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7話 魔性の飲み物

「ただいまー」


 クリスマスを翌日に迎えた聖夜、俺はいつも通り(・・・・・)午後九時に帰宅する。

 せっかくのイブだから今日も定時に帰ってきたかったのだが、生憎と臨時で終わらさなければならない仕事が出来て叶わなかった。


 なぜ俺の職場はこんなにもブラックなのだろうか。

 そんな理不尽を中和するように、今日も今日とて奏が玄関で出迎えてくれた。


「おかえり。その手に持ってるコンビニ袋、どうしたの?」

「あぁ、これか。久々に飲もうと思ってな」


 帰ってくる前、俺は少しだけ寄り道をしてお酒を買ってきていた。

 いつもなら翌日の仕事に支障をきたさないようにと控えていたのだが、嬉しいことに明日は休暇。

 奏とのデートも午後からということで、問題ないだろうと思いふと飲みたくなったのだ。


「ふーん」

「飲もうと思ったら奏の分もあるけど」

「私はいい。それよりも、今日は先にお風呂に入ってきてくれる? まだご飯できてなくて」

「いいけど、何かあったのか?」

「今日はクリスマス・イヴでしょ? だから少しごちそうを作りたくて」

「ごちそう……」


 奏の口から出てきた単語に、俺の腹の虫がだらしなく鳴き声を上げた。

 それは奏にも聞こえていたらしく、口元に手を当ててクスリと笑みを漏らす。


「ごめんね、お腹空いてるでしょ。もう少しで出来るから、先にお風呂入ってきて」

「分かった。あぁ、焦らなくていいからな。俺はごちそうのためだったらいくらでも待てるから」

「分かった、ありがとう」

「おう」


 俺の言葉にまたもクスリと笑った奏を見て、俺は意気揚々と脱衣所に向かうのだった。



         ◆



「はぁ〜美味かった」

「お粗末様でした」


 今日の晩ご飯は奏の言う通りごちそうだった。

 ローストチキンにミネストローネ、ポテトサラダにカプレーゼなど。

 クリスマスにちなんだ料理を、それも奏の手作りで食べられたのだから、これ以上の幸せはない。

 締めにケーキ屋で買ってきたちょっとお高めのショートケーキを平らげ、俺たちの聖夜は終わりを迎えようとしていた。


「今日は色々とありがとうな」

「ううん、私がやりたくてやったんだから。それに楽しかったし」

「料理を作るのが?」

「うん。普段作り慣れない料理を試行錯誤して作るのが面白くて」

「俺のために作ってたからじゃなくて?」

「ばっ、ばか、そんなわけないでしょっ」


 ツンツンした奏が可愛すぎて、思わず「うへへ」とだらしなく声を上げて笑ってしまう。


「……全く、あんまり飲みすぎないでよ。ただでさえいつも飲んでないんだから、悪酔いしちゃうよ」

「大丈夫大丈夫。まだこれっぽっちも酔ってないから」

「いや酔ってるから。なんならもうすぐ寝ちゃうから」


 奏と話すのは楽しい。

 何を言っても可愛い反応を見せてくれるし、適切に返してくれるし。


 奏の言う通りもう少し眠たいけど、流石にまだ起きていたい。

 こんなに楽しい夜を寝落ちで終わらせたくはなかった。


「そういえば、奏ってお酒飲んだことあるのか? 飲んでるところ見たことないけど」

「ないよ。あんまり美味しくなさそうだし、体にも悪そうだし」

「なぁなぁ、ちょっとだけでいいから飲んでみてよ。俺、奏がお酒飲んだらどうなるのか気になる」

「えぇー……?」

「どうせ飲み会とかに誘われたら飲まされるんだからさ、今のうちに飲んでみようよ」


 俺のだる絡みのような提案に渋る奏だったが、十秒間たっぷり逡巡した後。


「……一本だけだからね」


 何やかんや承諾してくれる奏であった。


「やった」

「全く、将来子供にも同じこと言いそうで怖い」

「それは俺との子供が欲しいってことか?」

「ち、違うっ! そういう意味で言ったんじゃないっ!」


 そんなこんなで初飲酒の奏。

 初めてだからということで、そこまでアルコール度数の高くないレモンサワー缶を飲むことになった。


 こういうお酒に強い、弱いは遺伝による部分が大きいらしい。

 俺は奏の両親のことを何も知らないが、流石にサワー缶一本で酔い潰れることはないだろう。


 躊躇いがちに缶を開けた奏は、ゆっくりと口をつける。

 そのまま缶を傾け、中身を流し込んでいった。


「……意外と、美味しいかも」

「だろ? レモンサワーもいいけど、一日の終わりに飲むビールが格別なんだよ」


 美味しさに気づいてギアがかかったのか、奏は二缶目、三缶目と缶を空けていく。

 アルコールが入ったおかげで口数の増えた彼女とする雑談はとても楽しくて、あっという間に時刻は深夜零時を回っていた。


「――ねぇ、千智」


 彼女がおかしくなり始めたのは、多分そこからだったと思う。


「どうした?」

「隣……行ってもいい?」

「あ、あぁ。いいよ」


 目の前に座っていた奏は立ち上がり、ふらふらと覚束ない足で俺の隣を目指して腰を下ろした。


「千智。千智、か……」

「どうした急に」

「私、千智って名前好きだなぁと思って」

「名前が?」

「もちろん千智のことも好きだけど」

「あぁ、ならよかった……って、へっ?」


 いま奏はなんて言った?

 聞き間違いでなければ、俺のことが好きだって言わなかったか……?


「か、奏?」

「んぅ、何……?」


 気になって覗き込めば、彼女は虚ろな目をしていた。


 間違いない。

 完全に酔っている。

 自分も酔っていたせいで気が付かなかった。


「だ、大丈夫か? どこか気持ち悪いところとかないか?」

「気持ち悪いろころか、とっても気持ちいいよ? なんらか、ふわふわする」

「ちょっ、おい……っ」


 舌足らずな言葉のまま彼女は俺の肩に寄りかかってきた。


 まるで発情したかのようなとろんとした瞳に、赤く火照った顔。

 気を抜けば理性のタガが外れてしまいそうなほど今の彼女はとても妖艶で、魅力的だった。


「千智……好き……」

「っ……ちょ、ちょっと一旦落ち着こう、奏?」

「私は落ち着いてるよ……?」


 た、確かに。

 よく考えてみれば、落ち着いていないのは俺の方か。


「ねぇ、千智」

「な、なんだ……?」

「ちゅーしよ、ちゅー」

「は、はぁ!?」

「ねーぇ、ちゅー……」


 奏の瑞々しそうな唇がジリジリと迫ってくる。


 いいのか、俺。

 こんな状態の奏とのキスが初めてで。

 初キスはもっとお互いにちゃんとした意識の中でしたいんじゃないのか?


 で、でも、このチャンスを逃したらしばらくキス出来そうにないし……このまましたほうがいいのか?

 どうする、どうする俺……!


 葛藤している間にも、奏の唇は近づいてくる。

 そうして俺との距離がゼロになろうとした、その瞬間。


「ほわぁ!?」


 俺は奏を抱き上げて、寝室に連れて行く。

 そのままベッドの上に彼女を置くと、逃げるようにしてトイレに駆け込んだ。


 ここが俺にとって唯一の安全地帯。

 一人になれる絶対領域(?)。


 要するに、ここまでは流石の奏も来られないということだ。

 後はベッドとアルコールの魔力で寝落ちしてくれることを切に願うだけ。


 それにしてもビビった。

 まさか奏があんなことを言うなんて。

 結果的に俺の理性が勝利したわけだが、アルコールがあと少しでも判断力を鈍らせていたらその限りではなかっただろう。


 あの言葉は、奏の本心なのだろうか。

 それともアルコールに操られたゆえの言葉か……?


 どっちにしろあんな形で初めてを経験することは、奏がよくても俺が嫌だ。

 人生に一度しかない特別なものだからこそ、もっと大切にしたかった。


 だけど、あれを逃したら次はいつキスのチャンスが回ってくるのだろうか……。


 いろいろと考えているうちに気づけばスマホの時計は午前一時を画面に映していて。

 恐る恐る様子を見に行ってみると、奏は何事もなかったかのようにベッドで可愛らしい寝息をたてていたのだった。

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