貴方が恋と愛を見つけるまで11
あの後、おずおずといった感じでチェリーが部屋に入ってきた。
「お支度のお手伝いをいたします。」と言われたが、
スノーは今まで髪を整えてもらった後は、
一人で洋服を着ていたので戸惑ったが、ユイシアが「頼む。」と言って出ていったので、
大人しく、おまかせをすることにした。
「薄紫色のドレスだと、こちらになります。」
「きっ、聞こえていたの!?」
恥ずかしくて両の手で顔を覆う。
「いえっ!聞こえてませんっ。その素敵なリボンが王太子殿下からのプレゼントとは!」
「聞こえてる...っ!」
チェリーはとても正直で素直なのかもしれない。
ドレスのサイズが合う事に疑問を思ったが、チェリーが、
「カイン様がユイシア王太子殿下に聞いて一週間前から急いで作らせていました。」という言葉を聞いて、
スノーは頭が痛くなった。
きっとカイン達は領地に帰らせる気などなかったのだろう。
そして、ユイシアもこうなる事が分かっていたに違いない。
ドレスを着た後は、鏡の前の椅子に座らせられた。
「お化粧はどんな感じになさいますか?」
「お化粧?」
スノーは、今までお化粧をしてこなかった。
それを言うと、「では、王都一可愛らしくしてみせますっ!今ももちろんお可愛らしいですがっ!」と、
チェリーが妙に気合を入れたので、
「ほ、程ほどにしてね。」としか言えなかった。
「お肌が白いので、お粉はいりませんね...。羨ましいです。」
「そうなの?」
「その代わり、口紅を塗りましょう!」
お化粧品の話をしているうちに、チェリーとは自然に話せるようになっていた。
「薄紅色も良いですが、薄い橙色も捨てがたいです。」
「どちらかと言うと、このドレスには薄紅色じゃないかしら?」
わいわいと話すのは楽しく、スノーの緊張感を解いていってくれた。
「何だかべたべたして不思議...。」
「慣れですよ!慣れですっ。」
だが、初めての口紅は違和感があった。
そして、驚く事に廊下で待っていたユイシアに連れられて国王が待つ食堂に案内された。
歩いている間にぼそりと、「似合っている。」と言われ、
また頬が熱くなった。
丸いテーブルには既に国王と、もう一人女性が座っていた。
「遅れて申し訳ございません。」
頭を下げるスノーに、「私達が早かったのだ。」と笑いながら言ってくれる。
「楽にしてくれ。私達はもう家族同然なのだから。」
「そうよ。」
二人のその言葉に、スノーは真っ赤になった。
食事中、スノーは緊張してばかりで味が分からなかった。
ユイシアが気遣うようにこちらを見てくれているのには気が付いたが、
震える手でフォークを握り、目の前の料理を食べることにひっしだった。
その姿を、優しく女性が見守っていた事にも気が付かなかった。
「ユイシアのお姉様だったの!?」
部屋に戻ると、いつもの様にユイシアがそばにいた。
自分の部屋に戻ってと説得をするのを、
半ばあきらめてスノーはそのままにしていたが、ユイシアの言葉に驚いた。
ちなみにチェリーは「空気を読みます。」と不思議なことを言って去っていた。
今朝、テーブルにいた女性はユイシアの姉で、
「後でお茶をしましょう。」と誘われていたのだと。
そう言えば話しかけられた気がするが、食べることに集中をしていたので、
「はい。」とは返事をしたが、内容までは頭に入っていなかった。
「わっ、わたくし失礼なことを...っ!」
「姉上は全然気にしていないと思う。」
スノーはあたふたとするが、ユイシアのこの堂々とした感じは何なのだろう。
昨日来たばかりだというのに。
「僕もいるから安心して。」
「ええ。そうね、平常心。平常心。」
呪文のように言葉を唱えると、お茶の時間までユイシアと王都の事について話した。
「メイ・アメジスター・シャルズよ。メイって呼んでちょうだい。」
「メイ様。」
「様はいらないわ。メイでいいのよ。私もスノーって呼んでいいかしら。」
「は、はいっ!」
メイは国王に似て、輝くような金の髪色で一つ結びにしていた。
瞳はやはり王族の特徴であるラベンダーの様な紫色で、綺麗だ。
ユイシアと共に席に着くと、メイドたちがお茶の支度をしてくれた。
テーブルの真ん中には、沢山のお菓子がある。
つい「美味しそう...。」と見つめてしまった。
三人で紅茶を飲み、少し静かな時間が過ぎた時。
「まずはスノーに感謝を。弟を助けてくれてありがとう。」
そう言って、メイはスノーに向かって頭を下げた。
「お礼何てっ!頭を上げてくださいっ!!」
王族の、しかもユイシアのお姉様に何て事をとスノーはあたふたする。
「ちゃんと伝えたかったの。」
メイは優しく微笑むと、スノーをじっと見てそう言った。
「トア...いいえ、ユイシアね。何だか不思議な気持ちだけれど。」
弟の名前が、会わないうちにいつの間にか変わっていたのだ。
驚く事だろう。
ユイシアに、「トア」と名前を戻してもらえるように説得しようかしら...と悩んでいると、
メイの真剣な声がした。
「今までの事を教えてちょうだい。」
その切実な瞳に、スノーはこくりと頷いた。
遊びに出た海岸で倒れていたユイシアを見つけた事。
屋敷にいてほしくて、従者にしたこと。
読み書きができ、魔法にも詳しくて驚いた事。
12歳で騎士団学校に入った後も、大変なのにスノーの従者をしてくれたこと。
「夜に光る花」が見たくて、屋敷を抜け出したとき、
カイン達に助けられたことを話した。
「そう...。」
メイはそう言うと涙ぐむ。
「私はあの日、熱が出て船には乗らなかった。突然母と弟がいなくなって辛かった...。」
左手で涙を隠すようにする。
その姿に胸が痛む。
どんなに悲しかっただろう。
ユイシアが戻ってきたとはいえ、今まで家族二人をなくしていたのだ。
「でも、戻ってきてくれた。これ程嬉しいことは無いわ。」
そう言って目元を赤くしながらも笑うメイは、どことなくユイシアに似ていた。
ほう...と見つめてしまう。
「スノー。」
ユイシアが立ち上がると、空になっていたカップに紅茶を入れる。
「わっ、ありがとう。」
「マドレーヌ、あのパン屋のじゃないけどあるよ。」
そう言って、蜂蜜色に輝くマドレーヌをお皿へと乗せてくれた。
早速、手に取り食べてみると、しっとりとしていて、甘さも程よくてとても美味しい。
「美味しいわ!ユイシアも食べてみて。」
「うん。」
そう言うと、ユイシアはもう一つスノーの皿にマドレーヌを乗せてから、
自分の皿にも取る。
思わずいつもの調子で話してしまったが。
「ふふっ、仲が良いのね。」
メイの言葉に、スノーの顔は一気に赤くなった。
マドレーヌが美味しくて思わずたくさん食べてしまう所だった!
はしたなく思われたかしら!?と焦り、気持ちを落ち着かせようと紅茶をのカップを手に取った。
「お父様は、ト...ユイシアの片想いだって言っていたけど。」
その言葉に飲んでいた紅茶を吹いてしまいそうになって慌ててしまい、
ゴホゴホとむせてしまった。
「大丈夫!?ごめんなさいね...。」
「姉上。」
低く叱るような声を出したユイシアにびっくりしたけれど、
その手は優しくわたくしの背中をさすってくれた。
「あっ、ありがとうユイシア。もう大丈夫よ。」
「沢山食べてちょうだい。折角用意をしたのだからその方が嬉しいわ。」
メイは優しく見ていたが、何だかいたたまれなかった。
「5日後には、ユイシアが戻ってきたことを祝うパーティーがあるわ。」
「パーティー...ですか?」
「ええ。この国の王太子が戻ってきたからには、一応はしなくてはいけないの。」
「......。」
緊張してしまう。
「ユイシア。しっかりスノーをエスコートするのよ。」
「分かってる。」
二人が話していると、本当に姉弟なのだと実感した。
雰囲気がそっくりなのだ。
「ダンスや息苦しい行事は無いから、それだけは安心して。お父様はそういうのが苦手だから、しないのよ。」
そう言うと、メイが苦笑する。
「挨拶が終われば、ただの立食パーティーよ。」
そうメイは励ますように微笑んでくれたが、スノーは不安でスカートを両の手で握りしめた。