貴方が恋と愛を見つけるまで20
ユイシアが生徒会長になると、定時には役員達を帰し一人で頑張っていることが多々あった。
放課後のベンチでの語り合いの時も、疲れの見える表情が心配だった。
それを気にしたスノーは少しでも助けになりたいと、自ら書類の整理や、
一生徒でも見て良い物ならば確認をし、ユイシアのサインを求めた。
「スノー、ありがとう。」
「いいえ。頑張っているユイシアを応援したいだけよ。」
そう微笑んで紙を渡す。
何だか未来の国王の姿を見たような感じがして、頼もしかった。
「あら?これは生徒会ではなく図書室への了承済みの書類だわ。」
本の入荷と要望の書いてある物だった。
本来ならば、先生と図書委員が管轄をするものだ。
何故この書類が混ざっているのかしら?
スノーは不思議に思ったが、ユイシアに一言言うと図書室へと向かった。
ユイシアは心配をしていたが、これくらいのお使いは自分でしたいと思ったので、
「大丈夫よ。すぐ戻るわ。」と明るく笑った。
「生徒会役員でもないくせに...。」
「我儘を言ってユイシア王太子殿下を困らせているらしい。」
「最悪な女だ。」
スノーが歩いていると、未だにこそこそと囁く声は聞こえるが、気にしない。
わたくしの事は、ユイシアが分かってくれているもの。
アリュリルという心からの親友もいてくれる。
そう思えば、気にならなかった。
生徒会室と同じ階にある図書室へと行き、受付にいる生徒に書類を渡すと、
気まずそうな顔をした。
「お仕事中ごめんなさい。生徒会の書類にこれが混ざっていたの。」
「...そう。」
生徒はスノーの手から書類を受け取ると、俯いて黙ってしまった。
まるでもう喋りたくはないという感じだ。
小さくため息を付くと、「失礼いたしますわ。」と言い去ろうとした。
本当は、ロマンス小説の新刊が無いか気になったが、歓迎されていないのが伝わる。
違う日にでもゆっくり見よう。
そう思いつつ、図書室の入り口に差し掛かった時。
「あの...、スノー・フィンデガルド様ですよね。」
背後から自分の名前を問われ、振り向く。
これで返事をしなければ失礼に当たるだろう。
「そうですが...?」
すると、ユイシアに似た茶色の髪の、小柄な少女が両の手を祈るように組み、立っていた。
その姿はか弱く、守ってあげたいと思わせるような愛らしさがあった。
知り合いではない。
顔見知りでもなく、不思議に思っていると。
「お話が、あります。」
そう、切なそうに言った。
今にも涙をこぼしそうな程悲しそうにこちらを見つめる表情に、拒否はできなかった。
「こちらへ。」と言われ、本棚の奥へと案内される。
どんどんと図書室の奥へと進んでいくが、
いつもは大好きな本たちがスノーを拒絶するような、嫌な気持ちがした。
「私はリエレッタ・ワイズと申します。」
そう言うとリエレッタ嬢は頭を下げた。
ワイズ家と言えば、公爵家であり、国王やメイ様からスノーの噂を流した者達だと以前言われたことがある。
リエレッタと言う名前に、女子生徒達にも絡まれたのを思い出した。
どうしてわたくしに近づいてきたのかしら...?
スノーが身構えたのを気づいたのか、その顔が悲しみに歪む。
見た目はか弱く、愛らしい少女。
名前を知らなければ、「なんて可愛らしいのかしら!」と舞い上がっていたのかもしれない。
爵位でいえばリエレッタの方が上だ。
だが。
どう反応を返せばいいのか、スノーは考えていると。
ぽつりとリエレッタが呟いた。
「私はユイシア様の婚約者だったのです...。」
その言葉にスノーは、あの言葉は本当だったのかと思った。
三人のご令嬢に囲まれた時、言われたのだ。
「リエレッタ様がユイシア王太子殿下の元婚約者である。」と。
スノーは何と言ったらいいのか分からなくて、言葉が出なかった。
「ずっとお慕いしていて、6歳の誕生日に婚約が決まり、とても嬉しかった...。」
そう、リエレッタは当時を思い出しているのか夢心地に言う。
きっとユイシアが船に乗る前に婚約をしたのだろう。
魔物に会わず、順調に帰国していれば、そのまま婚約者だった筈だ。
「行方不明だったユイシア様を、助けていただいた事は感謝しています。」
そう言うと、また頭を下げた。
公爵令嬢ともあろう方が何の抵抗もなく頭を下げることに、スノーは困惑する。
だが、それだけユイシアを想っている証にも見えた。
しかし、顔をあげた瞳には涙があふれんばかりにあった。
「だからって恩を着せて婚約者になるだなんて、酷すぎます。ユイシア様がお可哀想です。」
スノーは何も言えなかった。
「今は貴女が婚約者だと分かっています...。でも見ていて辛いの。」
そう涙ながらに話す姿は痛々しい。
元婚約者であったリエレッタと、突然現れて婚約者になったスノー。
複雑だったに違いない。
その思いを抱えたまま、学園でずっとユイシアとスノーを見ていたのだろう。
どんなに辛い事か。
「お願いします、私からユイシア様を取らないで。」
リエレッタは切実にそう言う。
心からの叫びのようだ。
声は震え、胸の前で組まれた両の手が力が入っているのか赤くなっている。
「私の居場所を返してくださいませ...っ!」
ぽろぽろと大きな涙を流す。
まるでユイシアへの想いのように。
その姿にスノーは、申し訳が無い気持ちでいっぱいになった。
後から現れて婚約者となったスノーの事を嫌だと思っているのだろうに、
頭を下げ、感謝をし、そうして願う。
わたくしがいるから...リエレッタ嬢は悲しんでいるのだわ。
リエレッタの想いに引きずられそうになり、スノーが口を開こうとすると。
「スノー。」
後ろからユイシアの声がして驚いた。
今いる場所は図書室でも、かなりの奥で、簡単には分からないような所だ。
「ユ、ユイシア。」
「帰ってこないから心配した。ここは人気も無く不用心だ。帰ろう。」
そう言うと、静かに近づきユイシアはスノーの肩を抱く。
でも、リエレッタ嬢が話し中なのに...と焦る。
ユイシアは、ぽろぽろと涙をこぼすリエレッタを見ると。
「ワイズ嬢、変な事をスノーに吹き込まないでくれ。迷惑だ。」
そう冷たい声で言い、スノーには「行こう。」と優しく言うと、図書室の入り口の方へと向かった。
リエレッタの事が気がかりだったが、肩に置かれた有無を言わさぬユイシアの手に、
連れて行かれるまま生徒会室へと戻った。
あの後、ユイシアは「気にしなくていい。」と言ってくれたが、きっと会話を聞いていたはずなのに否定をしなかった。
いや、記憶がないユイシアなのだから否定をできないのかもしれない。
スノーは、逆にユイシアを解放してあげたいと思った。
いや、ずっとそう思っていたのだ。
それが今日のリエレッタの出現ではっきりとした。
ユイシアを助けたのは、確かにスノーだ。
だが、彼の人生を縛って良い事ではない。
ユイシアとの婚約を解消したい。
いや、もしかしたら正式な婚約者であるリエレッタ嬢がいるのだ。
婚約破棄を言い渡されるかもしれない。
「婚約破棄」。
それを思うと胸がちくりとする。
ロマンス小説でも、よくこの言葉は出てきた。
「本当に思いあう二人のために、押し付けられた婚約者が婚約破棄を言い渡される。」のだ。
そうして主人公達は幸せになる。
邪魔者は...スノーは消える。
それを思うと胸が痛い。
だが、リエレッタ嬢の憔悴しきった姿を思うと、早くユイシアと離れなくてはと思った。
リエレッタ嬢こそ、ユイシアの婚約者なのだから。
受付にいた生徒がリエレッタに近づく。
そこには今まで泣いていた少女の顔は無かった。
「あ、あの。これで本当に口利きをしてくれるのですか?」
「......ええ。お父様に貴方のお家への融資を考える様言ってあげる。」
「ありがとうございます!!」
勝手に膝をつき頭を下げる生徒を冷たい目で見下ろすと、踵を返す。
まさかユイシア王太子殿下がいらっしゃるとは思わなかった。
でも、スノーが浮かべた表情に満足をした。
場違いの愚かな女。
傷ついた表情に嗤いそうになるのを我慢するのが大変だった。
「早く、消えてちょうだい。そうしたら王太子妃の座は私の物なのだから。」
静かに呟くと。
ニヤリと微笑んだ。




