貴方が恋と愛を見つけるまで3
スノーがユイシアの事を父に話そうとしても、忙しいらしく会ってももらえなかった。
仕方が無いので、比較的スノーに対してさほど厳しくは無い使用人に、
父への言伝と、ユイシアの事を頼んだ。
もちろん、自分の従者と言う事は忘れなかった。
次の朝、スノーはユイシアが大丈夫かと心配をして眠れなかったのだが、
仕度をした後、椅子に腰かけていると、
部屋に来た、簡素な服を着たユイシアを見て、心から安心をした。
そして、手には茶器が乗ったお盆を持っている。
「あら、ユイシア!あなたはまだ病み上がりよ?ゆっくりしててもいいのよ。」
「...僕が働きたいって言ったんだ。」
昨日は弱々しい声だったが、今日のユイシアはきっぱりと意思のある声だった。
「そう?でも、あなたお茶は入れられるの?」
「練習させてもらったから。」
そう言うと、ユイシアの髪色よりも濃い色の紅茶をカップにそっと注いだ。
「...砂糖は?」
「1つお願い。」
こくりと頷き、四角の砂糖を1つ紅茶に入れるとスノーの前へ置いた。
カップを持つと、不安げなユイシアの視線を感じる。
紅茶を一口飲むと、少し味が薄いと思った。
だが、仕方が無い事だろう。
きっと、お茶を出すなんて初めてだろうし。
「おいしいわ。」
「...次は頑張る。」
あら?美味しいと言ったのに、ユイシアは不満そうな顔だ。
少し味が薄いと思ったのが、スノーの顔に出たのだろうか。
悩みつつ頬に左手をあてる。
「僕は...、他に何をしたらいい?」
そう静かな声がしたので、スノーははりきって答えた。
「ユイシアは、わたしの従者よ。」
「うん。」
「だから、一緒にお勉強しましょう。あと町にも行きましょう!」
「......。」
今度は何か不思議な物を見るような目で見られる。
「あのね、ユイシア。お勉強の先生はとても怖いのよ。だからあなたも一緒にいて。」
勉強の先生は怖い。
とても知識があり、えらいのだと思うが子供嫌いなのかスノーにも容赦が無いのだ。
スノーが解答を間違えるたびに、足を揺すり苛々しているのを隠さない。
だが、となりでユイシアが一緒にいてくれて、勉強をしてくれるのなら心強い。
「何の勉強をしているの?」
「シャルズ国のことと、魔法についてよ。」
するとユイシアは考え込むような顔をした後、こくりと頷いた。
「ありがとう!助かるわ。」
「他には?」
他に?
従者って他に何をすればいいのかしら?
右手に持っていたカップを置いて、今度はその手も頬にあてる。
「うーん、お勉強と遊びに行ってくれることでもすごくうれしいのだけれど。」
「......。」
はあ、とユイシアは大きなため息を付くと「メアリさんに色々聞く。」と諦めるように言った。
メアリとは、昨日ユイシアの事を頼んだメイドだ。
確かに、使用人達の仕事についてはスノーは分からないことだらけだ。
ここはメアリに任せた方が良いのだろう。
「そうね。お願いするわ。」
「...スノーは...。」
ぽつりと名前を呼ばれる。
どうしたの?とユイシアのその顔を見る。
「...僕を拾ったこと、後悔してない?」
まさかの言葉に、スノーは驚いた。
思わず椅子から立ち上がり、ユイシアの前に行くとその手を掴む。
「絶対にないわ、そんなこと。ユイシアが来てくれて本当にうれしいもの。」
「...わかった。」
その言葉に安心した。
「ユイシアはご飯は?もう食べた?」
「うん。」
「そう、よかった。じゃあわたしのご飯もお願いできる?」
そう言うと、今気づいたとばかりにスノーの手をそっと外した後、廊下へ走っていった。
その直後「くうっ」とスノーのお腹が鳴り、聞かれなくて良かったと安心をした。
レディたるもの、なのだ。
いつもはひとりの食事が、ユイシアがそばにいて話し相手になっているだけで、
凄く楽しくて美味しかった。
ユイシアの言葉は、「そう。」、「ふうん。」、「そうなんだ。」という相槌だけだったが。
席に座ってと言っても、それだけは聞いてはくれなかった。
ユイシアなりに、従者としての線引きなのだろう。
少し寂しいが黙っていた。
朝食を食べて、少しすると勉強の時間になる。
スノーはユイシアの手を取り、案内を兼ねつつ勉強のための部屋に行った。
扉をコンコンとノックをすると、「どうぞ」と硬い声がする。
それだけでもドキリとしてしまうが、ユイシアがスノーの手をぎゅっと握ってくれたので、
気合を入れて扉を開け、室内へと入って行った。
「ハリー先生、ごきげんよう。」
「挨拶は良いですから、席についてください。」
厳しい声がする。
ふと、ハリー先生は視線をユイシアに向けると「その子は?」と問いかけた。
「昨日から、わたしの従者になってくれているユイシアです。
ユイシアにも先生のお知恵を、よろしくお願いします。」
そうして、頭を下げる。
するとハリー先生はぶつぶつと「何故私が子供なんかに...。」と嫌悪を隠さず呟く。
だが、教えてやっても良いと言ってもらえた。
嬉しい気持ちで、スノーはいつもの席に座り、ユイシアにもその隣の席をぽんぽんと叩いて、
座るようにした。
「では、始めます。」
私はその声にまたドキリとするが、一人ではないという事が嬉しかった。
叱られても良い。
怖くても、ユイシアがいてくれたら大丈夫。
そうして教科書とノートを開いた。
ハリー先生が驚いた顔をするのを見るのは初めてだった。
スノーにシャルズ国の成り立ちを教えつつ、意地が悪そうな顔でユイシアに問いかけたのだ。
「シャルズ国の特産物は?」と。
名前もわからなかったようなユイシアに、シャルズ国の事がわかるわけがない。
そう思い、声を出そうとすると。
「特産物は、真珠です。シャルズ国は海に囲まれ豊富に貝類が獲れるので。貝の体内から真珠が取れます。」
何事も無いようにそう答えたユイシアに、スノーはぽかんと口を開けてしまった。
真珠が特産品なのは知っていたが、まさかいつも食べている貝から取れるとは知らなかった。
「ほ、ほう。」と焦ったようにハリー先生がいつもは聞かないような声を出す。
「で、では、この国を象徴する花は?」
「グラジオラス。花言葉は、用心深い、楽しい思い出、たゆまぬ努力。特にたゆまぬ努力を掲げています。
そして、王族に伝わる瞳の色にもちなんでいます。」
ユイシアがすらすらと言葉を発していく。
スノーはユイシアが答えられたことよりも、「あなた、そんなにも喋れたのね。」という事の方に
びっくりした。
それからも、ハリー先生とユイシアの話は進み、スノーはせっせとその話題をノートに書くことで精一杯だった。
だが、とても勉強になった。
ハリー先生とふたりでの勉強会では、シャルズ国の特産品が分かっても、
何からできているかまでは答えられず、ネチネチとお説教が始まっていただろうから。
勉強が終わる時間が来ると、ハリー先生は悔しそうな顔をして扉から足早に出ていった。
思わずスノーは、隣に座るユイシアの両の手を取る。
「すごいわ!あのハリー先生がわたしに馬鹿という事も無く帰っていったわ。」
「そんな事言われてたの?」
「ええ、わたし勉強が苦手だから...。」
不出来な自分が恥ずかしくてうつむくが、
ユイシアはじっとスノーを見ると、「これからも僕も勉強に付き添う。」と言ってくれたので、
「もちろんよ!」と微笑んだ。
昼食を食べた後は、今度は魔法の勉強だ。
ユイシアも一緒に勉強をしたいのと言うと、快く迎えてくれた。
ハリー先生とは違い、魔法を教えてくれるリリィ先生はとても優しい女性だ。
スノーは風の魔法に適していると言われたので、その力を伸ばすべく頑張っている。
そして、もし叶うならいつか治癒魔法というものにも興味があるのだ。
人を癒すことのできる魔法。
まだ教科書でしか読んだことは無いが、使ってみたい。
「では、スノーお嬢様。いつもの通り両の手の中に風があるイメージをしてください。」
「は、はい。」
上手にできるかと緊張をしつつ、イメージをすると両の掌の中にさわりと風が吹いた。
「お上手ですよ。それを丸くしてみましょう。」
「はい。」
リリィ先生がお手本の様に、右手の上に風の魔法で作った球体を見せる。
これが中々に難しいのだ。
集中、集中。
そう思っていても、手のひらにある風はまとまってくれない。
するとそばで見ていたユイシアが、「考えるんじゃなく、手のひらに好きな物があると思えばいいんだよ。」
そうぽつりと呟いた。
「好きな物?」
「例えばトマトとか、大事にしている人形とか。」
好きな物...。
わたしは部屋にある亡き母からもらったうさぎの人形を思い浮かべると、手のひらでそよいでいた風が、
まとまっていくのを感じた。
わたしの手のひらにあるのは、大事なもの。
手のひらの中がぽうっとあたたかい風に包まれる。
そうして、少し歪ながらも丸ができたことにほっとした。
「坊や、凄いのね。魔法を使えるのかしら?」
リリィ先生はユイシアに優しく微笑みながら問いかけると、「少し...。」という答えが返ってきた。
スノーはびっくりして、ユイシアの手を取る。
「まあ!すごいわユイシア、何の魔法を使えるの?」
「............風。」
少し間があったのが気になったが、ユイシアは風の魔法が使えると答えた。
わたしと一緒だわ!
そう思うと嬉しくなる。
「風、かしら?」
リリィ先生は不思議な顔でユイシアを見ていた。
「風魔法です。」
今度はきっぱりと言ったユイシアに、「そう。」と静かにほほ笑む。
ユイシアとこれからも風魔法を勉強できるのだと思ったら、スノーは嬉しくて仕方が無かった。