第3話 間接魔法
「よし、じゃあまずは百聞は一見にしかずだ。実際に、間接魔法を見せてやろう」
そう言うとゲネスは立ち上がった。
そして私に挑発的な手招きをした。
「なんのつもりですか」
「かかってきなさい」
「はあ?」
「何をやってもいい。本気でワシを倒せ」
「でも、あなたは老人です」
「そうだワシは150歳だ」
「え?」
60歳くらいかと思っていた。
「なおさら、そんな老人に本気でかかっていくなんてできません」
「間接魔法を知りたくないのだな。お前がそういうのなら止めて、帰るぞ」
「待って!」
私は、はめられたことを知り復讐に火がついていた。
このまま牢獄で朽ち果てて死にたくない。
私をはめた連中に鉄槌を下したい。
そのためにはまず私が動きを封じられた間接魔法というものを知る必要がある。
「やります!」
「では、かかってきなさい」
私は拳を固めた。
剣士の拳や手刀は、格闘家のパンチに引けをとらない。
剣を持たなくとも、その鍛え抜いた身体から発せられる打撃力は破壊的だ。
「はああああああ――」
私は飛び込み踏み込んで拳を突きたてようとした。
「なに!?」
体が水のなかにいるような抵抗を受け、前に進まない。
「フリーズ」
ゲネスが何かを唱えた。
体がまったく動かなくなった。
「どうだ、攻撃できまい」
「何をしたのですか」
「だから、間接魔法じゃよ。お前さんの動きを鈍くする魔法を最初にかけた。その後に、動きを止める魔法をかけた。動きを止めた相手は簡単に殺すことができる」
確かにそうだ。
戦闘において、相手をフリーズさせて、動きを封じることができれば、100戦100勝だ。
「これが……」
「そうだ、ワシがいまやった魔法の初級レベルをアントンがお前に現場でかけたのだ」
私は肩を落とした。
「では、もう一度かかって来なさい」
「また私の動きを止めるんですか」
「いや、今度は止めない」
私はゲネスの意図が分からなかったが、体勢をたてなおして構えた。
「はいいい――!」
「身体強化!」
拳がゲネスの腹に炸裂した。
老人相手に本気で突いてしまった。
内蔵破裂を起こすレベルだ。
だが、私は石を叩いたようだった。
拳が痛い。
「わっはっは――」
ゲネスが笑った。
「今のは?」
「身体強化魔法だ。私の体は鋼鉄になった」
「そういうスキルがあるということを聞いたことがありますが、防御力を数ポイント上げる程度だと聞いていました」
「それは、術のレベルが低いからだ。ワシの魔法のレベルだと、体を鋼のような硬度にすることができるのじゃよ」
私は言葉にならなかった。
投獄されて体力が衰えているとはいえ全力で攻撃したのに、150歳の老人に簡単にあしらわれてしまったのだ。
「今度は、ワシから攻撃してもいいかな」
「どうぞ」
「しっかりと受けろよ」
私はゲネスを見た。
手足は棒のように細く、体重は私よりも軽そうで、高齢者だ。
「身体強化右腕、加速、加重」
ゲネスが真っ直ぐ拳を出した。
私の胃の付近が爆発したような衝撃を受けて、後ろに飛ばされた。
「ううう」
私は床を転がった。
「おお、すまんのう。加減が分からなくてな」
今まで受けたうちで、一番重くて速いパンチだった。
「これも間接魔法なんですか」
「ああ、右手を強化して、体全体の速さと重さを増した」
つまりは大男の武術家と同じ程度の威力のパンチだというわけだ。
私は土下座した。
「お願いがあります! 私に間接魔法を教えて下さい」
私の剣技にこの間接魔法が加われば、最強だ。
私をはめた連中に仕返しができる。
「お願いします」
ゲネスは横を向いた。
「この間接魔法はヒューマンには教えてはいけないものなんだよ」
「ヒューマン?」
私はゲネスの言わんとすることが理解できなかった。
「何を言っているんですか、ゲネスさんだって人間じゃないですか」
「ワシのこの耳を見ろ」
ゲネスは長い白髪の髪をかきあげた。
「あっ!」
ゲネスの耳は長く尖っていた。
「その耳は……」
「そうじゃ、エルフじゃよ」
「ゲネスさんはエルフ族なんですか」
「その答えはイエスでもあり、ノーでもある」
「どういうことですか」
「ワシは、ヒューマンとエルフのハーフじゃ」
「ハーフ?」
「そうじゃ。母親がエルフで、父がヒューマンなのじゃよ」
「そうだったんですか」
「ワシはエルフの里で生まれて、エルフの村で暮らした。母の父、つまりワシの祖父は魔道士で間接魔法の使い手であり研究者だった。この世界でもっとも間接魔法の研究が進んでいて、使いこなしているのはエルフ族じゃよ」
「エルフの里で暮らしていたゲネスさんがどうして、アルカイ王国で王女の家庭教師をしていたんですか」
「もっともな疑問だ。悪いがこのアルカイ王国は、世界で一番間接魔法に関しては遅れている。どうして間接魔法の魔道士の家に生まれたワシがこの国に来たかを話すと長くなるがよいか」
「はい」
時間ならいくらでもあった。
「簡単に言うと、人間の血を引くワシはエルフの里では異端として排斥されて、いじめられ、居場所がなかったんだ」
「まあ」
「それほどまでに、人間がエルフにした仕打ちは酷いものだったんだ。エルフをおもしろ半分に狩って殺したり、エルフをさらい性奴隷として売ったりと、やりたい放題じゃった。フィジカルな体力は人間の方が勝り、持っている武器も人間のものの方が強力だった。さらに人間の凶暴性、強欲、平気で嘘をつき裏切ることができる性格はエルフには無い。エルフは基本的にお人好しなんじゃよ。だから、長年人間に痛めつけられ、人間は信用ならないとなったんだ」
ゲネスは髭に手をやり、髭を指ですきながら話をつづけた。
「そんな人間にエルフが対抗するための秘密兵器が間接魔法だったんだよ。間接魔法で人間の侵攻を防いできたのだ。人間は、エルフの里を攻略できないのは間接魔法のせいだとまだ自覚していない。もし人間がエルフと同等の間接魔法を使えるようになったら、エルフは破滅だ。人間の奴隷になり果ててしまうだろう」
ゲネスは言葉を切ると、遠くを見る目をした。
「だから、間接魔法の魔道士の家の跡継ぎが人間との子を産むなんてエルフにとってはあってはならないことだった。人間の血が入ることにより、もし、間接魔法の奥義が人間の側に漏れたら、エルフは終わりじゃからな」
私は何と言っていいのか分からなかった。
「父は人間なのですぐに死んだ。母も原因不明の病気でエルフなのに父の後を追うように早死した。村の人は人間なんかと子を設けたむくいだと言った。その後、祖父母も変死した。ワシはこのまま村にいれば殺されると思い村を出ることにした。ワシが40歳の時だ。エルフの感覚で言うとまだまだ子供みたいなものだ。幸い、ワシは祖父から一子相伝で間接魔法の奥義をすべて伝授されていた。そのことはエルフの村の民は知らなかった。知っていたら絶対に私を生きて村の外には出さなかっただろう。そうして私は一人、旅に出て、諸国を漫遊し、20年前から今の国に落ち着き、物知りな賢者として宮廷に迎え入れてもらい王族の家庭教師になったのじゃよ。だが、ワシは、これまで人間にただの一度も間接魔法を教えたことは無い。それどころか、間接魔法を使えることも隠し通して来た。これからも間接魔法を教える気はない」
ゲネスはきっぱりと言った。
「ゲネスさんのこれまでのことは分かりました。それでも私は間接魔法を習いたいのです。教えて下さい」
「だめじゃ」
私はうなだれた。
だが、急にある考えが閃いた。
「ゲネスさんが間接魔法の使い手だということはよく分かりました。でも、それだけの使い手なのに、どうしてまだ脱獄できないでいるのですか」
「なんだと!」
「間接魔法を使えば、簡単に脱獄できるんじゃないですか。例えば身体強化をして、力を最大化させて、そこの扉を破壊して、そのまま外に出ればいいじゃないですか。なんでトンネルなんかを掘っているんですか」
ゲネスは黙りこくってしまった。
「それとも本当は間接魔法なんてたいしたこないのかしら」
「そんなことはない!」
「なら、どうしてここから脱出できないの?」
「実はやってみたんだ。身体強化魔法で壁をぶち破ったり、扉を破壊して、正面から出ていくのをね……」
「だめだったのね」
「ああ」
「どうして?」
「間接魔法は、かけられた相手が元々持っている力に左右される。身体を強化するというのは、簡単に言えば元の力を倍にするということなんだ。だから100✕2は200だが、元の力が1なら2にしかならない」
「つまり、体格や体力が足らなかったということね」
「残念だがそうだ」
ゲネスは小柄で、棒のような手足をしており、体重は40キロにも満たないかもしれない。
これでは倍に強化しても普通の人だ。
さっきの殴り合いの感触では倍どころか数倍の強化に成功しているだろうが、それでもそこそこの武術家のレベルだ。
たとえ武術家でも、素手ではこの監獄の分厚い扉や壁を破壊することはできない。
それがゲネスの限界だったのだ。
「でも、ワシは諦めなかった。床の石のタイルに隙間があるのを見つけ、手に身体強化魔法をかけて、シャベルやツルハシの代わりにして、コツコツと床下を掘り進んだ。だが生まれつきの方向音痴で、お前の房に来てしまったんだ」
「分かったわ。私も協力する。二人でここを出ましょ」
ゲネスは驚いたように顔を上げた。
「私に間接魔法を教えて。私の体力ならあなたの数倍のことができる。私が加われば脱獄できるわよ」
「そうか! その手があったか。いや、待てよ、それならお前に間接魔法を教えなくても、お前に間接魔法をかければすむことじゃないか」
「それなら協力しない。ただ魔法をかけられて、作業するだけなら、私はやらない」
私はきっぱりといい切った。
ゲネスは考え込んだ。
「うーん。困ったな……」
「教えてくれるの?」
ゲネスは顔を上げた。
「ワシが出す条件を守れるか?」
「それはなに」
「絶対に他の人間には教えるな。それを誓うのなら教えよう」
「分かったわ」
こうして私は獄中でゲネスから間接魔法を教えてもらうことになった。
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