貴方が恋と愛を見つけるまで4
今日は、勉強の無い日だった。
スノーは晴れた空のような青のワンピースを着て、いつものようにポシェットを肩にかける。
くるりと回り、鏡で全身を確認をして「よしっ」と言ってから、
後ろで仕度を待っていたユイシアに笑顔で声をかけた。
「ユイシア、お待たせ!」
「...今日は?」
「せっかくのお休みだもの。町に行きましょう。」
そうして、ユイシアの手を取るとふたりで玄関へと駆けていく。
安全な町だが、一応使用人であるメアリには出かけることを言っておいた。
「おや、スノーお嬢ちゃん。今日はめかしこんでるねぇ。」
「まあ、いつもの通りよ。」
野菜屋さんのおじさんが、手を繋いで歩くスノーとユイシアに声をかける。
このおじさんがユイシアを助けてくれたのだ。
助けを呼ぶスノーの声を聞いて、
海岸で倒れていたユイシアを抱えて、屋敷まで連れてきてくれた。
「ユイシア、この方があなたを助けてくれたのよ。」
そう言ってほほ笑むと、ユイシアはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「いいってことよ、災難だったなぁ坊主。」
「ユイシアはわたしの従者をしてもらっているの。」
「へぇ、お嬢ちゃんの。ユイシアか、しっかり守ってやんなよ。」
野菜屋さんのおじさんの言葉に、ユイシアは頷く。
スノーとユイシアの頭をぽんぽんと優しくなでると、二カッと笑った。
この町のなかでも一番に頼りになる、良いおじさんなのだ。
もう一度ユイシアがぺこりと頭を下げる。
そうして次のお店を目指した。
「ここはパン屋さんよ。おいしいパンとお菓子があるの。」
香ばしい、いい香りがするお店の窓越しに店内を指さす。
屋敷には専属のシェフがいるが、その人が作るよりも素朴で優しい味がするバンと、
マドレーヌが大好きだ。
店内には、その場で食べられるようにちょっとした座席とテーブルがある。
おこづかいで買って、食べるのが楽しみだったが、
あいにく今日はスノーもユイシアも昼食を食べたばかりだ。
「また今度来ましょう。」と言うと、お店から離れた。
そうして、花屋や服屋、宿屋など町にある色々な場所を教えた。
するとユイシアはひとつの施設の前で自ら聞いてきた。
「ここは...?」
そこは、スノーの屋敷のような門構えの外から見てとても広い施設だ。
「ここ?ここは、騎士団学校の施設よ。この町を守ってくれているの。」
「騎士団?」
「ええ。希望をすれば12歳から入ることができるわ。」
「......。」
そう、この町には騎士たちがいる。
日々鍛錬し、町を守ってくれているのだ。
平和な町だが、やはり時には盗人や、喧嘩、そして町にほど近い森には魔物がいる。
海にも、本当に時々だが魔物が出るらしい。
それらから守ってくれているのだ。
「わたし、12歳になったら騎士団に入りたいわ。」
建物を眺めつつスノーがそう言うと、ユイシアは驚いた顔をした。
「騎士になって、この町を守りたいもの。」
そう言ってスノーは笑うが、ユイシアは難しい顔をしていた。
その顔にきょとんとする。
「...髪の毛。」
「ああ、これ。もちろん切るつもりよ。」
スノーは腰よりも長く髪を伸ばしている。
だが騎士ともなれば、邪魔だろう。
騎士団学校入りが決まれば、切るつもりだ。
「勿体ないよ。」
そう真剣に言うユイシアに、何だか髪の毛を褒められたようで嬉しくなる。
誰にも言われたことが無かったので、少し照れてしまう。
「ふふ、ありがとうユイシア。」
「別に礼なんて...。」
「じゃあ、ユイシアが髪型を決めて。毎朝整えてちょうだい。」
その言葉にユイシアはまた驚いた顔をする。
「僕が?」
「そうよ。だってユイシアはわたしの従者だもの。」
今までは、自分で櫛でとかしてそのままだった。
それを今度からはユイシアにしてもらおうと思ったのだ。
「...やり方が分からない。」
「だったらこっちよ!」
そう言うと、今度はユイシアを髪結いのお店へ連れて行った。
見学をさせてほしいと言うと、お店のおばさんは笑顔で「良いよ。」と言ってくれた。
お店の邪魔にならないように順番を待つ人が座る椅子が空いていたので、
ふたりでそこに座る。
髪結いのおばさんの手は本当にすごい。
お客さんとして来ていた女性の髪をすいすいとまとめたり、結んでいく。
スノーはその風景を楽しく見ていたが、ユイシアは真剣な顔でその工程を見ていた。
そうして、お客さんが途切れた時。
髪結いのおばさんに手ほどきを受けつつ、ユイシアに何通りかの結い方を教えてもらった。
中でも「三つ編み」というのは難しそうだったが、手先が器用なのか、
ユイシアはすぐに覚えた。
「スノーお嬢様はいつも髪の毛をおろしているだけだからね。結えばまた印象も変わるよ。」
そう言ってくれるおばさんの言葉に嬉しく思いつつ、ユイシアの手で、
今日は簡単な髪の毛を左右に分けて結う「二つ結び」にしてもらった。
「髪紐はあげるよ。」と言ってくれるおばさんにお礼を言う。
「ありがとう。とても素敵。」
「いいかいユイシア。髪紐で結んだ後、リボンを結んであげれば完璧だよ。」
「リボン?」
「そうさ、服屋に売ってるよ。」
またおいでと言う髪結いのおばさんにふたりで礼をして、一度は簡単に紹介をした服屋を目指す。
「ユイシア、疲れていない?」
「全然大丈夫。」
ならばと、手を繋いで服屋まで歩いた。
「おやまあ、スノーお嬢様。呼んでいただければこちらからお屋敷に行きますものを。」
服屋のおじさんとおばさんは驚いた顔をしたが、ユイシア、新しい従者に町を案内しているのだと言うと、
にこりと微笑んだ。
「ああ、海岸に倒れていたって子かい。大変だったね。」
「スノーお嬢様に拾っていただいたんかい。」
「...ユイシアと言います。」
ここでもぺこりとユイシアは頭を下げた。
「おじさん、おばさん。わたし、リボンが買いたいの。」
「リボンかい?」
「髪につけたいの。」
そう言うと、それならばとリボンや装飾品が置かれている場所に案内をされる。
持って来たおこづかいで足りるだろうかとスノーが悩んでいると、
値段を教えてくれて、大丈夫だとほっとした。
リボンはたくさんの色があった。
赤、青、緑、黄色、薄紅色など色とりどりだ。
「ねえ、ユイシア。色を選んでちょうだい。」
そう言うと、そばにいたユイシアはぎょっとしたような顔をする。
「スノーが選んだ方が...。」
「だって、これからはユイシアがわたしの髪の毛を結うのよ。ユイシアが決めなくちゃ。」
困惑をしているユイシアの背中を押して、色々なリボンがまかれている場所に行く。
「スノーお嬢様の髪なら何色だってお似合いさ。」
そう言って微笑ましそうに見るおばさんの言葉に感謝をしつつ、ユイシアから一歩離れて様子を見る。
ユイシアはリボンを手に取りつつ、真剣に悩んでいた。
その瞳はラベンダー色でとても綺麗だ。
紫色を選んでくれたらいいなと思っていたが、ユイシアが選んだのは淡い水色だった。
「これが良いと思う。」
「水色?」
「洋服が青だから、水色が似合うと思う。」
そこまで考えてくれたことに、スノーは嬉しくて両の手を合わせて喜ぶ。
ユイシアの瞳の様な紫色をと思っていたが、確かに今日の服には合わないかもしれない。
「ありがとう、ユイシア!それにするわ。」
服屋のおじさんとおばさんに、頼むと、巻いてあるリボンを丁度いい長さに切ってくれた。
そして、ユイシアに「こうやって結ぶんだよ。」とおばさんが、
丁寧にスノーのふたつに分かれた髪の右側にリボンを結んで教えてくれた。
そしてユイシアが左側を、恐る恐るという手つきで結ぶ。
鏡で見る。
耳の下から見える左右のリボンはとても可愛らしかった。
「とてもすてき!」
「...ちょっと曲がってる。」
確かにユイシアが結んだリボンは、少し曲がっていたがそれでも嬉しかった。
お金はいらないよと言うおじさんとおばさんに、今日の記念だからとどうにか貰ってもらい、
ユイシアの手を取って外に駆け出した。
まだ行きたい所があるのだ。
もう少しで夕方になってしまう。
「ここにユイシアは倒れていたの。体が冷たくてとても怖かったわ。」
「......。」
ユイシアを最後に案内をしたのは、海岸の波打ち際だった。
そんな場所に連れてきたらもしかしたら辛いかと思ったが、何か記憶が戻ればいいと思ったのだ。
「野菜屋のおじさんが駆けつけてくれて、本当に良かった。」
「うん。」
ユイシアの手を握り「何か思い出せる?」と小さく聞くと、ユイシアは首を横に振った。
でもいいのだ。
スノーのそばにいることを決めてくれたから。
「大丈夫よ、ユイシア。これから色々なことを一緒にしていきましょう。」
そう言うと、こくりと頷く。
もうお日様が沈みそうだ。
「帰りましょう。」と微笑むと、その場から離れようとする。
すると。
「リボン、似合ってる。」
ぽつりと、でもはっきりと聞こえた言葉にスノーは一番の笑顔で笑った。




