貴方が恋と愛を見つけるまで22
「...記憶...喪失じゃない?」
スノーはユイシアの言葉に驚いた。
ユイシアが記憶喪失で無いのなら...。
それならば、何故スノーの従者をしていたのだろう。
今だって毎朝髪結いをしたり、お茶を用意してくれたりかいがいしく世話をしてくれる。
その理由が分からなくて、混乱した。
「母上の主催する茶会は何度か開催していたけれど、僕は一度も参加なんてしたことが無い。」
はっきりと言う言葉には、嘘は見えなかった。
本当に当時を覚えているのだろう。
まだ幼かった頃、記憶が無いと思っていた頃を。
「一度も、だ。」
「なっ...な...!」
「お前が言っている奴は誰の事だ。」
ユイシアはリエレッタを挑発をするように言った。
こんな攻撃的なユイシアは見たことが無い。
無口で無表情だが、優しい...そんな姿しか。
「僕にはスノー以外、それ以前に何て婚約者などいない。」
「そんなこと無いですわ!」
その言葉には、即座に否定の声がした。
まだリエレッタは足掻く。
もう引き下がれない思いもあるのだろう。
両の手を握り負けないとでも言うように立つ姿は、どこか悲しい。
「父上や姉上に聞けばすぐにわかる。」
叫びのような声にも、ユイシアの冷静な声が響いた。
確かに、国王陛下やメイ様ならユイシアが婚約をしていたか知っているだろう。
その言葉にリエレッタは「ぐっ...。」と呻き声のようなものを出し黙った。
「お前が元婚約者だと噂を広めていたのは知っている。馬鹿な事をと思っていた。」
怒りと羞恥でリエレッタの顔が赤く染まる。
「お前のせいで僕はスノーに捨てられるところだった。」
そう言うと、ベンチに力無く座っているスノーの頬を右手で優しく触れる。
あたたかい手だが、今はいつものような安らぐものではない。
この、いきなりの展開に頭が上手く付いていけない。
「捨てる」とは何だろう。
スノーはユイシアを解放してあげたかっただけだ。
唖然と見つめるスノーに、ユイシアは優しく微笑む。
「王家への冒涜と虚偽の罪で投獄でもされてしまえばいい。」
さらりとユイシアがとんでもないことを言う。
スノーには、リエレッタがそこまでの罪をしたとは思えなかった。
きっとユイシアに強い好意を抱いていて、スノーという存在に我慢が出来なかっただけなのだ。
恋心がそうさせてしまった、そう思いたかった。
「い、いや...!」
何でこんな事に!
リエレッタの悲痛な叫び声がする。
こんな事ぐらいで、たかだかこんな事で投獄だなんて...!
「元婚約者」だと噂を広めたのは確かだ。
だが、皆それを楽しそうに信じたではないか。
私だけのせいではない。
噂に飛びついた奴等のせいだ。
「そういえばお前の父は最近羽振りがいいだろう。手を出してはならない薬の密売に手を出している。」
ぽつりとユイシアは呟いた。
「え...?」というリエレッタの気の抜けた声がした。
突然の父の話に頭が一瞬ついていけなかった。
「泳がせていたが、既に完全な証拠がある。公爵家ともあろうものが情けない。」
スノーを見つめていた瞳が、リエレッタの方に向くが、あまりにも冷たいそれに驚いた。
ラベンダーのように柔らかな紫色だと思っていた瞳がアメジストの宝石のように鋭く輝く。
「自分の地位を安定させようと、お前が王太子妃になれると嘯いていたと思うがありえない。」
そう言うと、嘲笑する。
そんな笑い方をするなんて知らなかった。
「公爵家がどこまで愚かになるのかと噂を否定せず見ていた。」とユイシアは言った。
「僕にはスノーがいるというのに。」
そうして、スノーを優しく見つめると、また厳しい視線をリエレッタに寄こした。
リエレッタの身体が震える。
「薬が国に入るのは回避したが、罪は消えない。」
薬?
薬とは何の事だろうか?
父がしている事なんて、リエレッタは知らない。
「親子共々苦しむがいい。」
低く冷徹な声が吐き捨てるように言った。
「そんなの嘘よ...!!嫌、嫌、嫌...!!!」
リエレッタの金切り声が庭園に響く。
こんなはずじゃなかった!!
「私は王太子妃になりたくて...!ただそれだけよ!!お父様の事なんて知らないわ!!」
確かに、最近は「お前がユイシア様を必ず射止めるんだ。」と高価な化粧品も、洋服も、宝石も、
何でも父は買ってくれた。
お金の事なんて気にしていなかった。
だが、それは王太子妃になるのだから、当然だと思っていた。
それにリエレッタは元々公爵令嬢として甘やかされてきたのだ。
「王太子妃...ね。」
静かにユイシアが呟く。
「お前、一体僕の何を知っている。」
「えっ...?」
「ユイシアという男の事なんて、何も知らないだろう。」
「そんなことありませんわ!賢く聡明で...っ!!」
そう言うと、ユイシアは可笑しくて仕方が無いとでも言うように笑った。
「僕はそんなんじゃない。スノーに嫌われたくなくて藻掻いているだけの男だ。」
笑いを止めると、またスノーを見つめ今度は頭を撫でる。
「ユイシア...。」
ユイシアの行動についていけないスノーは、されるがままだった。
「お前はただ、王太子妃になりたいだけだ。あからさま過ぎて笑いをこらえるのが大変だったよ。」
「...っ!!」
馬鹿にされて、リエレッタの怒りがまた表情にでる。
そんなことは無いのだ。
ちゃんとユイシアを想っていた。
確かに、「王太子妃」という事が第一の目標だったが。
リエレッタにこそ合う素敵な男性、王子様だと思っていたのだ。
ユイシアは泣きはらしたスノーを優しくベンチから立たせると、その身体を抱きしめた。
リエレッタに見せつけるように。
「これ以上、僕たちの邪魔をするなら許さない。」
目の前にいる男は誰だろう。
リエレッタは唖然として、立ち竦む。
無口だがいつも穏やかな表情で、まるで何の悪意も知らないという優男だった筈だ。
「ユイシア・アメジスター・シャルズ」は。
懐柔できると思った。
自分が王妃となり、実権を握るのだと。
それが今は冷徹な瞳で、リエレッタに罪を与え、陥れようとしている。
信じられなかった。
ユイシアに抱きしめられているスノーが憎くて、思わずその顔にめがけて両の手の爪を立てて駆け寄ろうとしたが、
騒ぎを聞きつけていた衛兵達に呆気なく捕らえられた。
棒で地面に押さえつけられる。
自分の泥だらけになっていく制服が悔しかった。
だが、あのユイシアの、王太子殿下の裏の顔を見れたようで誇らしかった。
ひとり、青ざめた表情の衛兵にユイシアが気付くと、「覚悟しておけ。」という声すら、
恐ろしすぎて、いたぶるようで、逆に甘い声音に感じた。




