貴方が恋と愛を見つけるまで19
ユイシアに「お姫様抱っこ」のまま、生徒会室まで運ばれてスノーはドキドキが止まらなかった。
生徒達の視線に耐え切れず、真っ赤な顔を両の手で隠した。
生徒会室まで行き、ユイシアが扉に向かい「ルミナ嬢、ドアを開けてほしい。」と言うと、
ゆっくりと扉が開き背の高い金色の髪のとても美しい女性が現れた。
エルフの姫君様だわ...!
その凛とした気品のある美しさに目を奪われる。
シャルズ国に留学生として来ている、エルフ族の姫君だ。
ユイシアと階段の踊り場で話しているところは遠巻きに見かけだが、
実際にその姿を間近で見るのは初めてだったので、その美しさにスノーは驚いた。
「あら?ユイシア様、大切なお姫様がどうかなさったの?」
「すぐに傷を見てほしい。」
ユイシアに抱えられたまま生徒会室へと入る。
「足?」
「いや、頬だ。」
「それなのに抱きかかえてきたの?」
そう言うと、エルフの姫君はくすくすと笑う。
スノーとしては「よくぞ言ってくださいました!」という思いだった。
椅子に降ろされたスノーの顔を見ると、エルフの姫君は顔をしかめた。
左の頬が真っ赤に腫れて、引っかき傷のような物まである。
「おいたわしい...、折角の可愛らしいお顔が...。」
「僕の半端な魔法で、万が一でも傷が残ったら嫌だ。」
スノーは「ユイシアの魔法は素晴らしいものだわ!」と言おうと思ったが、
ふたりの気安い者同士のような空気と会話に、ちくりと胸が痛んだ。
「分かったわ。大丈夫よ、傷なんて少しも残らないように治すわ。」
そう言うと、エルフの姫君はスノーの頬に手をかざす。
「本当に可哀想に...。私だったら相手を出来たら八つ裂きにしているわ。」
「これからそうするつもりだ。」
何だか不穏な言葉が聞こえた。
じょ、冗談よね!?とハラハラした。
先程から、ドキドキしたり、胸が痛んだり、ハラハラしたり忙しい。
それは一瞬だった。
詠唱も無く、頬がやわらかなあたたかさに包まれたかと思ったら、痛みが引いていた。
風の魔法の特徴である緑色の光だけがしたあと、すぐに消えた。
「どうかしら、スノー。痛みはない?」
「は、はいっ!」
目の前で見た、高度な魔法にスノーは驚く。
ユイシアがスノーの顔の前に水の魔法を使って、澄んだ水の小さな壁を作って、
その顔を映す。
叩かれた左の頬は、もう何ともなっていなかった。
「ユイシア凄いわ!水の魔法ってこんな事もできるの?」
「ちょっとした応用だよ。」
するとしゅわっと解けるように水が消えた。
「あら?私の魔法も褒めてほしいわ。」
「しっ、失礼しました!!もちろん凄くて素敵です!」
「ふふっ、冗談よ。」
慌てるスノーを見ながら、
鈴が鳴るような声で笑うエルフの姫君は声も姿も本当に美しかった。
「知っているかもしれないけど、私は3年のルミナ・テイマーよ。宜しく。」
「ありがとうございます、ルミナ様。」
立ち上がってお礼をしようとしたが、手で止められた。
「僕からも礼を言う。ルミナ嬢。」
ユイシアはそう言うと、ルミナに向かって頭を下げた。
「やめてちょうだい。当然の事をしたまでよ。」
やはり、二人から漂う雰囲気にスノーはもやもやとした気持ちを抑えられなかった。
そうして、気になっていたことを思い切って口にした。
「あ、あの...。ユイシアとは...恋人同士なのですか?」
「スノー。違う。」
そう恐る恐るスノーが聞くと、即座にユイシアから否定の言葉が出て、ルミナは笑い出した。
「あの変な噂ね。大丈夫よ、ユイシア様の事なんてこれっぽちも思っていないわ。」
「こ、これっぽっちも?」
「ええ。」
そう言うと、美しい顔が近づく。
まるで吐息が触れるくらいの距離に、スノーの胸はドキドキとする。
「私は素直で可愛らしいスノーの方が好きよ。」
「ルミナ嬢!」
気付けばスノーはユイシアに肩を抱かれ、ルミナと離されていた。
「あらあら、余裕が無いわね。ユイシア様。」
楽しくてしょうがないという感じで笑うルミナは、とても美しかった。
「ユイシア様からは、貴女に治癒魔法を教えてほしいとお願いされたの。」
「は、はいっ。」
生徒会室まで来る途中に、確かにユイシアから聞かされていた。
スノーのために治癒魔法に詳しいルミナを呼んだと。
椅子から立ち上がると、頭を下げる。
「よろしくお願いいたします...!」
「大丈夫よ。リラックスして。」
ぽんぽんと両肩を優しく叩かれると、少し緊張が和らいだ。
「そうね、まずは風を生み出せるかしら。」
「はい。」
スノーは両の掌の中に「風」をイメージする。
そよそよとなびく風がゆっくりと生まれる。
「それを優しく、攻撃ではなく、癒したいと思って。例えばユイシア様を。」
すると、ルミナが後ろからスノーの身体を包むように抱きしめるようにすると、両の手を重ねる。
「ル、ルミナ様!?」
「集中して。」
ルミナ様のあたたかい体温と、吐息がスノーの耳をくすぐる。
「ルミナ嬢。」
密着をする二人を咎めるかのような、ユイシアの声がする。
「ユイシア様は黙っていて。私はちゃんと教えてあげたいだけよ。」
ルミナ様の体温と、手のひらのあたたかさにドキドキとするが、
言われた通り「ユイシアを癒したい。」と強く思った。
きっとユイシアなら、自分の魔法で治せる。
でも。
出来る事なら、わたくしが癒してあげたい。
そうして、街で会った少年のように傷ついた人がいれば治したい。
いつの間にか両手のひらには、あたたかく、優しく光る風が生まれていた。
それは通常の風の魔法とは違い特有の緑色と、混ざるように金色に光る。
「そう。それが風魔法の治癒よ。」
スノーは初めての感覚に、嬉しくて涙ぐむ。
わたくしの手の中に、人を癒せる力がある。
「あらあら、泣かせるつもりは無かったのよ。」
「...嬉しくて...っ!」
ユイシアが薄紫色のハンカチでわたくしの涙を優しくぬぐってくれる。
それは、いつかスノーがプレゼントをしたハンカチだった。
彼の瞳の色を思い、贈った品物だ。
「ユイシア、まだそのハンカチを持っていたの?」
「大切なものだから。」
そう言って宝物のように、そっとポケットにしまう。
嬉しく思い、スノーは涙を止め微笑んだ。
すっと、ルミナが離れると、スノーの前へと移動をする。
両の掌の中には、そのまま治癒魔法が安定してあった。
名残惜しいが、すっと力を消すとキラキラと光が輝くながら消えていった。
「逆に私は攻撃魔法が全く使えないの。使えるのは治癒魔法だけ。」
そう言って困ったように笑うルミナに驚いた。
だがこれだけは言える。
「とても素晴らしい事だと思います。ルミナ様の治癒魔法は、素晴らしいものです。」
真剣にそう言うスノーに、きょとんとした顔をした。
美人はそんな表情も美しい。
「ふふっ、ふふふふふっ。嬉しいわ...。」
ルミナはうつむき、何かを堪えるような表情をした後、また微笑んだ。
「スノー、是非私とお友達になって。」
「えっ、良いんですか?」
「ありのままの私を認めてくれた。貴女もとても素晴らしい方よ。」
吹っ切れたようなルミナの表情が印象的だった。
そうして友人になれたルミナ様と別れ、スノーはユイシアといつものベンチに向かっていた。
「本当にルミナ嬢とは何でもないんだ。」
「ええ、ちゃんとわかったわ。」
少し照れくさい。
ずっと二人に「嫉妬」をしてしまっていたのだから。
あんなにもルミナ様は素敵な方だというのに。
「ありがとう、ユイシア。」
「スノーの役に立てたのなら嬉しい。」
ベンチのある庭まで出ると、ユイシアが手を差し出す。
それをしっかりと掴んだ。
「誤解をしてごめんなさい。」
「疑われるような行動をした僕が悪い。スノーは謝る必要なんてない。」
そうきっぱりと言ってくれるユイシアに、心がくすぐったくなった。
いつでもわたくしを見てくれる。
なんて幸せなことだと思った。
2年生になり、学園での勉強は難しいものへとなっていった。
ルミナ様が卒業し国へ戻られたことは残念だったが、手紙のやり取りをしていた。
スノーはアリュリル嬢と復習をしつつ、勉強も魔法も頑張る。
そして、ユイシアは前期副会長としての功績を認められ生徒会長となり、多忙な日々を過ごしていた。
だが、毎朝のスノーの髪結いは欠かさない。
放課後のその日の出来事を囁くのも。
学園代表の生徒会長として、振舞うユイシアはとても格好良かった。
スノーはだんだんと、ユイシアに「恋心」を持っていった。
いつでも優しく接してくれて、理解をしてくれる。
まるでスノーの事が一番だとでも言うように包んでくれる。
あたたかい存在に惹かれていった。
ユイシアを解放してあげなくてはと思いつつも、想うのを止められなかった。