第6話 生贄
「本当にいいんですか」
ベルルの父に念を押された。
「はい」
私はベルルの身代わりとして生贄になることを申し出た。
「その代わり、剣を貸して下さい」
「うちにはこんなものしかありませんが」
そう言って差し出されたのが、ベルルの祖父の護身用の細身の剣だった。
年代物の安物だ。
斬れ味は鈍いし、これで魔物とやりあえば、すぐに刀身が折れてしまいかねない。
だが、私には間接魔法がある。
この安物の剣も間接魔法で強化すれば特別警護隊が装備している剣と同じくらいの強度と切れ味になるはずだ。
私が身代わりを申し出たのは単なる恩返しでも、自己犠牲の精神でもない。
これまでの特訓で得た間接魔法を試してみたかったのだ。
実を言えばこうした森の主の魔物の討伐は珍しいことではない。
警護隊に任官すると、実地の訓練も兼ねて討伐作戦に参加させられる。
私も過去何回か参加した。
その経験から言えば、この種の魔物はそれほど強くはない。
だから、お金のある村なら冒険者を雇って討伐してもらうことができる。
多くの税収入が見込まれるような豊かな村なら、魔物がその村を襲って破壊すると税収入が減少するので、王都に陳情すれば、部隊を送ってくれて征伐してくれる。
そのどちらもできないということは、この村は貧しいのだ。
冒険者を雇う金もなければ、満足に税金を収めるだけの稼ぎも無い村だということになる。
そういう村は、王宮に住むあの人達にとってはどうでもいい存在なので、助けを求めても無視される。
特にこういう問題は、一人っ子でやがて国の統治者となるため、王の片腕として、内政の一部を任されている王女が最終決済者だ。
あの王女なら、迷うこと無く、この村は見殺しにする。
それに対する抵抗、反発心というのもあった。
私は白いドレスを着て、白い布を巻いた剣を後ろ手に持った。
村長とベルルの父が、生贄の祭壇まで私を連れて行った。
「ここに横になって下さい」
私は体の下に剣を隠し、祭壇に横たわった。
「では、申し訳ありませんが私達はこれで」
村長とベルルの父が去っていった。
私は息を吐いた。
(落ち着くのよ。相手はたかだか辺境の森のお山の大将の魔物よ)
私は襲来に備えて、身体強化、魔法防御、防御力アップの間接魔法を自分にかけた。
これまでの討伐では、剣士を主とする攻撃隊にマジックキャスター、回復魔法担当の僧侶か聖女が同行して、万全の体勢で望んだ。
だが、今回は私一人だ。
間接魔法は使えるが、攻撃魔法や回復魔法は使えない。
予想外の事態が起きたら、それに対応することは困難だ。
私が剣の柄を握りしめて横たわっていると、茂みが揺れた。
(来たのね)
いきなり咆哮がして、茂みから白い毛の巨大な猿が出てきた。
目は赤く光っている。
魔物だ。
私は飛び上がって起きると、剣の白い布を払った。
「どういうつもりだ」
巨大な猿の魔物が言った。
「お前が、生贄を取っていた魔物か」
「だったらどうなんだ」
「もう終わりだ」
「ニンゲンの女ごときに何ができる」
「加速、加重、敏捷」
「何をブツブツ言っている」
「ハアッ!!」
私は飛び出すと、斜めに肩のあたりから、腰に向けて剣を振り下ろした。
巨大な猿の体が2つになり、斬られた上半身が斜めの切り口なので、下にずれ落ちた。
「やったな」
後ろから声がした。
周囲を見ると、狼のような獣に囲まれていた。
その数は8体。
「猿の仲間か」
「主様を猿呼ばわりするとは、ごうまんな奴め」
私は剣を立てて担ぐようにして構えた。
「刀身強化、炎属性付与」
炎属性付与は初めて試してみる間接魔法だ。
この魔法をかけられた剣は魔法効果が続く間は、火炎魔法の効果をまとった剣になる。
獣は昔から火を恐れる。
だから、魔物相手でも効果があるのではないかと思ったのだ。
案の定、獣たちはひるんだ。
「な、なんだ、剣が燃えているぞ」
私は踏み込んだ。
相手は逃げ腰だった。
恐怖心から半歩後退する相手ほど、剣術使いにとって斬りやすいものはない。
私はまたたく間に、8体とも斬り捨てた。
8体目をバラバラにしたところで、炎の魔法効果が消滅した。
私は剣を構えたまま、辺りをうかがった。
これ以上はいないようだった。
前に討伐した時も、数としてはこの程度だった。
そもそも魔物の大軍なら、生贄が一人ですむわけがない。
私は、剣を下ろすと村に戻った。
「ご無事だったのですね」
村長は驚いていた。
「お姉ちゃん――」
ベルルは私を見つけると駆け寄り、抱きついて泣いた。
誰も私が生きて帰ってこられるとは思っていなかったようだった。
「大丈夫、私は無事よ」
「それで、魔物の方は……」
村長が言いにくそうに言った。
おそらく、私が魔物が来る前に逃げて帰ったのだと思っているのだろう。
生贄を捧げないと村が襲われる。
村長の心配はもっともなことだ。
「白い大きな猿のような魔物と、狼のようなのを8匹倒したわ」
「なんと!」
「それで全部かしら?」
村長の目が大きく見開かれた。
「あ、わわわわわ」
言葉が出ないようだ。
しかも私の後ろの何かを見ている。
私は振り返った。
巨大なトカゲのようなものが、二足歩行していた。
「あれは何?」
「ファイヤードラゴンです」
ベルルが答えた。
「もう、おしまいだ。村は焼き尽くされて全滅する」
村長が膝を突いて崩れた。
「そんなのが主だというのなら、早く言ってくれればいいのに」
私はぼやいた。
「あれは森の主ではありません」
村長が絶望したような震声で言った。
「まあ、別にいいわ」
「おい、何をぐたぐた言っている。よくもワシの下僕たちを殺してくれたな。この村ごと焼き払ってくれる」
私は剣を向けた。
「氷属性付与。身体強化、迅速、豪腕、突破」
「恐怖のあまり独り言か、本当に愚かだな。ニンゲンというものは」
「跳躍力無限増」
私は跳んだ。
「何っ、消えたか」
「上よ」
「重力三倍増」
私は火炎竜の真上から下に加速して落ち、氷の剣を突き立てた。
剣を十字に斬る。
火炎竜の斬れた断面が凍る。
小麦の袋を馬車から地面に投げ下ろしたような音がして、火炎竜のバラバラになった体が地面に転がり落ちる。
「なに? 弱いのね。あなた」
戦いはすぐに終わった。
「村長さん、これで終わり? それともまだ来るの」
「か、かか、火炎竜が……」
「あら、村長さんのペットだった?」
「あ、ありえない」
村長はパニックになっていた。
ベルルの父が出てきた。
「多分、もう出てきません。森の主は白猿魔王でした」
「あの猿、そんなたいそうな名前だったの?」
「はい。主様がそう呼べと」
「それで」
「ファイヤードラゴンは、この地域全体の主です。この地域では、ファイヤードラゴンを倒したら、もうそれ以上の魔物はおりません」
「そう、よかった」
「それにしても、その強さは……」
「忘れたの? 私はあのアバーデン刑務所の職員だったのよ。あそこはこの国で一番の凶悪犯を収容しているから、刑務官もそれなりに武術の腕がないと採用されないの」
口からのでまかせだった。
だが村人たちは、「おおおお」と感嘆して、納得したようだった。
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