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#8:死んでも馬鹿は……

 アナウンスは無情にも、変態こと山森れむの脱落を告げた。


「……たった2ターンで、早くも、ですわね」


 お嬢様はやや困惑と混乱を含んだ声を発する。それはしかし、脱落したれむへの憐憫を小さじ一杯ほども含んではいないようだった。ただひたすらに展開の早さ、プレイヤーの戦術眼の鋭さへの警戒と不安しか感じられない。

 その証拠に。


「で、全裸になったプレイヤーはどう、殺されると?」

 彼女の興味はれむがいかに命を散らすか、というところに移っていた。


「その前に! まずは脱衣と行こうか!」

 ラブリィはテンションを上げて宣言する。


「急に元気になったね……。さっきまで変態くんの脱衣に興味なんてなさそうだったのに」

 花飾りは額に手を当ててフラフラしながら、それでもぼやく。


「そりゃあね。デスゲームを舐めたプレイヤーが急転直下の展開で真っ先に殺される! これこそデスゲームもの序盤の楽しみさ。見せしめにとりあえず適当に誰かひとりるなんて安直なんだよ。デスゲームだぜ? デスゲームで殺さないと」


 そのためにも。

「さあ、れむくん。自分で自分の命に引導を渡してもらおうか」

「…………」

「さっさと、脱ぐんだ」


 れむは動けない。脱ごうとしない。当然だ。どう死ぬかは定かではないが、死ぬことはもう決まっている。自殺志願者でもない限り、自分から己の命を消すための行動など取れはしない。


 ラブリィは野球拳について、負けたプレイヤーが恥じらいながら脱衣するのがいいのだと語っていた。それは一理あるとしても、ただの野球拳ならともかくこのゲームの場合、話が違う。なにせ丸裸になれば脱落し、死亡するのだ。最初の数枚はともかく、最後になればプレイヤーが脱衣自体を拒むことは容易に想像できる。


 デスゲームの運営において、プレイヤーがアクションを拒むことでゲーム進行が停滞するのは避けなければならない。ラブリィであれば当然、このことは理解しているはずだ。だというのに、なぜラブリィは衣服をプレイヤー自身に脱がせようとするのか。彼女がその気になれば、衣服を消失させることも可能なはずなのに。


 その答えは分からない。我々には分からないし、目の前でラブリィと対峙しているれむにだって分かるはずはない。彼の知っているデスゲームに類似するジャンルなど『SEXしないと出られない部屋』くらいのもので、れむはデスゲーム漫画に詳しくない。デスゲームに傾倒する、自分たちより上位の存在であるラブリィの思考などまったく予測がつかない。


「デリヘル嬢がギャンブルする漫画だってあるんだぜ? スマホアプリで無料閲覧できるから今度教えてあげようか。ま、おっぱいおしりにしか興味のない君にデスゲームはちょっと高尚すぎて理解できないだろうけどね」


 やれやれと、ラブリィは肩をすくめる。


「分かったとも。れむくんが脱衣を拒むのも当然だ。なにせ死んでしまうんだから。しかしゲームのルールはルール。そこで可愛くて(きゃわいくて)優しい私は君にひとつ、教えてあげよう」


 メイド服のゲームマスターが指を弾く。


「お、おおう……」


 渚が思わず声を上げる。さっきまで渚はれむとジャンケンをしていたわけで、つまり彼の正面に立ってれむと相対している。その彼が驚きの声を上げたということは、れむの背後で何かが起きたのだ。


 れむが振り返る。そこには。


「…………海?」


 ワープホールのような窓が開き、その先に海中らしい景色が見える。

 そして窓からぬるりと。

 タコの触手が這い出して来る。


「ひっ……」


 思わずお嬢様が息をのむ。


「暗い暗い水の中。タコに引きずり込まれ、その体中を嬲られ窒息と快楽の地獄に囚われ続ける」

 ラブリィは冷たく言い放つ。

「それが君の末路だ」


「…………」


 アリスはラブリィの様子を怪しむように見つめるが、れむはそもそもラブリィもアリスも見てはいない。ただ自身を犯そうと待ち構えるタコの足に目を奪われていた。


「そんな……そんなおぞましい末路を……」


 お嬢様が震えた声を出す。


「せめて……一息に殺さないんですの? デスゲームに巻き込まれて死ぬだけでも悲劇なのに、尊厳まで奪われるなんて……。こんな罰が待っているなんて予告されて、れむさんが大人しく脱衣するわけ……」

「どうだか」


 メガネが言い放つ。


「え?」

「見ろ、やつを」


 れむは、残った衣服であるパンツに手をかけて、下ろし始めていた。


「気でも狂ったのかい? 自分から死にに行くなんて!」

 花飾りの声は上ずり、裏返る。


「春画には、タコに犯される海女の姿を描いたものがあったのう」


 唐突に鈴飾り――鈴ちゃんが語る。


「春画って、江戸時代のエロ漫画だろう? それがどうしたって言うんだよ」

「万物の霊長たる人間は、しかしそれ以下の畜生に尊厳を奪われ辱められることに興奮を覚える場合がある、ということじゃな。あの小僧ならば、そういう趣味があっても不思議ではないの」

「でも、空想と現実は違う!」

「そうとも。しかしその区別、今はどれほど意味がある?」

「…………」


 鈴ちゃんの言うとおりである。現実と虚構の区別など、ここではさしたる意味はない。れむにとってこれは圧倒的な現実リアルだが、あまりにも虚構的フィクショナルだ。そして仮にこの世界が万事万端虚構だったとしても、それを体験するれむという人間は間違いなく現実のものなのだ。区別がつくとかつかないとか、そういうおためごかしは価値を持たない。


「自分の体に欲情するほど、今のやつは肉体と精神が乖離しておる。ありていに言えば現実感りありてぃがないということだの。ゆえに死ぬだの犯されるだのも、やつにとっては他人事よ」

「そんな……自分の命なのに……」


 それが分かっていて、ラブリィはこんな仕打ちを用意したというのだろうか。

 だとすれば悪魔的だと言っていいかもしれない。


「ああ……」


 丸裸になったれむは、両手を広げ、タコを受け入れるべく近づいていく。


 しかし忘れてはならない。

 ラブリィはあくまで悪魔ではない。


「オレ……触手にお――――」

 そこで。

 突如としてサメの頭が出現した。

「は」

 れむの最後の言葉はそれである。

 サメの頭は手早く彼の上半身を食いちぎり、するりとワームホールの中へ帰っていく。鮮血が噴き出すオブジェとして、後にはれむの下半身だけが屹立していた。それも「ああ忘れてた」くらいの感覚で、タコの足がからめとって持っていく。

 不思議なことに、これだけのことが起きても部屋は水にも血にも汚れていなかった。ラブリィが再び指を弾いてワームホールを消すと、本当に何もなかったかのようだった。


「シャクトパスかよ」

 みんなが押し黙る中、とりあえずアリスが発言する。


「タコによる獣姦と思わせておいて、サメで一息に殺害か?」

「現実感のない色欲魔には強姦なんて罰にはならないからね。しかしああいう、デスゲームに巻き込まれながら危機感のないやつが案外一番つまらなくてね。死の瞬間どころか死んでもなお、自分が命を賭けたゲームに巻き込まれたっていう自覚が薄いから、こういう罰ゲームもいまいちパッとしない」

「同感だな」

「どうかな。君みたいなやつ、私は嫌いだけど」

「…………?」


 唐突な好悪の吐露にアリスは困惑したが、ラブリィの言動を理解しようとするのはそれこそ徒労である。気にしないことにした。


「まさかここにまでB級サメ映画が入り込んでくるとは思いませんでしたわ」

 汗をハンカチで拭いながら、お嬢様が呟く。混乱で少し多弁になっているようだった。

「ラブリィさんはデスゲーム好きの前に、映画好きなのかしら。カーペンターがどうのと言っていたし」

「そうとも。私の性癖は『香港国際警察』で歪んでしまってね」

「ゲーム感覚で人を殺す犯罪者集団に部下を殺されたジャッキーチェンで性癖が歪むのも大概ですわね」


 口ぶりからしてお嬢様も詳しい部類らしい。


「それで、次はどなたの番ですの?」

「おっとその前に」


 ラブリィがせかせかとするお嬢様を止める。


「インターバルを挟もうかな。30分ほど。今のショッキング映像で疲れただろう? それにプレイヤーが早くもひとり脱落したんだ。戦略の見直しが必要だからね。そのためのシンキングタイムをくれてやろう」

「プレイヤーが脱落するごとにインターバルを設けると?」

「そのつもりさ。君たちがどうしてもゲームがしたくて仕方ないというのなら別だけど」


「…………」

 ラブリィとお嬢様の会話を聞きながら、アリスはじっと、花飾りの少女を見ていた。

 まるで獲物を狙う狩人のように。


「じゃ、休憩しようかな」


 サングラスもまた、アリスと同じような目線を向けていた。相手は、鈴ちゃん。


 開始2ターンで早くも脱落者を出したこのゲームは、インターバルの間に、まさかの事態を迎える。そのことをまだ、誰も知らない。


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