貴方が恋と愛を見つけるまで17
今日はユイシアが生徒会の会議があるということで、昼食は別だった。
ずっと「行きたくない。」と言っていたが、背中を押してどうにか生徒会室の方へと向かわせた。
最近は、アリュリル嬢も一緒に、三人で食べることが多い。
だが、女子同士もいいわね!と、スノーは嬉しい。
そういえば、とスノーはアリュリル嬢に聞いてみた。
「わたくしと一緒にいて、アリュリル様は何か言われていない?大丈夫?」
悪意のある噂の絶えないわたくしだ。
アリュリル嬢にまで何かがあったらと、昨夜寝る前に思い付き、心配で少し眠れなかった。
もぐもぐと口に入れていたハンバーグを食べきると、アリュリル嬢は口を開いた。
可愛らしいアリュリル嬢が食事をする姿は、子リスの様で本当に見てて素敵だ。
「私、元々友達は数人しかいませんから、大丈夫ですわ。」
「あら、そうなの?」
「ええ。信頼できる方だけを友達にしています。...ス、スノー様の事も。」
そう言って、頬を赤くするアリュリル嬢の可愛らしさに、テーブルが無ければ思わず抱きつくところだった。
「ありがとう!アリュリル様、わたくしも大好きよ!」
「だっ、だっ!!」
ぽんともっと赤くなるアリュリル嬢に、スノーは微笑んだ。
そして、もし彼女に何かがあれば守らなくてはと強く心に思った。
ユイシアには今朝、髪を結ってもらっている間に相談をしてある。
友達を守りたい、と。
スノーがそう言うと、「分かった。」と真剣な表情で頷いてくれた。
学園の休日に、スノーとユイシアは城下に来ていた。
檸檬色のワンピースに髪にはオレンジのリボン、暑いからと日差し避けに麦わら帽子をかぶっていた。
そしてポシェットを肩にかけていた。
ユイシアはいつも通り簡素なシャツとズボンだったが、格好良かった。
名前はいつも通り、「ノア」と「イアン」だ。
今日のお買い物はアリュリル嬢の誕生日がもうすぐという事を教えてもらったので、
ユイシアと一緒にプレゼントを探そうと思っていた。
学園で使えるものがいいかしら?
それとも小物や、装飾品、お化粧品かしら。
友達にプレゼントをするのは初めてなので、スノーはとても浮かれていた。
「イアンだったら何が欲しい?」
「ノアがくれる物なら何でも。」
そう真顔で言うので、参考にならなかった。
あれでもない、これでもないと色々なお店を回る。
文房具屋に入ると、沢山の万年筆がショーケースに飾られていた。
安い品物から、高額の物まである。
シャルズ国の象徴でもあるアメジストや特産物の真珠が付いた物、国の花のグラジオラスを彫った物、
お洒落な万年筆に、これだわ!と思った。
「ねえ、イアン。三人でお揃いにしましょう!」
「ノアがそうしたいなら。」
日用品なのだから、あまり高額なのも気を遣わせてしまうかもしれない。
スノーはショーケースを見ながら悩んだ。
すると、手頃な価格だが小さな真珠が四つ花の様に付き、グラジオラスの花がさり気なく、
でも気品良く彫られた万年筆を見つけた。
「イアン!これが良いわ。とても素敵!!」
「お嬢さん、お目が高いねぇ。」
文房具屋のおじさんがにこにことしながら、ショーケースから万年筆を出してくれる。
「おじさん、三本ありますか?イアンと友達とお揃いにしたいの。」
「はいよ、待っておくれ。在庫を見てくるから。」
そう言うと、おじさんは店の奥に行く。
合ってほしいと両の手を組み祈っていると、「お嬢さん良かったねぇ。」ともう二本持ってきてくれた。
「ありがとう!!」
そうして、一本ずつ袋に入れてもらい、アリュリル嬢の分には可愛らしくリボンを掛けてくれる。
素敵なプレゼントを見つけられて心からほっとした。
文房具屋のおじさんに再びお礼を言うと、ユイシアと昼食を食べようと歩き出した。
今日は鶏肉の料理のお店にした。
何回か行ったことがあるので、お店の方とも顔見知りだ。
こんがりと揚がった香ばしいお肉がサクサクじゅわぁっとしてとても美味しいのだ。
それにお好みでつける細かい玉子が入った少し酸味のある白いソースが凄く美味しい。
「イアン、このお店大好きよね?」
「それは好きだけど。どうして?」
そっとハンカチをユイシアの左の頬にあてる。
付いていたソースを拭きとった。
「とても美味しそうに食べるもの。その顔、大好きよ。」
そう言って笑うと、ユイシアは照れた様な顔をした。
それを微笑ましく見つめると、スノーも再びフォークとナイフを手にした。
お店のおばさんが、「ありゃ、一撃でノックアウトだね!」とスノーたちを見て言っていたのには気づかなかった。
放課後にアリュリル嬢に残ってもらい、他に人がいないのを確認をしてからユイシアと一緒にプレゼントを渡した。
「実はわたくしたちとお揃いなのよ。」とそれぞれ万年筆を持ちつつ言うと、
「し、幸せ過ぎる...!」とアリュリル嬢が頬を真っ赤にして倒れそうになったので、ユイシアと支えた。
こんなに喜んでもらえるのは嬉しい。
「わたくしも、もちろんユイシアもお揃いで幸せよ。」
「うん。」
アリュリル嬢は「勿体なくて使えません!」と言っていたが、是非毎日使ってとお願いをした。
スノーは、幼い頃から勉強をしているが魔法が苦手だ。
いつも魔法の授業では、ため息が出るが、アリュリル嬢がつきっきりで応援をしてくれて、嬉しかった。
風魔法のコツも教えてくれて、少しずつだが能力が安定してきた。
魔法は大体が攻撃だが、全属性に治癒魔法がある。
火ならば、温かい赤い光で、
水ならば、澄んだ水で、
風ならば、優しい空気で、
土ならば、黄色に光る粒。
スノーは特に治癒魔法が苦手だった。
でも習得したいと思っていた。
街でユイシアが少年の膝を土魔法で治療をしたように、わたくしも誰かを助けたい。
頑張ろう!と気合を入れるスノーの耳に、最近よく聞く話が聞こえてきた。
「ユイシア王太子殿下と、エルフの姫君が想いあっているらしい。」
「だが、婚約者がいるユイシア王太子殿下が我慢をしているとか。」
「お可哀想、婚約者何ていなければ恋人同士になれるのに。」
そう、スノーを見て言う。
最初は、「ユイシア王太子殿下とエルフの姫君が話していた。」という話題だった。
それがいつからか、二人は恋仲だという事になっていた。
悪女に無理やり婚約をさせされた王太子殿下が、ようやく目が覚め、
真の愛を見つけたのだと。
その噂の中で、
「ユイシア王太子殿下にとって、スノーは邪魔者」と言う言葉は、さすがに悲しかった。
確かにスノーは現在ユイシアの「婚約者」だ。
だが、もう違う方を見つけたのかもしれない。
本当に好きな方を。
ユイシアは、スノーに恩を感じているだけなのだ。
それを恋だと勘違いをしているだけ。
ずっと従者として傍にいてくれたから、きっと錯覚をしているだけなのだ。
それがようやく、違うと気づいた。
わたくしに向ける想いは「恋」や「愛」ではないと。
そう思うと、ユイシアにとって嬉しい事の筈なのに胸がとても痛かった。
だが、スノーにはどうしてそうなるのかが分からなかった。
1階から2階までの階段を上ろうとすると、踊り場にユイシアの姿が見えた。
スノーは声をかけようとしたが、どなたかと話しているのに気づき、口を閉じた。
そして見てみると、ユイシアと、噂になっているエルフの姫君だった。
思わず影になる場所に隠れる。
「君にしか頼めないんだ。」
「わかったわ。待ってる。」
そんな会話が聞こえた。
エルフの姫君にしか頼めない事。
姫君の待ってるという言葉。
スノーは気づかれないように、静かに階段を降り元来た道を戻っていった。
ロマンス小説にはあったからしら?
つい現実逃避をしてしまう。
「王子様と妖精の美しい姫との恋物語」は読んだことが無いが、探せばあるのかもしれない。
だが、読んでみたいとは思えなかった。
ユイシアと、エルフの姫君として読んでしまいそうだ。
「...そんなの嫌だわ...。」
ぽつりとスノーはつぶやく。
そうして、段々と自分の心の中にある物の感情に気が付いた。
「嫉妬」、だ。
わたくしはエルフの姫君に嫉妬しているのだわ...。
ずっとユイシアは、自分だけの人だと思っていた。
離れることは無いと。
傲慢にも程がある。
無自覚で、そう思っていたのだから余計にたちが悪い。
本当にわたくしは物語に出てくる「悪役令嬢」そのものだと悲しくなる。
この気持ちをどうしたらいいのか、スノーには分らなかった。
「ちょっとよろしいかしら?」
とぼとぼと歩くスノーの前に、一人のご令嬢が立ちふさがった。