貴方が恋と愛を見つけるまで14
城下では新しい話題で持ちきりだった。
「悪魔のような令嬢が、王太子殿下に恩を着せて無理やり婚約者にさせた」という話だ。
恩を着せて婚約者の地位にさせた悪女。
王太子殿下は仕方が無く婚約者にした。
ああ、何と哀れな王太子殿下。
名前まで変えろと言われたらしい。
そもそも王太子殿下を助けたのも婚約者におさまるべくなのでは。
最初は軽い噂話だった。
それがどんどんと大きな悪意のある物へと変わっていった。
いつしかお忍びでユイシアと城下に遊びに行くスノーにも、それが自分のことを言っているのだと分かってきた。
ユイシアは「言っている奴等を罰する。」と言った顔が真剣過ぎて、
冗談に聞こえなかった。
「わたくしは大丈夫よ、ユイシア。噂は違うもの。」
「......。」
いつものようにはぐれない様にと握る手に、気合の様に少し力を入れるとユイシアもほんの少し力を強くした。
そのあたたかさが心地よかった。
「スノー、今街で言われていることだが。本当に申し訳ない。」
ある日の朝食で、国王陛下に謝罪をされてしまいスノーは驚いた。
最初の時からずっと、国王陛下とメイ様、そしてユイシアと朝食と夕食は必ず、昼食は時間が合えば共にしている。
珍しいと思う。
だが、それこそがシャルズ国の絆の象徴のような感じがして素敵だと思った。
「いっ、いいえ!全然気にしていませんっ。」
「そうは言っても私は不愉快だわ。身内の事を悪く言われるだなんて。」
メイ様がスノーの代わりにとでも言うように怒ってくれる。
「身内」という言葉が気になるが、信じてくれる方々がいる。
それだけで、スノーは嬉しかった。
「言い出した奴等は何人かもう分かっているのだが、決定的な証拠が無いのだ。」
「ワイズ公爵と、ラウラダウイ公爵、オッドブラス子爵にレオニダス男爵ね。」
そんな話を聞いていいのだろうか!?
慌ててユイシアを見るが、こくりと頷くだけだった。
「情けない...特に公爵家が関わっているとは...。」
そう言うと、国王陛下は頭を抱える。
「今度パーティーで見たら、彼等の髪の毛を燃やしてしまいそうだわ。」
メイ様のその言葉には、「や、やめてあげてくださいっ!」と思わず叫んでしまった。
噂は止まらない。
だがスノーは気にしなかった。
何より、ユイシアがずっとそばにいてくれるのだから。
そして、15歳になる前に国王陛下からユイシアと共に「王立学園」に通ってほしいと言われ、
スノーはときめいた。
学校に通えるのだわ!
ずっと家庭教師と二人きりだったのだ。
そして、友達もいなかったスノーは学校という物に憧れていた。
聞けば、王都いる者は皆、数え年で15歳になると、王国の学園に行くことになる。
そこで3年間勉強と魔法、希望をすれば剣術を学ぶのだという。
そうして、ユイシアと共にスノーも王立学園に行く日が来た。
ユイシアにいつものように髪の毛を結ってもらいつつ、チェリーに学園ではどんなことをしたらいいのか、
わくわくがとまらず、両者から「落ち着いて。」と言われてしまった。
学園の指定の制服を着た自分の姿を見て、なんて素敵なの!と舞い上がってしまった。
落ち着いた濃い茶色のスカートに上着、中に着るブラウスもさり気なく刺繍があってお洒落だ。
ユイシアも、制服を着ているがもちろん格好良かった。
「ユイシア、素敵!まるで本に出てくる生徒会長みたいよ。」
「生徒会長?」
「そう。学年代表で生徒をまとめている王子様なの。」
生徒会長と平民のお嬢さんとの恋が書かれているのが、スノーの最近のお気に入りだった。
本で読んだその姿を思い浮かべているスノーには、
ユイシアが何か考え込んでいるのには気が付かなかった。
馬車で学園に向かう。
徒歩で通学をする者もいるらしいのだが、護衛を兼ねてスノーとユイシアの通学は馬車になった。
「ど、どうかしらユイシア。髪の毛大丈夫?制服大丈夫?」
「スノーは全部大丈夫だよ。」
何度も聞いてしまうが、ユイシアはその度に答えてくれた。
馬車に座る制服姿のユイシアも格好良かった。
そうして、王立学園の前までつくと、二人で馬車を降りた。
すると、それまで挨拶の声等が聞こえていた場所が、一斉に静かになる。
皆、ユイシアに向かって頭を下げていた。
「僕はただの生徒だ。礼はいい。普通に接してくれ。」
そう言うと、皆がほっとしたように頭を上げるが、隣にスノーがいることに気が付くと、
厳しい視線を送ってきた。
あら?わたくし、もう何かしてしまったのかしら!?
そう驚くが、生徒達の「あれが噂の...。」という言葉に納得をしてしまった。
きっと皆、噂を信じてしまっているのだろう。
でも、仲良くなっていけばきっと大丈夫!
そう思うと、スノーはその場で一礼をした。
王立学園での生活も3か月が過ぎようとしていた。
ここでは、魔法の属性によってクラス分けがされるため、スノーは1年の風の魔法クラスだったが
ユイシアも風の魔法にしようとするのをどうにか止めてもらった。
彼には大きな力があるのだ。
ちゃんとそれを活かせるクラスになってほしい。
そうスノーが説得をすると、「じゃあその日何があったのか聞きたい。」と言うので、
放課後、庭にあるベンチで学園のある日は毎日話すことで承諾をしてくれた。
そしてユイシアは少し苦手だという火の魔法クラスで、
尚且つ剣術の勉強もすることになった。
そんなスノーだが、未だに友人がいない。
最初は自分からどんどんと話しかけていっていたのだが、「話しかけないで!」と言われたり、
無視をされたりするうちに諦めてしまった。
「嫌だわ、あの女狐がまだ学園にいるわ。」
「私なら恥ずかしくて来られなくってよ。」
「王太子殿下の婚約者でありながら、魔法が不得意だなんて。」
「何て身の程知らずなの。」
くすくすと笑いながら喋るご令嬢達に視線を向けると、「きゃっ!」と言って去っていった。
わたくしったらいつの間に狐になったのかしら...?
スノーには不思議なことばかりだ。
でも言い返せない。
確かにスノーは魔法が得意ではないのだ。
思わずため息を付いてしまう。
「スノー。」
「きゃあ!」
後ろから突然名前を呼ばれて、持っていた教科書を落とすところだった。
「ユイシア、またクラスを抜け出したの?」
「スノーがいないから、つまらないんだ。」
ユイシアは学園にいても時間をあけては良くスノーのそばに来てくれた。
どうしてこの場所だと分かったのかしら?という時も多いが、気にしない事にした。
スノーもユイシアがいてくれて嬉しいのだ。
「ふふっ、じゃあ図書室に行きましょう。わたくし自習なのよ。」
「うん。」
そう言うと歩き出す。
未だにユイシアは一歩下がって、スノーを守るような位置にいるが何度言っても直してくれないので、
仕方が無いがそのままにした。
この王立学園の図書室は広く、とても立派で、何よりたくさんの本がある。
驚く事に「ロマンス小説」までもあった。
「ユイシアはお友達はできた?」
「まあ、少しは。」
そうなの...と、ショックを受けてしまう。
しかしスノーは前を向くと、わたくしも頑張らなくては!と気合を入れた。
目指すはお友達一人だ。
放課後、人気のない庭のベンチで、スノーはユイシアの額に自分の額を重ね、
両の手を絡めあう。
幼い頃、ユイシアは熱を出しやすく、その度にスノーが看病をした。
物静かで無口なユイシアは我慢強く、気づいたら重病になっていて、それ以来体調管理にはとても気を使った。
ユイシアの額に自分の額を当てては、熱を測ったものだ。
その名残で、額を重ねるととても落ち着くのだ。
「今日は風魔法の攻撃について教えていただいたわ。火には弱いんですって」
「うん。」
風の魔法を火の魔法にあててしまうと、逆に炎を煽る事になり相性が悪いらしい。
攻撃魔法を使う事のない世界であってほしいと思った。
「そういえば、今日の昼食は美味しかったわね!何てお料理かしら。」
「聞いておくよ。」
まあるいキャベツの中に、細かい肉が入っていて、トマトのソースがとても合っていて美味しかった。
トマトはスノーの大好物だ。
「そういえば聞いたわ。ユイシア、生徒会に入らないかって言われたそうね。」
「入るつもり。」
その言葉に、スノーは「まあ!」と喜ぶ。
ユイシアがいずれ生徒会長になったら、本の中の世界そのものだ。
......恋のお相手は平民のお嬢さんだが。
「生徒会長...だよね。」
「はわっ!」
考えていたことが分かったのかしら!?とスノーは思わず両の手を放し頬にあてようとしたが、
ユイシアがそれを許さず、手は組まれたままだった。
「スノー、可愛い声。」
「恥ずかしいから変な事言わないでちょうだい。」
頬が熱くなってしまう。
この距離では、もしかしたらユイシアに伝わってしまうかもしれない。
「...明日も、頑張りましょう。」
「うん。」
そう言うと、額と手を離した。
先に立ったユイシアに手を差し出されて、その手に自分の手を乗せる。
ベンチから立ち上がると王宮に帰るべく馬車へと向かった。
そういえば3か月経つが、この時間は未だに他に人を見ないわと少し不思議に思った。