貴方が恋と愛を見つけるまで1
「貴女には、ユイシア王太子殿下は似合わなくてよ!」
風の魔法を担当をする教師の体調不良で、自習となった時間に。
わたくし、スノー・フィンデガルドは学園の庭に呼び出された。
そうして目の前に現れたアリュリル嬢は、その細く綺麗な指でわたくしを指さして、
そう言ったのだ。
「貴女がユイシア王太子殿下に恩に着せて、束縛をし、婚約者の立場におさまったのは
学園の皆様全員が知っている事ですわ!」
アリュリル嬢は、言ってやったとばかりに「ふんっ!」と顎をあげる。
その姿は、とても可愛らしい。
学園の同じ制服を着ているが、本当にわたくしよりも可愛らしかった。
ユイシアに恩に着せている。
束縛は...しているのかしら?
ただ、婚約者だと言うのは、アリュリル嬢の言ったとおりだ。
そうしてこの展開。
わたくしは。
胸にこみあげる気持ちを抑えきれなかった。
「わたくし、本で読みましたわ!」
思わず大声になってしまい、アリュリル嬢が驚いた顔をする。
いけない、はしたないわ。
でも、この気持ちを抑えられないのだもの。
城下の間で流行をしている。ロマンス小説の一冊に、
まさに今のような描写があったのだ。
王子様の婚約者という立場を良い事に、傲慢な性格で周りに対し権力を笠に着て、
傍若無人にふるまい、結果王子を慕うご令嬢に呼び出されるのだ。
「貴女には王子様は似合わない!」と、忠告を頂くのだ。
まさに本にあった出来事が、自分に起こるだなんてと胸が高鳴る。
本の登場人物になったようだ。
わたくしは思わず、アリュリル嬢の細く可愛らしい両の手を握ると、その思いを口にした。
「アリュリル嬢、貴方はとてもユイシア様を思っていらっしゃるのね。」
「そっ、そうですわ!」
わたくしがアリュリル嬢の手を握っているからか、手と顔を何回も見つつ、
それでも肯定の言葉を、はっきりと宣言する。
「嬉しいですわ!ユイシア様のどこがお好きになったのかしら?
お買い物をしていて、重いのに荷物を持ってくださるところかしら?
それとも、苦手なピーマンを食べてくださるところかしら?」
「え...っ。」
こっそりと城下にお忍びでお買い物をする時、ユイシアはさり気なく、
わたくしが気付かないうちに荷物を持ってくれるのだ。
その後、お腹がすき昼食を食べようと入った食堂で出たお料理は、とても美味しかったけれど、
トーストされたパンの上にチーズとトマトが乗っているのまでは良かったのだが、
苦手なピーマンが薄切りにされたものが上に乗っていて、どうしようかと思っているうちに、
ユイシアがひょいひょいっと、フォークでピーマンを自分の皿に持って行って、
そのまま食べてくれたのだ。
トーストは本当に美味しかった。
思わず身を乗り出して聞いてしまったためか、アリュリル嬢が困惑をした顔をする。
いけないわ。
ユイシアを思ってくれる方がいるのが嬉しくて、ついはしゃいでしまったわ。
軌道修正をしないと。
わたくしは、こほんと一息をついてから、不躾にも握ったままだったアリュリル嬢の手を離すと、
一歩後ろに下がってから、
アリュリル嬢を見つめ言葉にした。
「わたくしも、ユイシア様をお慕いしておりますわ。
という事はやはりここは勝負ですわね!」
「えっ!?」
本では、ご令嬢に忠告をされた婚約者は酷い言葉を返し、怒りのまま立ち去るのだが、
わたくしは「何故?」と思っていたのだ。
何故そんなに簡単に引き下がるのかと。
わたくしだったら、同じ思いを持つ同士、どちらが思っているのかはっきりさせたい。
「さあ、何で戦いますの!?」
そう言うと、目の前のアリュリル嬢はまた戸惑った顔をする。
ここは外だが、休憩室にでも行き、チェス対決だろうか?
それともここで魔法対決だろうか?
わくわくする。
すると遠目に外通路を歩くユイシアの姿が見えた。
わたくしは自習だが、これから次の授業の場所へと行くのだろう。
淑女としてはしたないが、大きな声を出す。
「ユイシア様、わたくし今どんなにあなたをお慕いしているか戦いを挑まれていますの!
でも負けなくてよ!」
気合を入れるように両手をぐっと握りつつ、宣言をする。
するとユイシアは、こちらを見つめこくんと小さく頷いた後、前を向き去っていった。
よしっ!と思いつつ、アリュリル嬢に向き直ると、顔を真っ赤にして、
今にも涙がこぼれそうな顔をしていた。
「どうしましたの!?」
可愛らしいアリュリル嬢が泣いているのは、心に痛い。
思わずハンカチを取り出し、涙がこぼれる前に目元にそっとあてる。
「わたくし...わたくし...、あんな風に殿下にお声をかけられませんわ...。」
「まあ!それでは駄目ですわ。殿方に好きになっていただくのでしたらグイッといかないと!」
わたくしの言葉に、アリュリル嬢は目をまあるくする。
濃くきつめのお化粧をしているアリュリル嬢だが、その表情はとても愛らしかった。
「わたくしから...?」
「そうですわ!自分を最大限にアピールしてこそですわ。」
もう一度「グイッと!」と言うと、泣きそうだったアリュリル嬢はへにゃっと顔を緩ませて微笑んだ。
あら、可愛らしいわ。
もっとお化粧を薄めにすれば、アリュリル嬢は陶器のお人形のように可愛らしいでしょう。
「わたくし、ユイシア様には後悔の無いようにいつも思いを告げていますわ。」
「スノー様が...?」
「ええ。やはり言葉にしないと伝わりませんもの。」
「......。」
「それに、ユイシア様のお好きなお菓子を作ってみたり、好きな色のドレスを作ってみたり、
これでも頑張っておりますのよ。」
自分がユイシア様に尽くす事を話すのは照れてしまうが、はっきりと言う。
「......ユイシア王太子殿下と、スノー様はお似合いですわ。」
「あら?」
諦めを含んだ微笑で、アリュリル嬢はぽつりと呟く。
おかしいわ、本の展開と変わってしまったわ。
わたくしは正義感を持った心優しいご令嬢に忠告をされる役割なのに、
何故だか認められてしまったわ。
「それは分かりませんわ。まずは勝負を...。」
「私では勝てませんわ。」
そう言ってアリュリル嬢はまた微笑むと、「失礼いたしました。」と一礼をし、
校舎の方に去っていく。
でも、アリュリル嬢はわたくしに忠告をしてくれた方なのだ。
「アリュリル嬢、いつでも勝負をいたしましょう!そして出来たらお友達になって!」
そう言うと、振り向いたアリュリル嬢は驚いた顔をしたが、また一礼をすると去っていった。
わたくしは、友達がいないのだ。
できたら、お声をかけていただいた優しいアリュリル嬢と親しくなりたい。
そう心に決めて、教室に戻るべくわたくしも足をすすめた。
夕方、学園の授業が終わった後、誰も来ないベンチにユイシアと座り、
わたくしとユイシアの両の指を絡ませ、額を合わせる。
「今日は、治癒の魔法の授業があったわ。でもわたくし、どうしても不得意で...。」
「うん。」
「お昼は食堂でお友達とパンケーキを食べたわ。とても美味しかった。」
「うん。」
「そうそう!新しいお友達ができたわ!ユイシアにも紹介をするわ。」
「......名前。」
「そうね、ごめんなさい。ユイシャ。」
「うん。スノー。」
子供の頃に、ユイシアにつけた愛称だ。
「ユイシア」と名を呼ぶものの、子供の私にはどうにも「シア」の発音が難しくて、
いつの間にか「ユイシャ」と呼んでいた。
でも、今ならちゃんと発音をできる。
それなのに、ユイシアは二人きりの時は、「ユイシャと呼んでほしい。」と、願ったのだ。
「ユイシャは今日、素敵なことがあった?いい日だった?」
「...僕は、剣術と、炎の魔法の授業があった。退屈だった。」
「まあ!」
ユイシアは、領主の娘であるわたくしの従者として役に立つように、
剣術をもう学んでいる。
それに、王家の方々は持って生まれた能力で火・水・風・土の魔法を使えるのだ。
ユイシアも、もちろん全属性の魔法が使えた。
学園に入学をして間もない今は、まだ基礎の授業かもしれない。
それならば、退屈なのも頷ける。
「だったら抜け出して、図書室で一緒に本を読めばよかったわね。」
「そっちの方が良い。」
くすくすと笑いながら、提案をすると、即座に返事が返ってきた。
王太子殿下が授業をサボるだなんて、と可笑しくて笑いが止まらないが、
ユイシアの口元も少し上がっているのを見て、微笑んでいるのだと分かる。
優しいユイシア。
だからたくしは、精一杯ユイシアのそばにいようと思うのだ。
ユイシアが、ちゃんと恋をして愛する人を見つけるまで。
それまで。