貴方が恋と愛を見つけるまで18
リエレッタ・ワイズは公爵令嬢として生まれた。
幼い頃から美しく、トア王太子殿下の婚約者になるのはリエレッタ嬢だと誰もが言い、
リエレッタもそれが当然だと思っていた。
6歳の時トア王太子殿下が行方不明になったと聞いた時は、
思わず歯ぎしりをした。
自分の思うようにならなかったことが嫌だった。
そうして、8年後。
トア王太子殿下が見つかったとの知らせを聞いた時、今度こそと思ったが、
婚約者にと望まれたのは、トア王太子殿下を助けたという領地の娘だった。
恩に着せて、婚約者の座におさまるなど、何て卑しい!!
リエレッタの怒りはその娘に向かった。
そうして、戻られた事を祝うパーティーで見たトア王太子殿下お姿は、とても眩かった。
茶色の髪だがさらりと金色に光り、瞳はアメジストの様に美しい。
この方こそ、私の運命だと思った。
父と共に挨拶をしたが、トア王太子殿下はリエレッタを一目もしなかった。
その隣にいる娘を気遣い、ずっと傍にいた。
スノー・フィンデガルドという娘は白い髪の毛を持つ、不気味な娘だった。
この国では髪色は赤や青、金色など多岐にわたるが、
白い髪の毛など初めて見た。
だが、勝てると思った。
今はトア王太子殿下も、恩を感じ我慢をして婚約者としているのだろう。
それでもリエレッタを見てくれれば。
どちらが婚約者としてふさわしいかなど、言うまでもない。
国王陛下は華美なことを嫌い、夜会などを開催するのは少ないが、行事として時にある。
そこにトア、今は哀れにもあの娘のせいで名前を変えられたユイシア王太子殿下と、
娘と、アリュリル・ウェンティア子爵令嬢がいた。
ユイシア王太子殿下は挨拶をしに来る貴族たちに対応をしていた。
「ユイシア、わたくしたちケーキを食べてくるわ。」
そう言って娘がアリュリルと手を繋ぎ、食事のあるテーブルへと向かっていった。
チャンスだと思った。
国王陛下のご意志でパーティーで踊る義務はないが、音楽に合わせダンスをする者たちもいる。
リエレッタは、人がきれたのを見計らいユイシア王太子殿下に近づいた。
「リエレッタ・ワイズと申します。王太子殿下、是非ダンスを一曲お願いいたします。」
お淑やかに一礼をして上目遣いでユイシア王太子殿下を見つめる。
こうすれば誰もが顔を赤らめた。
だがしかし。
ユイシア王太子殿下はリエレッタが目の前にいることも知らぬとでも言うように、見ることも無く、
食事のあるテーブルのほうに歩いて行った。
酷い屈辱を味あわされた。
周りの人間たちの気遣う囁き声がする。
悔しかった。
恥をかかされた。
家に着いて、父に泣きついた。
私を愛してくれる父は優しく慰め、「全てあの小娘が悪い。」と呟いた。
もうそこからは意地だった。
私こそがユイシア王太子殿下の婚約者になると。
そして、お名前をトア様に戻してあげるのだと。
取り巻きに弱々しく「スノー様に酷い事をされましたの。」と涙ながらに言えば、勝手に動いてくれた。
「貴女なんて、たかが田舎の領主の娘ごときが...!」
振りかざされる手がスノーにはゆっくりに見えた。
パシンと頬を叩かれた時、正直驚いてしまった。
わたくしは喧嘩とはいえど、まさか手をあげられるとは思っていなかったから。
「叩かれる」という想像はしていなかったのだ。
そして、爪でもあたったのだろう。
左頬全体の痛み以外に、薔薇の棘を誤って触ってしまった時のような、
皮膚が切れた感じがした。
目の前のご令嬢も、予想外だったのか顔色を青くしている。
そして冷汗も浮かんでいる。
気を使ってあげたいと思うのだが、自分の頬の痛みに精一杯で考えられなかった。
話があると見たことのない女子生徒に呼び出され、学園の庭へと来ていた。
「ここで同じ感じでアリュリル様と出会ったのだわ。」と内心思っていると、
いつの間には目の前には三人のご令嬢達がいた。
そうしてご令嬢は、言ったのだ。
「ユイシア王太子殿下の元婚約者であるリエレッタ様に恥をかかせたばかりか、
親しいからと言ってエルフの姫に嫌がらせをするとは、何て卑怯なの!!」
リエレッタ様と言うのは申し訳が無いが知らなかったが、ユイシアの元婚約者だとはと驚いた。
だが、エルフの姫君の事は嫌がらせなど決してしていないが、
心に思う事があり、ドキリとしてしまった。
その隙を突くかのようにご令嬢達が騒ぎ出す。
「元男爵令嬢よりもリエレッタ様の方がふさわしいわ。」
「貴女のせいでこの前のパーティーで、リエレッタ様が恥をかかされたのよ。何てお可哀想。」
「エルフの姫君に対して領主の娘が対抗意識を持つだなんて失礼よ。」
庭に声が響く。
観客も集まってきた。
「またあの悪女か!」
「今度は何をやらかしたんだ!」
「いやだわ、怖い。」
「何て恐ろしい。」
ひそひそと声がする。
だが、スノーはきっぱりと言った。
「リエレッタ様という方にはお会いしたこともありません。知らない方ですわ。」
そう言うと、目の前のご令嬢達も観客達もざわりと騒ぎ出した。
「公爵令嬢を知らないとは何たる愚かな!」
騒めきからその言葉が聞こえたが、もしかしたらパーティーで挨拶をされたのかもしれない。
だが、覚えていなかったし、「恥をかかせた」ことも無いのだ。
もう一度、はっきりと口にする。
「知らない方を、そもそもわたくしは人を陥れることなんてできませんわ。」
「...っ!生意気なっ!!」
そうして、頬を叩かれたのだ。
呆然としていると、ご令嬢達の後ろから走ってくるユイシアが見えた。
こんなに大きな騒ぎにしてしまったのだ。
ユイシアの耳にも入ったのだろう。
申し訳ないと思いつつも、その姿にほっとしたのもつかの間。
ユイシアは、何とわたくしの頬を叩いたご令嬢の髪を後ろからわしづかみ頭を地面へと投げ捨てようとした。
ご令嬢が怪我をしてしまう!
何より、ユイシアが悪く思われてしまう。
止めなくては!!
「ユイシア!」
大きな声で叫ぶ。
ぴたりとユイシアの腕が止まり、ご令嬢も座り込むような姿勢になった。
「大丈夫よ。」
「......血が出ている。」
「お話し中に、ただ手がかすっただけよ。偶々爪でも当たったのだわ。」
「そうは見えない。」
ギリッと音がして髪を掴んだままのユイシアの拳が鳴る。
「本当よ。信じてくれないの?」
「......。」
それでも、ユイシアの手はご令嬢の髪を掴んだままで、
ご令嬢に至っては口をぱくぱくとさせて、真っ青を通り越して白い顔で泣いている。
哀れだ。
こうなったらと、奥の手を出す。
「ユイシア、わたくしお腹がすいたわ。昼食をとっていないの。」
嘘だ。
今日もユイシアは生徒会の業務があり、昼食は別々だったが、スノーはアリュリル嬢と楽しく食べた。
むしろサンドイッチが美味しくて食べ過ぎたくらいだ。
「久しぶりにユイシアの淹れた紅茶が飲みたいわ。お腹がすいたわ。」
「......。」
何度も言うと、ユイシアは大きな息をついた後、ご令嬢の髪を放した。
ご令嬢はようやく息ができたとでも言うようにせき込みながら泣いている。
それを構うことなく、わたくしの前まで歩いてきた。
スノーには左頬の状態が分からないのだが、そんなに酷いのだろうか?
ユイシアが泣きそうな顔をしている。
「ユイシア...?」
首を傾けて疑問に思っていると、ふわりと抱きかかえられた。
こ、これは!!
ロマンス小説で言う所の「お姫様抱っこ」!!
「ユ、ユイシア!足は何ともないわ!!わたくし歩けるわ!!」
「黙って。」
「でもっ、わたくし重いでしょう!?」
「軽すぎるよ。もっと沢山食べて。」
あわわっとじたばた腕を動かしてしまいそうになるが、ユイシアが「静かに。」と、
真剣な顔で言うので、両手は胸の前で組んで大人しくした。
ご令嬢達にも、集まっていた観客達にも目もくれずにわたくしを抱えたままで、
ユイシアが歩き出す。
「きゅっ、休憩室に行くの?」
自分は咄嗟に「紅茶が飲みたい」と言ったのだ。
ならばお湯も茶葉などのセットが常にある休憩室に行くのかと聞けば。
「ううん、生徒会室。」
「生徒会室?」
「治療魔法に特化した人を呼んである。」
その言葉に、もしかして癒しの手を持つエルフ族の姫君かと胸が苦しくなる。
ユイシアとお似合いだと噂になっていた...。
「スノーが子供の頃から治療魔法が苦手だって、今も駄目だって言ってたから呼んだんだ。」
「...え?」
「それでも治療魔法を使いたいって頑張っていたから。」
教えてもらえば何か分かるのではと、話をしていたと言った。
「でも今はそれよりも、傷を治してもらう。すぐに。」
そう言ってわたくしを抱えながらも、早足になるユイシアのシャツの胸のあたりを、
きゅっと掴む。
「......ユイシア、わたくし嫉妬していたわ。」
その言葉に、ぴたりとユイシアが止まった。
呆れられてしまうかもしれない。
でも。
この胸にあった醜い心は謝罪しなくては。
「ユイシアと、エルフの方か親密だと聞いて嫉妬したの。」
そう、ぽつりと呟くと。
何故かユイシアの頭が目の前に来る。
耳が真っ赤だ。
どうしたのかしら?と思っていると、がばっと音がするくらいに顔をあげると、
「まずは傷の手当だ。」と、顔まで真っ赤にしてまた歩き出した。
学園の庭ではまだざわめきが起こっている。
「スノーに手を出せば、ユイシア王太子殿下を怒らせる」という声と、
「王太子殿下に茶をいれさせるなど、やはりあいつは卑しい悪女だ」という声だ。
その喧騒の中。
ぽつりと。
「だーから、王太子殿下の宝物に手を出すんじゃないよ。」
そう苦笑するセイの声がした。