幼少期編 シャルル・ド・レーガン
「シャルル様っ!早く休んで下さいっ!」
はぁ…面倒だね……
サキはこの世界に馴染み、シャルルとして五歳になっていた。
そんなシャルルを叱るのは、シャルル専属の使用人ハルである。ハルはボブカットされた黒髪を揺らしながら、シャルルをベットへと抱えていった。
「もう起きてはなりませんよ?!」
「わかった、わかったよ。ハルが寝れないからでしょ?」
「そうですっ!寝不足は美容の大敵なのですよ!行き遅れたら、シャルル様に相手を探してもらいますからねっ!」
全くと言っていいほど手の掛からないシャルルだが、眠たくなるまで延々と本を読むので、このやり取りが日常の一コマになっていた。
「おやすみ」
「はい。おやすみなさいませ。シャルル様」
股間の違和感には慣れたけど、使用人の扱いには慣れないなぁ……
ハルは距離が近すぎて、少し苦手なんだ。
シャルルは今の自分を受け入れていた。
「何?魔法を使いたいだと?」
翌日、朝食の席にて父であるレーガン公爵にシャルルは願い事をしていた。
「はい。兄上もされているアレです」
「シャルルは剣の鍛錬を始めたばかりだろう?急がなくてもいい」
「それは午前中の一部でしかありません。午後は丸々空いています」
シャルルに食い下がる気は一切なさそうだ。
自身の命どころか、神の運命を背負っているのだから。
「…わかった。しかし、剣の鍛錬を疎かにしたら、すぐにやめさせるからな?」
「ありがとうございます」
手は掛からないが、あるはずの可愛げもない。それがレーガン家一同の、シャルルに対しての評価であった。
「『鑑定』」
ブォンッ
シャルルが無人の自室でそう呟くと、目の前に文字が浮かび上がる。
※シャルル・ド・レーガン 5歳 男 人族
体力…3
魔力…1
腕力…3
脚力…3
物理耐性…3
魔力耐性…1
思考力…28
ユーピテルの使徒(鑑定■)
「うん。やっぱり魔法を覚えないと、魔力と魔力耐性が一向に伸びないよね」
ユーピテルから授かった使徒としての能力は『鑑定』だった。
サキはユーピテルに『ステータスが見れるようになりたい』と伝え、ユーピテルはどうせなら多様性を孕んでいる鑑定にしようと、この能力を授けたようだ。
この世界にスキルは存在しない。一種の才能のようなモノは祝福として授かれるが、神に選ばれた使徒にそれはなかった。
しかし、祝福を上回る全く別の能力を授かっていた。それが鑑定。
「鑑定は物凄く便利だけど、他の使徒はこれと同等の能力を攻撃や戦闘に振っているんだよね。僕に勝てるのかな…?」
他の使徒が授かった能力は知らない。その恐怖から、すぐにでも、少しでも強くなる事に、シャルルは貪欲になっていた。
「宜しいですか。この様に魔法とは世界に命令をして、それを実行させるモノなのです。魔力が高ければ高いほど、よりその命令に強制力を持たせる事が可能なのです」
うーん。なんか違う様な……
どちらかといえば、命令=したいことが先に来ていて、その為に必要な魔力を使うって感じな気がするなぁ。
シャルルの魔法の講師は、居丈高な雰囲気を醸し出している。シャルルもその事にすぐ気がつき、プライドを刺激しないように、本当にわからない時以外は質問をしない様にしていた。
「良いですか?一流の魔法使いとは、私の様に魔力が豊富な・・・・」
(『鑑定』)
※ディオス・ド・メイヨール 38歳 男 人族
魔力…59
魔力耐性…48
うーん。これで一流ってホントなのかな?
父上や母上とも、そこまで差はないよね。もしかしたら鑑定には現れない技術的な事で差があるのかも。
自慢混じりの魔法の講義を半分聞き流しながら、シャルルの考察は続く。
「そうです。大分上達されましたな」
剣の講師である公爵家筆頭騎士ラースは、シャルルの成長速度に舌を巻いた。
つい先日まで剣に振り回されていた幼子が、今ではその体格に不釣り合いな剣をしっかりと振れていたからだ。
(『鑑定』)
※ラース・ド・ダイナム 40歳 男 人族
体力…95
魔力…31
腕力…101
脚力…90
物理耐性…80
魔力耐性…41
思考力…25
うーん。100は限界値ではなかったね。それにしても、魔力よりも魔力耐性が大きい理由はなんだろう?
わからない事は他人に聞け。前世でもそうだった様に、今世でも同じ様にしようと、考えるのは一先ず置いておいて、この疑問をラースにぶつける事にした様だ。
「ありがとう。ねえ。ラース先生は魔法で攻撃されたことはある?」
「ん?魔法ですかな?それはもちろんです。騎士の訓練に、危険性の低い魔法に耐える、というモノがありますからな。最初はキツイですが、慣れればどうということもありませぬ」
「そ、そう。キツそうな訓練だね…」
そういうことか……耐性ってまんまだね。
だから魔力が低くても耐性は高いんだな。
この気付きにより、シャルルは茨の道を歩む事になる。
三日後。
「ぼっ、坊っちゃま!?どうされたのですかっ!?」
シャルルが屋敷へ入ると、それを見ていた使用人の一人が、二度見した後、驚愕の声をあげた。
「あ、ああ…こ、これは…そ、そうっ!転んだのっ!」
シャルルの姿は泥だらけ、傷だらけになっていた。
その美しい銀髪は見る影もなく灰色に煤けており、母の美貌を受け継いだ愛らしいその顔は、赤く腫れ上がっていた。
「ま、まさか…誰かに…?」
「ち、違うよっ!?本当に転んだんだっ!」
使用人の不穏な言葉に、シャルルは慌てて訂正の言葉を伝えた。
シャルルも自身の置かれている立場には、とっくに気がついていた。
この人口450万を誇るサザーランド皇国の筆頭貴族、その公爵家の次男という立場。
そして、自身に祝福がないという噂が家中で広がっていて、それを良く思わない者達が一定数…いや、かなりの数いることを。
僕のせいで無実の使用人のクビが物理的に飛ぶかもしれない……
でも、耐性訓練は欠かせないし…どうしたら……
シャルルは恐れた。誤解が誤解を生み、誰かが傷つく事を。
その解決策に安易な方法を選ぶ。
その道が茨の道であることを知っても。
5歳までのシャルルは神童という名を欲しいままにしていた。
精神年齢や知能指数は置いておいても、知識や知恵はずば抜けており、幼子に難しい努力・集中というものを、いとも容易く行っていたからだ。
そんなシャルルはいつからか神童ではなく、変人として噂され始めていた。
「また傷だらけで帰ってきたようだぞ」
「また?もうっ!いくら子供だからって、世話をする私達の事も考えなさいよねっ!」
使用人はそう噂する。
「あのお方はもう無理ですな」
「ええ。私の講義を三回で辞めるなど、魔法の才能は無いと喧伝しているようなもの」
「剣の才はあると思ったのだが……所詮子供のする事か」
講師達はそう噂をした。
シャルルはいつしか、公爵家の面汚しと噂されるようになっていた。
「シャルル様。もうやめて下さい」
夜、子供の寝る時間。いつもの様に小言を聞かされると読書をしながら身構えていたシャルルに、予想だにしない出来事が起こった。
「えっ?ちょっ!?」
シャルル専属使用人のハルが、その腕にシャルルを抱き、涙を零して懇願してきたのだ。
「もう…怪我をするようなことは……」
ギュッ。
抱きしめる腕に力が入る。
そこから伝わる震えが、この言葉こそがハルの本心である事を、如実にシャルルへと伝えた。
「……ごめん」
「ではっ!?」
がばっ。
シャルルの小さな身体に預けていた顔を上げ、ハルは満面の笑みで、その期待している言葉を待った。
「明日、父上にハルを専属から外してもらえるように頼むよ」
「え……?」
ハルは理解出来なかった。言葉の意味は理解しているが、シャルルの考えは理解出来ず、シャルルの気持ちも分かりようもなく、自分がこれまで大切にしてきた親愛も踏み躙られ、理解することを脳が拒絶したのだ。
ハルは茫然自失といった表情でシャルルの寝室を出て、その扉を心の扉と共に閉じた。
この小説を読んで頂き、ありがとうございます。
幼少期編は異世界モノによくある、説明回の様な話が続きます。
勿論物語に大いに関わるものですので、見ていただきたいですが、少し流れが遅く、つまらないと思われる方もいるかと思います。
そうした方々にも楽しんで見ていただくために、下記のあらすじを残します。
物語の本編とも言える対使徒戦は、幼少期編の後から始まります。
ネタバレ要素を含むので、それがお嫌いな方はこの下を見ずに次の話へと進んでください。
〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓■〓
※若干のネタバレ
幼少期に蓄えた力(知識含む)を持って、成人後主人公は国を出ます。
使徒の権能は様々あり、それは戦闘に向いているものや、統治に向いているものまで多岐に渡ります。
そうした中、様々な権能を持つ使徒と戦ったり、戦わなかったりしながら、主人公は目的に近づいていきます。
主人公は最強を目指していますが、最強にはほど遠く、普通に負けることがあります。
最強ではないけれど、様々な縁や幸運に助けられ、主人公は主人公として、歩んでいきます。
そして。敵は他の神の使徒だけではない。
ここまでがネタバレになります。
もちろんこれは小説の一部でしかなく、これを見てもつまらないと感じる人が多いのは存じております。
ですが、少しでも多くの人に最後まで見ていただけたらと思い、こうして若干のネタバレを載せた次第であります。
苦しくも成長していく主人公と、物語に散りばめた謎。そして、旅を通じて出会う縁を楽しんで読んで頂けたら幸いに思います。
人の中では強くとも、最強ではありません。
俺つえぇ要素は少しありますが、力に溺れる事はありません。
普通の人とは違う化け物達の中で、弱い自分をしっかりと見つめる。そんな主人公の物語になります。
『聳え立つ壁は、高ければ高いほど燃える』
少しでも多くの方々に、最後まで追って頂ける小説になる事を願って。
長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。多謝。