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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第一章 第六夫人の華麗なる日常
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第六夫人の華麗なる日常⑧

 砦の下に降りたところで、辺境伯はレティシアを辺境監理官のワルドに紹介した。


「ワルド様、お初にお目にかかります。辺境伯直属、女子特殊攻兵隊のレティシア・ブロアードです」


「女子特殊攻兵隊……? 実質は辺境伯の後宮……蔓薔薇屋敷の女か……?」


 そう言ってワルドは眉を顰めた。


 ギザリア辺境伯領が属するフィリブリア王国は公には一夫一婦制をとり、王国が唯一認可する宗教「聖フィリブル叡智教」の教義上も夫婦以外との姦通を堕落的行為として禁じている。


 ワルドが侮蔑と好奇の目が混じった目をレティシアに向けたので、ルシエルはその視線からレティシアを守るように立ち位置を変えつつ、冷静な声音で反論した。


「女子特殊攻兵隊――蔓薔薇屋敷の女性たちは何百年も前の開設当初から代々、我が辺境伯領の懐刀であり続けました。歴代の彼女たちの戦績はご存知でしょう」


 これに対し、辺境監理官は蔑みが滲む表情を隠そうともせずにルシエルに対して言葉を返す。


「建前上はこの女たちは辺境伯直属の女性兵部隊だそうだが、実質は辺境伯の愛人たちと、その館に使える女官たちでしょう。戦績などいくらでも盛れるはずですな」


「しかし、ワルド殿。それを言うのであれば、建前上はこの王国では不倫や買春は禁じられているが、実態はそうではないでしょう。特に国王・王妃両陛下の絢爛豪華な宮廷や晩餐会に出入りするような方々にとっては」


「むむ……」


「しかし、『宮廷文化の独自性』に対して非難を口にするのは野暮というもの。同じようにギザリアの土地にも独自の伝統と文化があり、他者がとやかく言うことではないということです。ここは元々王国の領土ではなかったわけですしね」


 辺境伯が穏やかに告げると、辺境監理官は苦虫を噛み潰したような顔となった。


「お気分を害されたのならば失礼いたしました。さあ、お喋りはこれくらいにして、さっそく行きましょうか」


「え……! ほ、本当に戦われるのか?」


 辺境伯領軍と魔物が入り乱れる戦場に向かって散歩に向かうような調子で進んでいく辺境伯に対し、ワルドは冷や汗をかきながら二の足を踏んでいた。そんな辺境監理官にレティシアが言う。


「差し出がましいようですが、ギザリア辺境伯領において一番安全なのは辺境伯の傍らにいることなのです」


「それはどういう意味だ?」


「言葉のとおり、辺境伯に敵う者はいないということです」


 ワルドは首を捻ったが、ルシエルはそれには構わず、色と形の異なる双眸で戦場を睥睨しながら呪文を唱え始める。


「我が名を以て命じる。隔たれた世界の叡智。爆ぜる音。閃き、舞う蝶。風を取り込み、赤き火は無限四方へと散じる」


 辺境伯ルシエル・オール・ギザリアの呪文に応じ、空中に巨大な魔法陣が出現した。清冽な青の光芒が辺境訛りの魔術言語で、世の理を捻じ曲げて奇跡の力を引き出すための理論を空間に記述していく。


 完成した魔法陣からは数えきれないほどの火焔が吹き上がり始めた。あまりの光量に、辺境伯に付き従っていた者たちが額に手を翳し、目を細める。


「現象名【百火繚乱】」


 辺境伯が魔術始動の言葉を告げると、無数の火焔の球は、兵士と魔物で混乱する戦場で魔物だけを狙って猛スピードで直進していった。


 まるで流星群が地上に舞い降りて襲い掛かってくるような光景。


 人と魔物が混じり合う戦場で、魔物たちだけが炎に包まれ、燃え上がった。辺境伯に随伴する兵団長たちが喝采をあげ、辺境監理官が目を剥いた。


「これほどの威力と精度を……! 宮廷魔術師と比較してもこれは……!」


 顔を引き攣らせるワルドに対してルシエルはにこやかに笑う。


「私の先祖が辺境一の魔女と子を成したゆえでしょう」


 辺境伯は、今度は銀孤と瑠璃色のドラゴンが戦う巨大デュラハンに目を向ける。


「ハミアとマミアと伊織が頑張っているな。辺境監理官殿、あちらも我が女子特殊攻兵隊のメンバーですよ。よし、応援するか」


 辺境伯は傍らにあった岩――常人では動かすことすら不可能と思われる大きな岩を掴んで頭上に持ち上げた。


 辺境監理官が再び目を剥く。


「そ、そんなバカな!」


「ぬううううううん!」


 ルシエルはその大岩を遠投の要領で放り投げる。放たれた岩は長距離を飛翔し、巨大デュラハンの肩にぶつかった。その衝撃でデュラハンの肩が陥没し、大地に倒れる。


 銀孤姿の伊織はその上に馬乗りになると、暴れる腕を九尾で押さえつけ、形成される続ける鎧や皮膚や肉を引っ掻いて剥がし、耳をつんざくような咆哮と共に雷撃を加えた。ハミアとマミアのドラゴンも岩で陥没した肩をさらに食い散らし、傷を大きくしていく。


「我が名を以て命じる。隔たれた世界の叡智。鳴動の音。轟き、泳ぐ蛟。蠢き留まり、落差生む滝は流れる。現象名【電光刹華】」


 辺境伯は呪文を唱え、遠方の伊織の隣に魔法陣を生じさせると、伊織のものよりさらに大きな雷を発生させ巨大デュラハンに見舞った。


 辺境監理官ワルドは目を見開き、恐れの滲んだ表情で隣の偉丈夫を見上げる。


「ば、化け物か、貴方は……!」


「私にとって、その言葉は誉め言葉ですね」


 辺境伯ルシエル・オール・ギザリアは爽快に笑う。


「ワルド殿、心配せずとも大丈夫です。私は王国に忠誠を誓った身。もしこの力で私が反乱など起こすようなことがあれば、遠慮なく先の着任式で施された印呪を実行してください」


 その言葉に、ワルドはなんとか引き攣った笑顔を返す。


 歴代のギザリア辺境伯は王国の宮廷魔術師により、有事にその身を封印する魔術を施されている。その印呪実行の鍵を持っているのが辺境監理官なのだ。広大な領地と兵団と共に、異常ともいえる戦闘力を持つ辺境伯は、魔物たちへの盾として王国に貢献するのを期待されていると同時に、王国の脅威の種ともなりうることを懸念されているのだ。


「さあ皆、さっさと魔物たちを片付けてしまおうか」


『おお!』


 辺境伯の言葉に、兵団長たちが目を輝かせながら拳を上げ、一団は敵陣へ駆け出していく。その様子をワルドは畏怖をもって見つめていた。

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