済むから、尚更止まらないけどね。
「…まぁいい。良くはないが、今日はその事ではない」
「と言いますと?」
「来月、シャルルも知っている様に、第一皇子のクリス殿下が立太子なされる。それに公爵家は全員参加しろとの勅命が下された」
勅命……皇帝陛下からのご命令なら、いくら父上でも断れない。
「出立は20日後。良いな?その時までにその怪我をどうにかするのだ」
「わ、わかりました」
「……下がっていいぞ」
僕は父上に頭を下げて、執務室を後にした。
この世界の一年は地球と変わりなく、365日ある。一月は30日、一年は12ヶ月。この12という数は存在する神の数に由来している。そして一日は、これまた12刻で分けられている。一刻は体感2時間だから、自転の速さも地球とほぼ同じかな。
足りない五日は、神無日と呼ばれ、日本の三が日のような扱いになっている。
所謂休日だね。
長い廊下を幾度も曲がり、時に階段を登って、漸く自室へと辿り着いた。家は広ければ良いってものじゃないよね……
「はぁ…」
ボフッ
天蓋付きのベッドに飛び込み、僕は長い溜息を吐いた。
「これまでの経験から、青痣なら五日で消えて無くなるけど……腫れたり、骨折したりしたら治りが遅いんだよね…」
鍛錬が出来なくなる。
その事実に僕は愕然とするほかなかった。
だって、これまでの人生とこれからの人生を捨ててまで鍛錬してきたんだ。僕にはこれくらいしかやれる事はないのに……
「ダメだ。またマイナス思考のループに落ちちゃう…」
はぁ……
その日、何度目になる溜息なのか。
僕は眠りにつくまで、溜息を溢し続けていた。
耐久値を上げる為の苛烈な鍛錬は出来ないから、僕は大人しく…するはずもなく。
「くっ…馬車の揺れが折れた肋骨に響く…」
あれから25日の時が流れ、僕は今馬車に揺られている。
レーガンの街を出て5日、立太子の式典が開かれる皇都帝城はもう目と鼻の先だ。
「でも、僕と同じ馬車には誰も乗っていなくて良かったよ」
両親と兄姉の四人は、公爵家の家紋が入った立派な馬車で移動しており、僕は荷物と一緒に荷馬車に乗っている。
これは家族から追い出されたからとかではなく、僕が進んで離れて移動する事を提案したからなんだ。
父上はよくわかんないけど、母上と姉上には未だに可愛がられているから、猛反対されたけどね。
家族で唯一僕の事をあからさまに毛嫌いしているのは兄上のみ。
僕から見ても僕は異常者で、当然の反応だと思うから全く気にしてはいないけど……
逆になんで母上と姉上はこんな僕の事を、未だに可愛がってくれているのだろうか……それが僕には非常に恐ろしい事に思えるんだ。
何だか…将来的に、この関係が足を引っ張りそうな……理由はないけど、感覚的にそう思うんだ。
「見た目に変化が無ければと思って、ゴブリンの攻撃をお腹で受け止めていたけど……やっぱりどこの骨でも折れたら痛いや…」
この肋骨の骨折はゴブリンと呼ばれる人型の魔物によるもの。
この耐久値を上げる鍛錬だけど、最初の頃は街に住んでいる所謂ゴロツキと呼ばれる人達に喧嘩を吹っかけて態と怪我をしていたんだ。
でも、そんな軟弱な攻撃ではすぐに耐久力はストップ高となり、びくともしなくなった。そこで取った作戦は魔物の攻撃を受けるというもの。
この世界には魔物と呼ばれる攻撃的な生き物が存在している。御伽話ではドラゴンも出てくるけど、これは地球とは違い、実在する生き物なんだ。
そんなドラゴンを頂とする魔物の中でも、一際弱い存在。それがゴブリン。
そんな弱いゴブリンだけど、ただの人からすればそれでも脅威なんだって。
だから人は街を高い壁で囲んで引きこもっているんだ。
その時の僕の問題は二つ。
そんな高い壁を越えて街を出られるのか?
そして、そんな脅威に攻撃されても平気なのか?
これまで街の外に出た事がなかった僕は、不真面目な衛兵を買収して、身元不明のまま街を出入りする事にした。
一つ目の問題は公爵家次男の財力で簡単に解決したけど、二つ目の疑問は簡単なことではなかった。
まず、これまでと違い、相手は会話ができない生き物という事。
つまり、僕が死ぬまで攻撃してくる。
そんな初めての殺意に晒された僕は、興奮のあまりゴブリンを瞬殺してしまった。いや、出来てしまった。
『剣を習っていて良かった…』
耐久力の鍛錬以外にも、素振り、魔力操作の鍛錬も欠かしていなかったのが、ここにきて功を奏したみたいだ。
『鑑定』
※ゴブリン 7歳 雄 魔物
体力…51
魔力…8
腕力…28
脚力…28
物理耐性…41
魔力耐性…2
思考力…4
『これが魔物のステータスか…』
どう考えても人より厳しい暮らしの中で、どうしようもなく物理耐性が磨かれて、それにより体力が突出しているんだろうね。
でも…いくら剣を持っているとはいえ、物理耐性41のゴブリンを僕が一撃で殺せるとは思えないのだけど。
物理耐性を上げる為の鍛錬に来たけど、他に気になる事も出来てしまった。
僕は生き物を殺した事により、殺意を少しだけ克服する事が出来た。
そんな事もあり、無事に肋骨を折れる程の攻撃を受けられたのだけど……
「やっぱり早まったかな…」
うん。多分僕は…間違いなく変人なのだろう……