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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きっと結果は同じ

タイトルは最後の自問自答への答え。

百合(GL)要素はほとんどないですが念の為


「ビオラお嬢様、おやつの時間ですよ」


不意に掛かった声に振り返れば、いつも通り優しい微笑みを浮かべた侍女が優雅に礼をとった。そんなに畏まらなくても構わないのに、と何度言っても彼女の態度は変わらない。


「クレーベル、今は二人きりよ。敬語はよして」

「いけません、お嬢様。私はただの侍女……」

「でも、あなたは私のお姉様だわ。侍女として扱われていることがおかしいのよ」


はしたないとは思いつつ、クレーベルの言葉を遮って早口で返すと、彼女はいつも通り困ったように眉を下げる。

それはそれとして、テーブルに置かれた今日のおやつが気になる私、ビオラ・プリムローズはスツールから立ち上がると、そのままソファへと移動した。ふかふかのソファは、去年誕生日プレゼントとして贈られたお気に入りの一品だ。


「お嬢様、今日のおやつはクグロフですよ」

「お嬢様じゃなくてビオラって呼んで。ん……アーモンドのいい香り、とっても美味しそう」


拗ねたように唇を尖らせて見せたのも束の間、おやつの誘惑に負けて声を弾ませてしまう自分が情けない。でも仕方ないじゃない、クレーベルが作るお菓子は高級店のものにだって負けないくらい美味しいんだもの。


「お嬢……ビオラ様の好みに合わせて、レーズンを多めに入れてみました。お気に召すといいのですが」


邪魔な敬称に文句を言いたい気持ちをぐっと堪えてフォークを取る。クレーベルは、ふわふわとした見た目に反してとても頑固だから、あまり言い過ぎると逆効果なのだと、ここ数年で嫌という程思い知ったのだ。

名前を呼んでくれただけでも上々、確か聖女様が遺していった言葉に千里の道も一歩からというものがあった筈だ。一日一歩、三日で三歩……とも。



この国──アトラベ聖王国は、神の国より降り立った始まりの聖女マリコ様と、初代聖王アトラベ様によって建国されたとされている穏やかな気候の国だ。

そんな国に生まれ、プリムローズ伯爵家の()()()として育てられた私に、三歳上の姉がいると知ったのが六年前。当時まだ九歳だった私は、父が連れてきた母を亡くしたばかりの彼女を見るなり口汚く罵った。


『わたしにお姉さまなんていないわ!だってあなた、()()()の子なんでしょ!?お母さまがそう言っていたもの』


我ながら頭が痛い。もし王都で流行している娯楽小説のように過去に戻れるのなら、その時は全力で愛しい姉を歓迎したい。

なんて、そんな夢みたいな話は物語の中にしかありはしないのだけれど……。


「美味しいわ。ねえ、クレーベルも一緒に食べない?」

「ビオラ様……」

「だって私、全部は食べきれないもの。どうせ残った分は侍女達で食べるのでしょう?だったら、温かい内にいただきましょう?」


小首を傾げて見せてから、少し顎を引いてじっとクレーベルの様子を窺う。おねだりをする時は、こうすると効果的だと友人が言っていたけれど本当かしら?


侍女らしく纏め髪にしている銀髪はお父様譲り、きょろきょろと彷徨っているエメラルドグリーンの瞳は、彼女のお母様譲りなのだそう。綺麗というよりは可愛らしい顔立ちで、きつく見られがちなツリ目の私はクレーベルの柔らかな印象のたれ目が羨ましい。


そんな風に、せっかくだからとクレーベルをじっくり観察しながら返事を待つこと数分。少し頬を染めて困ったようにもじもじしていたクレーベルは、やがて負けたとばかりに小さく頷いてくれた。


「やったぁ!ふふ、ほらここに座って」

「もう、ビオラ様ったら……上目遣いだなんて卑怯です」

「あら、やっぱり効果的なのね?あれ」


有益な情報をくれた友人には今度お礼をしようと決めて、漸く隣に座ったクレーベルをまじまじと見つめる。普通の侍女ならとても許されないことだけれど、クレーベルは私のお姉様なのだ。他に人の目があるならばともかく、今は私と彼女の二人きり──勿論、いずれは堂々とこうして隣り合って過ごしたい。


「クレーベルは紅茶に砂糖は入れないのよね?それから、ミルクを少しだけ。ちゃんと覚えているのよ!」

「ビオラ様っ、お茶なら私が……」

「いいからいいから。私、お茶を淹れるのは得意なのよ?お父様にだって褒められたんだから」


そこまで言って口を噤む。大好きで大嫌いな、私達のお父様……。

政略結婚の相手だったお母様とは、私が産まれた途端に話すら殆どしなくなり、それまでも通っていた平民の女──クレーベルのお母様とクレーベルの元で、まるでそちらが本当の家だというように、一週間の内半分以上を過ごすようになっていったのだそうだ。


お父様を愛していたお母様は、どんどん心を病んでいって。私が男の子として産まれていればと八つ当たりをされることも多かった。それでも、お父様が私に対しては全く無関心というわけではなかったからか、手を上げられるようなことはなかったけれど。

お母様にとって、私はお父様との最後の(よすが)だったのだろう。


そんなことを思い出してしまったから。

つい、事を急いてしまった。千里の道も一歩から、一日一歩三日で三歩……聖女様の遺した言葉を、私はきちんと理解してはいなかったのだ。


「ねえクレーベル……いいえ、クレーベルお姉様」

「っ、ビオラ様いけません!」

「どうして?お母様はもういないわ。お父様だってあなたを大切に思ってる……!今なら、プリムローズ家の娘として扱うことに反対する人なんて誰もいない。もしいたって、私が黙らせてみせるわ!」


この家の誰よりもクレーベルを憎んでいたお母様は、一昨年皮肉にもクレーベルのお母様が命を落としたものと同じ病で、呆気なくこの世を去った。悲しくない筈がないのに不思議と涙は流れなくて、我ながら親不孝者だと思う。

きっと、幼い頃何度も言われた『あなたが男の子だったら』という言葉を私は許せていないのだろう。


「使用人だって、お母様付きだった人達は葬儀の後に辞めさせたし、もし気になるならお父様にお願いして全員入れ替えてもらえばいいわ」

「お嬢様……」

「あなたがそんな風に私を呼ぶ必要はないの!お母様が亡くなった時点で、侍女として振る舞う必要なんてなかったんだから。いいえ違うわね、本当なら最初から……侍女として扱わないならうちでは引き取らないなんて、そんな馬鹿なことをお母様が言い出さなければっ」


お父様がお母様の要求を飲んだのは、後ろめたさからだったのだろうか。それとも、面倒な後継者争いを避ける為か。

どちらにしろ、私がクレーベルを姉として迎え直したいと言えば反対しない筈だ。だって、クレーベルはお父様が愛した女性が産んだ娘なのだから。


「お姉様お願い、私を許して」

「……」

「あの日、私は愚かにも母が命じるままにあなたを罵り傷つけた。ずっと後悔しているの……あなたが私をお嬢様と呼ぶ度、美味しいお菓子を作ってくれる度、優しく微笑んでくれる度に心が締め付けられるように痛むの」

「ありがとうございます、ビオラお嬢様。……でも、それって──」


優しく私の頬を白い指が撫でる。少しひんやりとしたそれはささくれていて、まるで侍女の仕事の辛さを知らしめるようだ。ふぅわりと、柔らかく細められたエメラルドグリーンから目が離せない。

その瞳に映る私はきっととても情けなく、それでいて何かを期待したような顔をしているのだろう。


「結局、ただの自己満足ではありませんか?」

「……ぇ」

「私は平民として生まれて、平民として育ちました。確かに周りの人達よりは裕福な暮らしだったけれど、お母さんは決して使用人を雇おうとはしなかったし、家事を手伝うのは楽しかった」


例えるなら、まるで死刑を宣告されたような。そんな心地だった。

急激に体が冷えていく気がして、今すぐベッドに潜り込んでしまいたい。けれど、私を見つめるクレーベルがそれを許さない。


「だから別に、侍女の仕事を辛いと思ったことはないんです。お父さん……旦那様が貴族だってことも、このお屋敷に連れてこられるまで知らなかったし、ましてや妾の子だったなんて」

「っ……クレー……ベ、ル」

「お嬢様が教えてくださったんですよ。私達親子の幸せは、こんな小さな女の子から父親を奪うことで成り立っていたんだって……幼い娘に口汚く罵倒させるくらい、私を憎んでいる人がいるんだって」


何か言わなくてはという気持ちとは裏腹に、私の唇はただ震えるばかりで。まるで慈しむように、ひたすらに優しいクレーベルの声が、視線が恐ろしくて堪らない。


「でも、嬉しかったです。私を姉と呼んでくれて……素敵な思い出をありがとうございます」

「クレーベル……?」

「実は旦那様はもう御存知なんですけど、私もうすぐ結婚するんです。色々と準備もあるので、来月にはこのお屋敷を出ていきます」

「え、ぇ?けっこ、ん?」

「はい。男爵家のご子息なんですけど、買い物に出ていた私に一目惚れなさったと……私の事情を全て知った上で、ご家族も快く迎えてくださるそうです」


だから、と。

とても幸せそうに微笑んで彼女は続ける。


「ごめんなさい。もう必要ないんです、そういうの。私にはもうすぐ誰も不幸にしない()()()()()ができるから」



それから、私が何と返したのか──或いは何も言えなかったのかは定かではないけれど。

気が付いた時にはベッドにいて、慌てて飛び起きた私に声を掛けたのはクレーベルではなく他の侍女だった。


あんなことがあったからだろうか。クレーベルが予定よりも早く屋敷を出たことを教えてくれたのは、どこか虚ろな目をしたお父様だった。

きっと、お父様も彼女に言われたのだ。


あなたなんていらない(家族ごっこはいらない)』と。

ただただ優しく、慈しむように。


もしもクレーベルと初めて出会った日、私が彼女を受け入れていたら。侍女としてではなく、姉として迎え入れたいと主張していれば。

そうすれば、私達は家族になれただろうか?

そんな有り得なかったことを考えても何の意味もなく、現実は物語のようには甘くない。そしてこの思いすら、クレーベルに言わせればきっと自己満足で独り善がりなものなのだろう。


お母様が亡くなった時と同じように、不思議と涙は出なかった。毎日出されるお菓子の物足りない味にも慣れて、やがてこの痛みすら忘れてしまうのかもしれないけれど。

たとえ彼女が拒絶したとしても、


「私は、あなたをお姉様と呼びたかった」


それだけは絶対に忘れないわ。

どうか幸せに……クレーベル(お姉様)



ここまで読んでくださってありがとうございます。

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[良い点] 面白かったです。まぁそりゃそうだよねという感想しか出ませんでした。それほど、クーベルの言葉は納得できます。相手が好意を持っていても、どうしても分かり合えない人はいますからね。拒絶というか関…
[良い点] 読みやすいです。。 [気になる点] 世の中の妹嫌いな人のための小説という目的でないのなら 姉の発言について後々でも自分で気づいてその先につなぐものがないと読後感としてとても嫌なものがあるな…
[良い点] 結局のところ、姉には彼女自身が踏み込むことへの恐怖があるのでしょうか。 母親との生活の中で、ささやかな幸せが続くと思っていた。 母親との離別から、新たな家族に迎え入れられたと思った矢先、…
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