貴方が恋と愛を見つけるまで16
「貴女には、ユイシア王太子殿下は似合わなくてよ!」
風の魔法を担当をする教師の体調不良で、自習となった時間に。
スノーは同じクラスのアリュリル・ウェンティア子爵令嬢に学園の庭に呼び出された。
そうして目の前に現れたアリュリル嬢は、その細く綺麗な指でスノーを指さすと、
そう言ったのだ。
「貴女がユイシア王太子殿下に恩に着せて、束縛をし、婚約者の立場におさまったのは
学園の皆様全員が知っている事ですわ!」
アリュリル嬢は、言ってやったとばかりに「ふんっ!」と顎をあげる。
薄緑色のきらめく髪色をくるりといくつにも巻いた髪型をしている。
スノーの髪の毛はこしが強いのかどうしてもうまく巻く事が出来ないので羨ましい。
大きなまつ毛に彩られた金色の瞳も美しく、
学園の同じ濃い茶色の制服を着ているが、本当に可愛らしかった。
ユイシアに恩に着せている。
束縛は...しているのかしら?
ただ、婚約者だと言うのは、アリュリル嬢の言ったとおりだ。
そうしてこの展開。
スノーは。
胸にこみあげる気持ちを抑えきれなかった。
「わたくし、本で読みましたわ!」
思わず大声になってしまい、アリュリル嬢が驚いた顔をする。
いけない、はしたないわ。
でも、この気持ちを抑えられないのだもの。
城下の間で流行をしている。ロマンス小説の一冊に、
まさに今のような描写があったのだ。
王子様の婚約者という立場を良い事に、傲慢な性格で周りに対し権力を笠に着て、
傍若無人にふるまい、結果王子を慕うご令嬢に呼び出されるのだ。
「貴女には王子様は似合わない!」と、忠告を頂くのだ。
まさに本にあった出来事が、自分に起こるだなんてと胸が高鳴る。
本の登場人物になったようだ。
スノーは思わず、アリュリル嬢の細く可愛らしい両の手を握ると、その思いを口にした。
「アリュリル様、貴方はとてもユイシアを思っていらっしゃるのね。」
「そっ、そうですわ!」
スノーがアリュリル嬢の手を握っているからか、手と顔を何回も見つつ、
それでも肯定の言葉を、はっきりと宣言する。
「嬉しいですわ!ユイシアのどこがお好きになったのかしら?
お買い物をしていて、重いのに荷物を持ってくださるところかしら?
それとも、苦手なピーマンを食べてくださるところかしら?あっ、結構甘えん坊なのも外せないわね!」
「え...っ。」
こっそりと城下にお忍びでお買い物をする時、ユイシアはさり気なく、
スノーが気付かないうちに荷物を持ってくれるのだ。
その後、お腹がすき昼食を食べようと入った食堂で出たお料理は、とても美味しかったけれど、
トーストされたパンの上にチーズとトマトが乗っているのまでは良かったのだが、
苦手なピーマンが薄切りにされたものが多く上に乗っていて、どうしようかと思っているうちに、
ユイシアがひょいひょいっと、フォークでピーマンを自分の皿に持って行って、
そのまま食べてくれたのだ。
トーストは本当に美味しかった。
思わず身を乗り出して聞いてしまったためか、アリュリル嬢が困惑をした顔をする。
いけないわ。
ユイシアを思ってくれる方がいるのが嬉しくて、ついはしゃいでしまったわ。
軌道修正をしないと。
スノーは、こほんと一息をついてから、不躾にも握ったままだったアリュリル嬢の手を離すと、
一歩後ろに下がってから、
アリュリル嬢を見つめ言葉にした。
「この展開という事はやはりここは勝負ですわね!」
「えっ!?」
本では、ご令嬢に忠告をされた婚約者は酷い言葉を返し、怒りのまま立ち去るのだが、
スノーは「何故?」と思っていたのだ。
何故そんなに簡単に引き下がるのかと。
わたくしだったら、恋...とまでは言えなくても、ユイシアの事を思っている同士はっきりとさせたい。
「さあ、何で戦いますの!?」
そう言うと、目の前のアリュリル嬢はまた戸惑った顔をする。
ここは外だが、休憩室にでも行き、チェス対決だろうか?
それともここで魔法対決だろうか?
出来れば魔法は苦手なので困るが、話しかけてくれたことにも、ユイシアを懸けた勝負にも
わくわくする。
すると遠目に外通路を歩くユイシアの姿が見えた。
わたくしは自習だが、これから次の授業の場所へと行くのだろう。
淑女としてはしたないが、大きな声を出す。
「ユイシア、わたくし今どんなにあなたをお慕いしているか対決を挑まれてるの!
でも負けなくてよ!」
気合を入れるように両手をぐっと握りつつ、宣言をする。
するとユイシアは、こちらに来ようとしたが、一緒にいた生徒達が止める。
大切な授業なのだろう。
「ユイシアはちゃんと勉強をしてね!」
そういうと、仕方が無いというような顔をして、何度もこちらを振り返りながらも、
他の生徒達と共に室内に歩いて行った。
よしっ!と思いつつ、アリュリル嬢に向き直ると、顔を真っ赤にして、
今にも涙がこぼれそうな顔をしていた。
「どうしましたの!?」
可愛らしいアリュリル嬢が泣いているのは、心に痛い。
思わずハンカチを取り出し、涙がこぼれる前に目元にそっとあてる。
「私...私...、あんな風に王太子殿下にお声をかけられませんわ...。」
「まあ!それでは駄目ですわ。殿方に好きになっていただくのでしたらグイッといかないと!」
わたくしの言葉に、アリュリル嬢は目をまあるくする。
濃くきつめのお化粧をしているアリュリル嬢だが、その表情はとても愛らしかった。
「私から...?」
「そうですわ!自分を最大限にアピールしてこそですわ。」
もう一度「グイッと!」と言うと、泣きそうだったアリュリル嬢はへにゃっと顔を緩ませて微笑んだ。
あら、可愛らしいわ。
もっとお化粧を薄めにすれば、アリュリル嬢は陶器のお人形のように可愛らしいでしょう。
「わたくし、ロマンス小説で読みましたわ。思いはちゃんと伝えないといけないって。」
「スノー様がロマンス小説を...?」
「ええ。よく読むの。とっても素敵なお話だらけで勉強になるわ。」
「......。」
「それに、わたくしも偶にはユイシアの好きな色のドレスを着てみたり、リボンをつけてみたり、
ほんの少し意識するときもありますのよ。」
言葉にすると照れてしまい、頬が熱くなる。
恋なのかは正直分からない。
でも、ユイシアが喜ぶことはしたい。
「......ユイシア王太子殿下と、スノー様はお似合いですわ。」
「あら?」
諦めの含んだ微笑で、アリュリル嬢はぽつりと呟く。
おかしいわ、本の展開と変わってしまったわ。
わたくしは正義感の持った心優しいご令嬢に忠告をされる役割なのに、
何故だか認められてしまったわ。
「それは分かりませんわ。まずは勝負を...。」
「私では勝てませんわ。」
そう言ってアリュリル嬢はまた微笑むと、「失礼いたしました。」と一礼をし、
校舎の方に去っていく。
でも、アリュリル嬢はスノーに忠告をしてくれた方なのだ。
「アリュリル様、いつでも勝負をいたしましょう!そして出来たらお友達になって!」
そう言うと、振り向いたアリュリル嬢は驚いた顔をしたが、また一礼をすると去っていった。
わたくしは、友達がいないのだ。
できたら、お声をかけていただいた優しいアリュリル嬢と親しくなりたい。
そう心に決めて、教室に戻るべくわたくしも足をすすめた。
そうして全ての授業が終わった後、アリュリル嬢はそっとスノーの席に近づくと、
「よろしくお願いいたしますわ。」と微笑んだので、
嬉しくて思わず抱きしめてしまった。
初めてのお友達にスノーは舞い上がってしまい、
アリュリル嬢が顔を真っ赤にしてあたふたしているのにも気が付かなかった。
その後、「スノー様、良い香りがします。」と言うので、「これはね...。」と、
お化粧品に詳しいチェリーおすすめの香水の名前を教えてあげた。
安価できつくない、とても柔らかな香りのするプルメリアをイメージた香水なのだ。
「チェリーありがとう!」と心の中で叫んだ。
放課後、何時ものように、学園の庭の誰も来ないベンチにユイシアと座り、
スノーとユイシアは両の指を絡ませ、額を合わせる。
「今日は、治癒の魔法の授業があったわ。でもわたくし、どうしても不得意で...。」
「うん。」
今日も治癒魔法の失敗をしてしまった。
呆れたように見る先生とクラスメイト達の視線が辛かった。
「王太子殿下の婚約者なのにこんなのも出来ないのか」というのが視線から伝わってきた。
「今日の昼食はカリッとした外側と中に入ったお魚がふわふわで美味しかったわね!」
「スノー、幸せな顔をしてた。」
あら、見られていただなんて恥ずかしい。
お皿に2枚その料理が乗っていたのだが、美味しくてぺろりと食べてしまった。
「そうそう!初めてお友達ができたわ!ユイシアにも紹介をするわ。」
「女性?」
「ええ、アリュリル・ウェンティア子爵令嬢よ。とても可愛らしいの。」
「ウェンティア子爵か...。」
ぽつりと調べないとと言う言葉が聞こえたが、ユイシアは何か勉強で分からない所があったのかもしれない。
「ユイシアは今日、素敵なことがあった?いい日だった?」
「...僕は、剣術と、火の魔法の授業があった。魔法の授業は退屈だった。」
「まあ!」
きっとスノーが自習だった時に向かっていたのは剣術を習う練習室だったのだろう。
行ったことは無いが、また剣をふるう姿も見てみたい。
「剣術の授業って、見学は無いのよね...。」
「見たい?」
「うーん、見たいけれど、またユイシアに我儘を言って見せてもらってると言われてしまうわ。」
残念に思っていると、王宮での剣術の授業ならいつでも見て良いと言ってくれた。
それがあったわ!とスノーも嬉しくなる。
「楽しみだわ!!」
心からそう言うと、額と手を離した。
さあ、馬車に乗って帰らなくては。
馬車の中で、少し疲れているのか目を閉じているユイシアを見つめる。
優しいユイシア。
きっと彼は助けてもらった恩を、本当に忘れられないだけなのだ。
だからわたくしは、精一杯ユイシアのそばにいようと思うのだ。
ユイシアが、ちゃんと恋をして愛する人を見つけるまで。
それまで。
そうしてスノーも瞳を閉じた。
次の日、早速アリュリル様にユイシアを紹介をしたら、彼女は頬を赤くして倒れそうになったので、
スノーと、立ったままのユイシアにも言い二人で支えたら、もっと真っ赤になった。
「はわわ...っ。おふたりとも尊すぎる。」と、
不思議な言葉を言ったアリュリル様は、今日も可愛らしかった。
三人で学園の休憩室でお茶をしたが。
いつの間にか。
「スノー様は抱きつくと、とても良い香りがするんです。」
「何で君がそれを知っている。」
「それにとても字が綺麗で、お借りしたノートは丁寧にまとめられていてとても素晴らしいです。」
「僕だって、クラスを同じにしたかった。」
ユイシアとアリュリル様の会話が何故かわたくしの事になっている。
でも、何だかお似合いねと微笑ましく見ていると。
「違うよ。」
「違いますからね!」
そうふたりに言われてしまい、わたくしったら顔に出ていたかしらと両の手を頬にあてた。