貴方がいればなにもいらない(ユイシアサイド)
ようやく手に入れた。
腕の中に飛び込んできたあたたかいぬくもりを抱きしめて、昏く笑った。
トア・アメジスター・シャルズは、シャルズ国の王太子として生まれた。
シャルズ国は島国ながら貿易で栄え、特産物の真珠が名産だ。
豊富な海産物と、現国王の民意を第一にした考えと幅広い交易でその名が広まっている。
国を象徴する花として、グラジオラスを掲げ、花言葉は、用心深い、楽しい思い出、たゆまぬ努力。
その言葉の中でも特にたゆまぬ努力を目標にし、国を、国民を守っている。
花の紫色は、王族に伝わる瞳の色にもちなんでいる。
幼いながらどこか達観したようなトアを、感情豊かにしたいと、
公務として様々な所に父と母に連れていかれた。
正直、余計な世話だったし退屈だった。
自分が望まれていることは分かっていた。
だが、無性につまらなかった。
おおらかで善政を守る父、ゼン・アメジスター・シャルズ。
真の強い上品な母、セリ・アメジスター・シャルズ。
勉強熱心な姉、メイ・アメジスター・シャルズ。
王族にしては愛情のある家庭だと思う。
ただ、トアが異端だっただけだ。
いつも空虚感に苛まれていた。
母が、今度の外交にトアも連れていくと言った時も気乗りはしなかった。
そうして、事件は起こった。
シャルズ国は一見平和だが、魔物達が出る。
そのため各領地には騎士団が設立されている。
しかし、今回は分が悪かった。
船での旅の途中、巨大な魔物達が現れ、あっという間に囲まれてしまった。
小物は護衛の騎士達が何とか倒していくが、その間にも魔物達によって船が壊されていく。
どうみてもここで死ぬことは確定だった。
「私が命に代えても、トアを皆を守ります。」
そう言って母は、トアを一度抱きしめると、騎士に預け詠唱を始めた。
ここで母とは最後だと分かった。
騎士に避難用の小舟に乗せられながら、呆気ないと思った。
魔法の大きな爆発音と、魔物の断末魔を聞きながら。
自分は頑丈らしい。
生きていたことに驚いた。
どこかのベッドに寝かされているのは分かったが、傍で小さな女の子が眠っていた。
真っ白い髪の毛の、薄紅色の唇のお姫様のような女の子に見惚れた。
自分の部屋にあった宝箱に入れたい、と思った。
父と母に大事にしたい物をいれなさいと言われ貰ったが、空っぽのままだった。
だが、その子を。
「宝箱」に大切にしまっておきたいと。
トアが身動きをしたことに気が付いたのか、女の子が瞳を開ける。
眠そうに目をこすっていたが、起きているトアを見ると、
「良かった!」と抱きついてきた。
あたたかい、優しい香りがした。
「わたしは、スノー。スノー・フィンデガルドよ。あなたは?」
女の子、スノーは声もとても可愛らしかった。
一目で宝物にしたいと思った。
離れたくないとも。
「...思い出せない。」
だから嘘をついた。
トアの言葉にスノーは驚いていたが、それならばと従者になってこの屋敷にいればいいと言った。
上手く入り込めたことに安堵した。
スノーは独りぼっちだと言っていた。
寂しかったから、ユイシアがいてくれて嬉しいと。
ユイシアとは、トアの新しい名前だ。
記憶が無いと思ったスノーが、名付けてくれた。
これから僕は、ずっとユイシアとして生きる。
そう決めた。
スノーは孤独だと言ったが、屋敷にいる者達を観察しているとそうではないと思った。
父は、幼い娘にどう接したらいいのか分からず仕事に逃げていて、
使用人達は主の態度の手前、スノーを腫物のように扱っていた。
態度は悪いが頭のいい家庭教師がついていたし、
魔法の教師も一流に見えた。
ユイシアが使用人達との橋渡しをすれば、すぐにでも誤解は解けただろう。
でもあえてしなかった。
スノーはその寂しさから町へとよく出かけ、町民に愛されていた。
笑顔で町を歩くスノーは可愛らしかったが、屋敷では孤独にしたのに町ではならない歯がゆさが嫌だった。
ある日、宿屋の息子に声を掛けられた。
年頃も同じで、スノーに想いを寄せていることは分かっていた。
「今度庭の花が咲きそうなんだ。スノーお嬢様にも是非見てほしいな。」
「まあ!嬉しいわ、咲いたら教えてね。楽しみにしているわ。」
スノーは、屋敷に帰宅をしても「楽しみ!」とユイシアがいれたお茶を飲みながら笑っていた。
ユイシアは最初はお茶もいれられなかったが、使用人達に教えてもらい、
どうにか「美味しいお茶」を出せるようになった。
最初の時の、美味しくは無かっただろうに「美味しいわ。」と言ってくれた時のスノーは可愛かった。
その晩、屋敷を抜け出して宿屋の庭に忍び込んだ。
「花、見せられなくなった。すまない。」
「どうしたの...?」
「獣に荒らされたみたいで滅茶苦茶になったんだ...。」
スノーは悲しそうな顔をして宿屋の息子の心配をしていた。
町にも小物だが時々魔物は出る。
スノーもきっとそう思ったのだろう。
だが、スノーが俯いた時に宿屋の息子ははっきりとユイシアを憎らし気に睨みつけた。
気分が良かった。
スノーの従者はユイシアだけだったので、髪の毛はいつも自ら櫛でとかすくらいだった。
美しい白い髪はそれでも輝いていた。
町で何通りかの髪結いの仕方を教えてもらい、髪飾りのリボンの存在を知った。
王宮では真珠か宝石の髪飾りを見るくらいだったので、興味深かった。
髪結いの人に言われるまま、髪飾りを扱っている洋服屋に行き、勧められるままスノーはリボンを買った。
スノーに「ユイシアにリボンを選んでほしい。」と言われ、
真っ先に自分の瞳の色である紫が思い浮かんだが、それは自分が買い与えたいと思い、
無難な色を選んだ。
いつか自分の色でスノーを染めたいと思った。
その日から毎朝、スノーの髪を結うのがユイシアの幸せになった。
自分の手で飾られていく姿を見るとたまらない気持ちになった。
従者をしつつ、騎士団学校へも通うようにした。
強さが欲しかった。
いつでもスノーを守れる強さが。
魔法は勘で全属性を使えたが、剣術を覚えるのはただその望みの為だった。
スノーとの日常は楽しくてあっという間に過ぎていった。
これが永遠に続けばいいと思った。
それなのに。
屋敷の主であるフィンデガルド男爵に、夜ユイシア一人で呼ばれた。
嫌な予感がした。
部屋に入った途端、フィンデガルド男爵はユイシアの前で膝をつき頭を下げた。
「な、何をしているんですか?」
「トア・アメジスター・シャルズ様。数々のご無礼、申し訳ございません。」
「何のことですか?」
「分かっております。」
そう言うと、フィンデガルド男爵はユイシアがシャルズ国の王太子であり、王宮に使者を送ってあると言った。
しくじった。
まさか今まで何も言ってこなかった奴から、この時間が奪われるとは思わなかった。
「スノーが迷惑をおかけしました。」
「僕は、僕はこのお屋敷にいたいです。何の事か本当に分かりませんっ!」
自分なりに迫真の演技だったが、フィンデガルド男爵はどこか安堵をした顔で言った。
「娘も年頃です。もっと外を見てもらわなくては。」
それは、ユイシア以外を見ろという事か。
怒りで今も膝をつくその身体を蹴りたくなった。
剣があれば刺していた。
スノーに「夜に咲く花がある。」と言われ、二人で屋敷を抜け出した夜、
まるで作られた出来事のように魔物が現れ、「旅の者達」に助けられた。
見たことの無い奴等だったが、ここにいる原因は分かる。
その夜はスノーを屋敷に送り届けた後、旅人に扮した王宮の使者であるうちの一人、
カインという奴に父への手紙を預けた。
「すぐにでもお戻りください!」と言われたが、そんなことはできない。
スノーを王都に共に連れていくためには。
そうしてカイン達との茶番劇のような出来事があったが、スノーの事を「無礼な女」と言った奴には、
後で水の魔法で氷を作り、膝をついていた足に刺した。
悲鳴が煩かった。
スノーに仕えているのだから、離れないと言えば、一緒に王都に行くことになった。
「お父様が笑っていた。」と悲し気に言ったが、フィンデガルド男爵にとってはそうだろう。
大切な娘に欲を持って付き添う男を合理的に排除できるのだから。
だがそうはさせない。
「従者の主人」として、スノーを連れて王都へと向かった。
馬車の中、スノーはずっと不安げな顔で可愛らしくも可哀想だった。
その度に「終わらせて、早くお屋敷に帰ろう。」と声をかけた。
帰れないのに。
カインに手紙を渡していたので、父には記憶喪失ではないと知られている。
だが、一芝居打ってもらった。
全てはスノーと王宮にいるために。
スノーを「王太子を助けた少女」として婚約者にするために。
父には「何も関心の無かったお前がなぁ。怖いものだ。」と笑われた。
フィンデガルド男爵には、後々のために「伯爵」の位を。
スノーが王都にいたいと言ってくれれば良いが、それでも帰りたいと言った時の為に。
勿論一人では帰らせないが。
姉は、帰ってきたのだからユイシアがシャルズ国の王になるべきだと何度も言う。
煩わしかった。
噂というのは可笑しなものだと思った。
嫉妬。
妬み。
スノーの事を「助けた恩を着せて婚約者になった悪い女」という奴等が現れた。
だが、そのままにしておいた。
スノーから「助けてほしい。」と言ってほしかったから。
頼ってほしかった。
でもスノーは、変わらなかった。
噂を耳にしているだろうに、背筋を伸ばし、凛として歩いていた。
どこまでも美しい。
国立学園に入学をすると、スノーは孤立をした。
「友達が欲しい。」と嘆いていた。
放課後に、人払いをした庭園で触れ合いながらその日の事を話すのが日課だった。
スノーはユイシアに甘い。
異性との距離感を知らない。
そこに付け込んだ。
額を重ね、指を絡ませるなど恋人同士でもしないというのに。
可愛らしくて面白かった。
ユイシアは、スノーが好んでいる小説に出てくる「生徒会長」を目指した。
公爵子息である現生徒会長のカイに言えば、役員にすんなり通った。
自分だけ見ていてほしかったが、スノーにアリュリルという友人ができていた。
邪魔だった。
だが、「友達ができたわ!」と喜ぶ顔に負けた。
排除しようと思ったが、そのままで良いと思った。
リエレッタはどう動くか観察対象だった。
「自分が王太子殿下の婚約者だった。」と嘯く図太さは滑稽だった。
自分の手は汚さず、取り巻きをうまく使う手腕に笑った。
忘れられた婚約者を演じつつ「王太子妃になる」という欲が出た顔に吐き気がした。
生徒会の仕事は思ったより手間がかかる。
スノーが「お話の生徒会長が素敵。」というから目指しているが、下らない業務ばかりだった。
特に役員が使えない。
カイに何でこんな使えない奴等を選んだのかと呆れて聞いてみたが、
「家の繋がりとかもあるんだよ。」と苦笑いされた。
その白い頬が赤く腫れ、引っかき傷まである事に頭に血が上った。
スノーを傷つけた女の頭を地面に叩きつけようとした。
殺してやろうと思った。
だが、ひっしに止めるスノーが可愛らしかった。
ルミナの噂はあえて放置していた。
少しでもスノーの心に傷を付けていたことを知り、歓喜に胸が熱くなった。
あの、スノーが嫉妬。
きっと初めての思いに違いない。
それを引き出せたのが嬉しかった。
リエレッタがスノーに接触したのは知っていた。
放課後、先にベンチに座っていたユイシアを見るなり抱きついてきた、泣いたスノーを見るのは幸福だった。
噂に惑わされ、ユイシアと離れたがっているのは知っていた。
それでも選んでほしかった。
スノーに求められたかった。
婚約破棄をと願った口を塞ぐ。
青ざめて怯えるスノーは可愛らしかった。
そんなことを言う声なんていらないと本当に思った。
まだ学園生活はあるが、スノーは退学させて王宮の、ユイシアの部屋にいてもらおう。
口の中に布を入れて喋られなくさせてやろうと思った。
その上から綺麗なリボンのような布を巻いて頭の後ろで縛ってあげれば美しいだろう。
恍惚な気持ちになったが、舞台に必要な女が現れた。
あまりにも順調な運びが可笑しかった。
記憶があると言うのは賭けだった。
幻滅されてもスノーを離す気は無かったが。
スノーに責任を取ってと希う。
この言葉が一番効くと思った。
戸惑いながらも小さく頷いた姿は可哀想で愛おしかった。
まだ「好き」とも分かっていないのだろうに。
3年になって、生徒会は辞めた。
スノーの思う「生徒会長」にはなったし、もう良いと思った。
その代わり、二人の時間を多くした。
ちゃんとスノーが「恋」や「愛」という気持ちを認められるように。
それが僕に向かっているのだと確認をさせるために。
そうして時期を見計らいプロポーズをした。
ユイシアへと飛び込んでくる身体をしっかりと受け止めた。
抱きしめる。
やっとここまで来た。
ずっと異性として見られていないのは知っていた。
それがやっと。
あたたかい身体を抱きしめつつ、笑いがこぼれそうになるのを我慢するのが大変だった。
メイはまだ王になるべきだと引き留めるが、興味がない。
父は諦めの表情だった。
スノーがずっとフィンデガルド領に帰りたがっているのは知っていた。
だから僕も帰る。
ただの「ユイシア」として。
もう二度と離さない。
愛おしいスノー。
僕の唯一。
恋焦がれ愛する人。
これで「貴方が恋と愛を見つけるまで」は完結です。
たくさんの皆様に読んでいただき、本当にうれしいです!!
ありがとうございます!!
ユイシアは色々と頑張っていました(苦笑)