貴方が恋と愛を見つけるまで9
カインに、王都へ行く為には迎えの馬車を手配すると言われた。
一度帰り、急ぎまた来ると。
正直、もう来てほしくは無かったが、スノーは小さく頷いた。
それまでに荷造りをした。
フィンデガルド領から王都までは一週間かかるらしい。
途中でいくつか町に寄り、宿を取ると。
馬車は立派な作りで、目立たないように豪華さはないものの気品が感じられた。
そして、何人もの護衛が付いた。
手厚い待遇だと思う。
だが、早くユイシアの疑惑を晴らし、いつも通りにスノーは暮らしたかった。
シャルズ国、王都。
窓から見える華やかな街並みに、スノーは驚く。
まるでずっとお祭りをしているとでも言うような騒ぎと、大勢の人がいた。
「ユイシア、凄いわ!何て美しい街なのかしら。」
「......そうだね。」
最初はスノーとユイシアの馬車は違うものを用意されていたが、
ユイシアがスノーのそばから離れず、またスノーもユイシアにいてほしかった。
それなので、一緒の馬車に乗っていた。
王都に入った途端、一気に景色が変わった。
沢山のお店に、沢山の人たち。
街角で華やかに踊る踊り子。
街の至る所にある花々。
特に街の真ん中にあるという噴水は見事だった。
綺麗な水が常に出ており、そこで遊ぶ子供たちも見える。
語り合う男女の姿もある。
まるで本で見たお話の中の世界の様で、ときめく心を抑えきれなかった。
王宮の前まで来た時も、そのまさにお城といった光景に、呆然とした。
そのまますぐに国王陛下に会うというカインの言葉を聞いて、緊張する。
スノーはただの領主の娘だ。
町では「お嬢様」と言われるが、それだけだ。
一応、礼儀作法の先生はついてくれているが、国王陛下相手にどうしたらいいのか分からない。
馬車から降り、戸惑うスノーの手を、ユイシアがそっと握ってくれた。
「...ユイシア。」
「大丈夫。早く終わらせて、帰ろう。」
ユイシアの言葉に、こくりと頷く。
そうだ。
ユイシア疑惑を晴らして、帰るのだ。
王都のような華やかさはないが、優しい皆がいる領地へ。
「そうね。帰ったら、パン屋さんに行きましょう。マドレーヌが食べたいわ。」
「うん。」
いつもの会話に、少しスノーの緊張が解けた。
最近は、カイン達の対応に忙しくしていたから、町に遊びに行っていなかった。
久しぶりに、あの優しい素朴なお菓子が食べたい。
スノーが微笑むと、ユイシアはまた頷いた。
それをカイン達が複雑な目で見ていることは知らずに。
「話は聞いている。楽にしてくれ。」
思ったよりも砕けた、若い男性の声がした。
王の間に通され、目の前には一つ玉座があり、男性が座っていたが、
スノーとユイシアが現れると、その男性は自ら椅子から立ち、少しある階段から降りてきた。
この方がシャルズ国、国王。
「急に呼び立てて悪かったな。カイン達に悪気はないんだ。真面目なだけで。」
そう苦笑をしながら国王が言う。
「ゼン・アメジスター・シャルズだ。お嬢さん、名前を聞いてもいいかい?」
「は、はい。スノー・フィンデガルドと申します。」
スノーは国王を前にしても、ただ頭を下げることしかできなかった。
「後ろにいる者は?」
「ユイシア、でございます。」
ユイシアは従者としてスノーの後ろに立っている。
「姿をよく見せてくれるかい?」
その言葉にも、動こうとしないユイシアをスノーは困り顔で見ると、
右腕を引っ張り、国王の前へ行ってもらった。
そうして、国王はじっとユイシアを見つめる。
「.........ト、ア。」
ぽつりと国王は呟いた。
「...トアだ。」
国王が泣いている。
「セリにそっくりだ...。」
そう言うと、国王は右手で顔を覆い、涙をこぼした。
「僕はユイシアです。トアじゃない。」
だがその場に、強いユイシアの声が響いた。
その言葉に、無礼と思ったのか衛兵が動く仕草をしたのを、国王が左手を出しとめる。
「ユイ、シア...か。」
「それが僕の名前です。」
国王の目を見て、はっきりという。
その顔には、「父」に会えた喜びなどなかった。
「それに、貴方なんて知りません。」
その言葉に、ざわめきが起こる。
国王は涙を拭うと、「それも仕方が無い。」と小さく呟いた。
「お前は6歳で不慮の事故にあい、行方不明になった。記憶が無いのも仕方が無い...。」
ゆっくりと目を閉じ、当時を懐かしむように言う。
しかし、次に目を開けた時には、強い意志があった。
「だが、セリに瓜二つのお前は、トアだ。それにその瞳、その髪色。紛れもなくトアだ。」
「ユイシアです。」
尚も言い張るユイシアに、スノーはおろおろとする。
「僕は王子なんかじゃない。スノーの従者だ。」
その言葉に思わずスノーは声を出した。
「いいえ、ユイシア!あなた、あの日とても綺麗な格好をしていたのよ。」
スノーが海岸でユイシアを見つけた時は、助けることに精一杯でよく見ていなかったが、
後で使用人が「少年が着ていた物です。」と服を持って来た時、
繊細な刺繍がされた立派な洋服に驚いたのだ。
もしかしたら、どこかの貴族の子供かと思っていた。
それに読み書きもできた。
魔法も使えた。
風魔法を使えると言ってはいたが、使用しなかったとはいえ水魔法も唱えていた。
王族は全属性の魔法が使える。
どんどん思い出せば、当てはまる事だらけでスノーの瞳に涙がたまる。
ユイシアは、王太子殿下なのだわ...。
涙をこぼすスノーの肌に、ユイシアが優しくハンカチをあてる。
「泣かないで、スノー。早く誤解を解いてお屋敷に帰ろう。」
「......っ!」
それでもまだそんなことを言うユイシアに涙が止まらない。
「トア。」
「僕はユイシアです。王都に来いと脅されたので来ただけです。もう帰ります。」
泣くスノーを慰めるかのように、両肩に温かいユイシアの手が触れる。
そうして、部屋から出るべく踵を返そうとした。
そんな二人の背中に、国王の声が響く。
「分かった。お前はユイシアだ。ユイシア・アメジスター・シャルズだ。」
それが国王の精一杯の譲歩だったのだろう。
スノーが振り返ると、仕方が無いとでも言うような国王の表情があった。
ユイシアも静かに振り返る。
「生きていてくれて嬉しい。息子として傍にいてくれ。頼む。」
「......。」
行方不明だった我が子にようやく会えたのだ。
その気持ちを思うと、スノーには無下にはできなかった。
「ユイシア...。お願い。」
そう願うと、ため息を付いた後、ユイシアは国王に向かい確かに頷いた。
今まさに、王太子殿下がこの国に戻ってきたのだ。
ユイシアと離れるのは寂しい。
だが、喜ばしい事だと思わなくてはと、スノーはまた泣きそうになりながらも笑顔を作った。
「おめでとう、ユイシア。いえ、ユイシア王太子殿下。」
肩に置かれていた手を外し、一歩距離を取ると、礼をする。
ここでお別れだ。
「国王陛下と再会されたことを、喜ばしく思います。今まで申し訳ありませんでした。」
「......。」
しかし、スノーはまたユイシアに肩を掴まれた。
そうして下げていた頭を上げさせられる。
真っすぐに見たユイシアは泣きそうな顔をしていた。
「スノーは謝る事なんて何もない。」
「ユイシア王太子殿下...。」
「ユイシアで良い。いつもの通り、ユイシアで。変わらないで、スノー。」
「...。」
それは無理だ。
もうスノーの従者ではないのだ。
この国の王太子殿下に対して、呼び捨てなどできない。
...それに、もう呼ぶことは無いだろう。
ユイシアはここに留まり、スノーだけ領地に帰るのだから。
そう考えていることがユイシアに伝わったのか、肩を掴む力が強くなる。
まるで離さないとでも言うように。
するとユイシアは国王を見ると。
「僕はユイシア・アメジスター・シャルズになります。」
「うむ。」
国王は満足そうに頷く。
「それならば、一つ願いを聞いてください。」
「ああ、何だ。何でも叶えよう。」
「スノーを、スノー・フィンデガルドを僕の婚約者にしてください。」
「!?」
スノーは、突然出た自分の名前に驚いた。
ユイシアは何と言った?
混乱して上手く考えられない。
「スノーを伴侶として迎えます。」
その言葉に、スノーは思わず叫んだ。
「ユイシア!!」
「何、スノー。」
「言葉を取り消して!大事なことなのよ!?」
突然、ユイシアは何を言い出すのだろう!
焦るスノーをユイシアが優しく抱きしめた。
ふたりには初めての抱擁だった。
「好きだ、スノー。」
「えっ...。」
「ずっと好きだった。その笑顔がいつも光り輝いて見えた。領地には帰らないで、ここにいてほしい。」
ユイシアの胸の音が聞こえる。
分かる。
ユイシアが心からそう思ってくれているという事が、鼓動からも言葉からも伝わる。
しかし...。
「ユイシアの事は好きよ。でも、それはいつもそばにいてくれる家族のようなものだわ。」
ユイシアの事は好きだ。
だが、それはいつも一緒にいてくれたという思いがある。
父にも、使用人からも疎外されていたスノーに、ユイシアだけがいつも傍にいてくれた。
まるで兄か弟のようで。
ユイシアに対するそれは家族愛であってと、困惑をする。
「分かってる。」
その言葉にスノーはほっとしかけるが。
「だんだん好きになってくれればいい、いつまでも待つ。」
そう言うユイシアの真剣な顔に思わず胸が高鳴った。
信じていいの?
だが。
スノーは混乱の極みにあった。
「我が息子の恋路は難しそうだな。」
国王が大きく笑う。
その言葉に顔が真っ赤になったスノーはユイシアの胸で、顔を隠すようにうつむいた。