とどのつまり
「それで、私はここへと戻ってきたのです」
あれから応接室へと戻り、この親子の経緯を聞いた。
簡単な話。
ロザンに好きな人がいて、それが家格の釣り合わない相手だった。
若かりし二人は、二人の想いを成就させる為に家を飛び出した。
ここまではよくある…いや、よくはないが…話だった。
では、何故、出奔したロザンがこの家に戻ってきたのか。
それは娘の治療の為。
では、何故、家を飛び出して行った息子を、この貴族そのものといえる伯爵が、再び伯爵家に迎え入れたのか。
それは、跡取り問題にあった。
貴族とは、どの国でも多くの子を作る。
それが一番の仕事であり、これが出来ないとお家断絶だからだ。
そういった理由から、伯爵にも子が大勢いた。
息子三人、娘四人である。
ロザンは長男だが、出奔した。
継ぐのは次男である。
そして次男はロザンが出奔して間も無く、不慮の事故により亡くなってしまった。
残されたのは三男のみ。
最悪は娘にも継がせられたが、その娘達は既に皆嫁いでいた。
そして、三男は順調に成長し、伯爵家を継げるだけの能力を備えた。
しかし、人体には備わっていなかったのだ。
いつまで待てど、子が出来る気配はない。
多くの医者達に診せた結果、三男に子を作る能力は無かったとわかる。
焦った伯爵はロザンを探した。
まさかこの歳で子を自らが作り、それを伯爵家を継がせるまで育てられるとは考えられなかったからだ。
そして…ロザンは見つかり、条件を出した。
『息子を伯爵家の跡取りとして育てる事は認める。私が父の傀儡になることも許しましょう。ですが、一つだけ。一つだけ叶えて欲しい願いがあるのです』
もちろん愛娘の治療だった。
そして治療方法が無いところまで辿り着いた。
そうなれば、親の願いなどしれている。
子の幸せだけ。ただそれだけ。
命を助けられないのであれば、せめて願いを…幸せを与えてやりたい。
「そして、依頼内容ですが、クリミアを旅に連れて行って欲しいのです。行き先は景色の良いところ。そして、人が立ち入れないような、誰でも簡単には行けないところ」
「ふざけた依頼じゃが、それがこの者の望みじゃ」
別にふざけているとは思わない。
ロザンも父として、本当は何処にも行かせたくないはずだ。
しかし、その自身の想いを抑えてまで、娘の願いを叶えてやりたい。
その気持ちをふざけたなどと、一蹴することは俺には出来ない。
シャルルの時は、貴族として伯爵と同じ感覚で物事を見ていたけどな。
「ちなみに期限は?」
「特に設けておりません。娘が納得出来たら。無理でしょうか?」
「いや。ここでは判断できんな。一度会わせて欲しい。本人の口から目的を聞き、それが可能な事ならば依頼を受けよう」
見た事がない景色なら、簡単に見せることは出来る。
それこそ、強力な魔物が蔓延る国境であれば、誰も行ったことはないだろう。
「後、何故年齢が関係する?それこそ年季が入った熟練の冒険者の方が、色々な景色を知っているはずでは?」
「それは…娘がまだ13歳という年齢にあります。一緒に旅をするのが、中年の冒険者では可哀想だからです。後…万が一にでも、変なことになった時に……想い出に残るような相手の方が…『わかった。もういい』…はい」
年齢の理由はわかった。
旅にはロザンはついて来ない。危険が伴うから、伯爵が許可しなかったのだ。
帯同者はクリミア嬢付きの専属メイド一人。
そんな中、冒険者の男が変な気を起こす可能性は、大いにある。
女性の高ランク冒険者でも見つかれば別だろうが、男より圧倒的に少ないからな。
貞操よりも命の方が大切だ。
ロザンは庶民思考なのだろう。貴族女性であれば、貞操は命と同じだからな。
そして、それを奪われる可能性が否定できないのであれば、奪われた時に娘にとってマシな相手として、俺がうってつけだと。
親に皆まで言わせるのは酷だ。
それに気付いた俺はロザンの言葉を遮り、護衛対象であるクリミア嬢の元へと案内されることになった。
「こちらです」
これまでは領主館の一階だったが、今は三階に来ている。
恐らく二階よりも上が、伯爵家の私室になっているのだろう。
案内されたのは廊下の突き当たりの部屋。
一番使い勝手の悪い部屋だが、当の部屋の主は外出することがないから、都合が良いのだろうか。
「クリミア。私だよ。開けてもいいかい?」
そこには普通の父親の顔をしたロザンがいた。
俺の父であるレーガン公爵に、ここまで優しく声を掛けられた記憶はない。
やはりロザンは貴族が嫌いなのだろう。
「はい。お父様。どうぞ」
ガチャ
扉が開かれ、目に飛び込んできた室内は、とても質素なものだった。
調度品は一切見られず、本棚だけはいくつかあった。
ベッドの造りは良さそうだが、貴族女性のものかと問われれば首を傾げてしまう。そんな造りだった。
「あの…其方の方は?」
「ああ。紹介しよう。金ランク冒険者のシャル殿だ」
「お初にお目にかかる。クリミア嬢。シャルという。以後よろしく頼む」
この国の作法は知らないが、こんなものでいいだろう。
俺は胸に手を置き、目線は変えずに少し頭を下げながら挨拶をした。
それを見てロザンが少し驚いたようだが、それよりもクリミア嬢の反応が凄かった。
「冒険者様っ!?本当ですかっ!?」
「ああ。本当だ。これが冒険者証だ」
そう言って、俺はプレートを渡した。
「凄いですお父様っ!これ金で出来てますよ!」
「ははっ。そうだね。でも少し落ち着いて。今日は話があって来たんだ。先ずは話を聞いて欲しい」
「は、はい。すみません。お客様の前で…」
冒険者というワードに我を忘れていたが、冷静になると年相応に恥ずかしがって見せた。
この子が死ぬのか……
他人事ながら、目の前で死なれたら……いや。よそう。依頼を受けてもいないのに、余所者の俺が考えていい事ではない。
「うん。いいかな?この人がクリミアを旅に連れて行ってくれるかもしれないんだ。でも、その前にそれをしてくれるかどうかは、クリミアの話を聞かないと判断できない。わかったかな?」
「はい。私が旅に……わかりました。なんでもお聞きになって下さい」
余程旅に憧れているのだろうな。
クリミア嬢はロザンの話を聞くと、それを噛み締めるようにし、覚悟の籠った瞳でこちらを窺ってきた。
まっすぐで純粋な瞳で見つめられると、ついつい頷いてしまいそうで困るのだが……
「先ずは、クリミア嬢がどのような景色を見たいのか、具体的に教えてくれないか?」
それが短い時間で済ませられるところであれば、依頼を受けよう。
口には出さず、心の中でそう呟き、返答を待った。
「そうですね…行きたいところは沢山あります。が。私に残された時間では全てを回ることは無理です。
ですので、最も見たいところになりますが……エルフの村を見てみたいです。
ここにある本にも幾つか出てきますが…エルフの村はとても綺麗だと。それは自然と調和して、人族には造り出せないものであると。
どうでしょうか?」
「エルフの村か…少し考えさせてくれ」
そういうと、俺は思考の海に飛び込んだ。
エルフの村。
そこには良い思い出がない。
まず場所だが、それには検討がついている。ユグドラシルだ。
距離は走って七日ほど。クリミア嬢を連れて行くのであれば、必然的にその移動速度は緩やかなものになる。
恐らく片道で二ヶ月。それくらいは掛かることだろう。
往復で四ヶ月であれば、依頼料を考えると妥当だと思える。
その間も行く先々の村や町で聞き込み出来るとなれば、俺に損は少ない。
問題は、ユグドラシルにハイエルフ…というよりも使徒がいる可能性についてだ。
もしいたら、クリミア嬢を守ることなど出来ない。
俺は使徒だから、神の望みを最優先しなくてはならないからな。
考えを纏め、俺はゆっくりと口を開いた。
「恐らくだが、エルフの棲家に検討はつく。そして、そこに案内することも可能だ」
「本当ですかっ!!」「良かったねっ!」
「待て。まだ話は済んでいない。本題はここからだ」
俺の言葉に喜ぶ少女。そしてそんな娘の喜ぶ姿に顔を綻ばせて喜ぶ父親。
だが、話は終わっていない。
「そこに行くまでは守れると約束しよう。しかし、エルフは排他的な存在だ。多くのエルフに囲まれては、守り切れるかどうかわからない。つまり、そこで死ぬ覚悟がなければ、連れては行けない」
実際には、エルフが束になって掛かってきても、殺すことは簡単だ。
しかし、二人には伝えられない存在が、この世界には存在している。
もしそこに使徒がいたら…残念だが、守り切れない。
出来ない約束はしない。
そして、命懸けだと伝えておかなくてはならなかった。
「そんな事ですか」
対するクリミア嬢は、俺の言葉に何の驚きも示さなかった。
「元より死を待つ身です。いえ。そこで死ねるなら本望と言っても過言ではありません。家族には申し訳ないですが…後、ミスティにも……」
「そうか。わかった。それならば依頼を受けよう。しかし…ミスティ?誰なんだ?」
「ありがとうございますっ!これで夢が叶います!」
この子は大はしゃぎしているが、エルフの集落を見たはずの俺には理解できない夢だった。
見たはずなのに、何も覚えていないくらいなのだから。
まぁ、夢は人それぞれだし?
「ミスティ。挨拶なさい」
ロザンに言われて動いたのは、置物と化していた壁際に立つメイドの一人だった。
「ミスティと申します。クリミアお嬢様の専属メイドです」
そう言って頭を下げたのは、メイド服を着た茶髪の女性だ。
「ミスティは二十歳になります。クリミアと年も近く、旅に着いて行く第一候補ですね」
ロザンがそう説明するが……
「待て。死出の旅路になるのかもしれんのだぞ?本人に行く気がなければ、連れて行くことは出来ん」
「シャル様。問題ありません。私はお嬢様のお側に最期までいます」
「ミスティ…ありがとう…」
いやいや。
クリミア嬢は感極まっているが、本当にそうなのか?
貴族家に逆らえないから、そういうしか無い場合もあるんだぞ?
「シャル殿。シャル殿が気にされている事は、重々承知しています。ですが、そのことについては問題ないと約束しましょう。理由は後程」
「む。わかった」
その日は伯爵邸に泊まることになった。
夕食後。俺の部屋を訪れたロザンの説明を聞き、俺は納得した。
『ミスティは、私が家出した先で拾った孤児なのです。だからクリミアとは姉妹のように育ちました。二人の仲は本当の姉妹以上の絆があります。如何でしょう?』
俺はその説明に、頷いて答えとした。




