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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第一章 第六夫人の華麗なる日常
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第六夫人の華麗なる日常⑦

 形成されつつある巨大デュラハンの「身体」と、伊織、双子姉妹のドラゴンとの戦闘をレティシアは砦から見守っていた。


 伊織に転ばされ、地に伏していた巨大デュラハンの右腕がついに形成された。デュラハンの右腕は自分のふくらはぎに噛みつく伊織の首を掴むと、自らの足の皮膚と肉が裂けるのも厭わず、銀孤を引き剥がして思い切り投げ飛ばした。


 伊織は岩の断崖に体を打ちつけられて跳ね返り、砂塵を巻き上げながら地面を転がった。


「ぎいやああああ!」


 彼女の苦悶と怒りの咆哮は、戦闘場所から離れた砦でも聞こえた。


 巨大デュラハンは立ち上がり、さらに伊織に掴みかかろうとする。


 だが、上空から舞い降りた瑠璃色のドラゴンがその右腕を脚で掴んで止めた。ドラゴンはそのまま、まだ死骸が積みあがっているだけの胴体部分に向かって火炎を浴びせかける。


【ヒギャ! ヒグオォォ!】


 巨大デュラハンは悲鳴を上げた。胴体の一部が焼け、炭化した死骸がバラバラと零れ落ちていく。


【ドゥルゥゥゥン ガウゴガディィィン】


 巨大デュラハンは怒りに満ちた声で呪文を発し、虚空に新たな魔法陣が浮かび上がった。姉妹の背後に「影の手」が出現して襲いかかるが、マミアが盾でいなし、双子姉妹の騎乗したドラゴンはからくも上空へと逃れる。


 その間に投げ飛ばされた伊織は立ち上がっていた。怒りに燃える金眼を巨大デュラハンに向けると、伊織の周囲でビリビリと空気が震え、通常より多くの雷光が閃いた。


「グルルルゥゥゥゥ……!」


 大地に四肢で踏ん張りながら伊織は巨大デュラハンを威嚇し、その唸り声に応えるように彼女の周囲空間に「雷電」の文字が多数浮かび上がった。


「ガアアアアアアアアア!」


 伊織の咆哮と共に雷光が迸り、耳をつんざくような轟音と共に閃光で視界が焼けた。


【ヒギャヒ! ヒグオォォヒグォ!】


 ドラゴンに気を取られていた巨大デュラハンは、背後から伊織の雷撃に打たれ、前のめりに倒れる。背中の死骸たちがバラバラと崩れて地面に散らばった。


 ドラゴンと銀孤に抉られた場所にはすぐに新たな死骸たちが寄せ集められるが、その再生スピードよりも速く二体は次の攻撃をしかける。ドラゴンの爪が巨大デュラハンの脇腹の死骸を削り取り、銀孤はまだ形成が不十分な左腕に飛び付いてそれをもぎ取った。


 巨大デュラハンは片腕を振り回し、魔術攻撃も加えて応戦するが、二体はうまく躱している。


 レティシアは銀孤とドラゴンの戦況を見つめながら眉間に皺を寄せた。


「そのうちデュラハンの『身体』形成のための魔法陣も継続時間が切れる。この調子を保つことできれば、伊織様のお姿が保たれている時間内には決着がつくはず……」


 レティシアは双子姉妹と伊織が優位と分析はしたが、もしもの時の第二の矢についても思案し始める。


(最悪の事態は巨大デュラハンの身体が完成し、戦場に打って出られることだ。辺境伯領軍と魔物との均衡が破られ、兵士の士気にも影響が出てしまう。それは絶対阻止しなければならない。伊織様が限界に達した時には、やはりハミア様とマミア様、キーリィ様の炎と風での攻撃が有効か……? しかし、戦場が大火災となり、我が軍への被害も甚大になる可能性が……)


 小さな頃からの癖で、レティシアはグローブの上から親指の爪をガリガリと噛みながら考え続けた。


(ガブリエル様に軍の一次撤退を進言し、巨大デュラハンのみ焼き尽くす手もありか? いや、しかし、ハミア様たちが危険すぎる。キーリィ様の精霊の力をもってしても、必ずしも炎の規模と行方を制御はしきれないであろうし、ドラゴンが火炎放射をするのには溜めの時間も必要。どうする? 例えば、渓谷という地の利を生かせれば……)


 レティシアの隣では、第一夫人ネイスが考え込む彼女の様子を車椅子の上から心配そうに見守っていた。そんなネイスが、ふと何かに気付いたように陣の出入口の方を向く。


「皆の者、待たせたな!」


 そう言って、出入口の垂れ幕をくぐって男が一人陣内に現れた。ここにいる誰もが見上げるほどの恵まれた体躯をもった偉丈夫だった。


 ルシエル・オール・ギザリア辺境伯。


 ここにいるすべての者が仕えるべき主であり、ギザリアの領土統合の象徴たる人物だった。旅装姿のため装飾は最小限に抑えられているが、胸元のブローチにはギザリア家の獅子桜花紋章と、爵位継承者たることを示す剣の意匠が施されている。


 褐色の肌に鬣のような銀髪を持つ彼の姿が目に飛び込んできた瞬間、レティシアは思わず叫んでいた。


「ルシエル様! ご到着はまだ先とお聞きしておりましたのに!」


「早馬からの知らせを聞いて、少し嫌な予感がしたのだ。それで旅程を詰めて馬で駆けてきた。だが……どうやら心配は杞憂だったようだな」


 砦から戦況を見下ろした辺境伯は満足げに微笑んだ。


「今回もレティシア殿の采配が当たったのだ」


 ルシエルの叔父にあたるガブリエルが溜息と共にそう言うと、辺境伯の顔に喜色が浮かんだ。


「叔父上殿! お久しゅうございますな!」


「私は普段は年の半分はここに、他は領内各部族の兵たちの鍛錬を視察して回っておるからな」


「やはり叔父上殿は戦場に来られると途端に顔が溌溂となさる」


「お前ほどではないさ」


「何を仰いますやら。砦での魔物たちとの格闘、視察という名目での各部族の強者たちとの腕試し。常に戦の中で生きていらっしゃる方が」


「ギザリアの血は争えんな。ハハハ!」


 ひとしきり叔父と笑い合った後、ルシエルはレティシアの元に駆け寄る。彼女の腕を取ると緑色の瞳を覗き込みながら優しく告げる。


「レティシア、今回も良い働きをしてくれたようだな。感謝する」


「い、いえ。わたくしには何の力もありません……。わたくし以外の夫人の皆様のご活躍とメイド兵たちの働きのおかげで……それで、すべてがうまくいったので……」


 レティシアの声は尻すぼみにどんどん小さくなっていった。そこには先程まで他の夫人たちに指示を出していた時の勢いは消えていた。


(ルシエル様に……て、手を触れられている……! 顔も耳も熱い! 顔が真っ赤だったら……ど、どうすれば……。恥ずかしい……。ルシエル様のお優しい目をまっすぐに見返せない……)


 夫である辺境伯ルシエルを前に、レティシアは頬を染めながら小さくなっていた。


 ルシエルは不思議な外見を持っていた。特に目が特徴的だった。


 右目は「賢者」として知られる曾祖父譲りの思慮深い青灰色、左目は「暴君」として知られる八代前の特徴を持っていた。かの暴君はリザードマンの形質が濃く、ルシエルの左目は一般的な人間の黒目より大きな赤眼で左目の回りは緑の鱗に覆われていた。


 その両目は戦場にあっては苛烈な光を放つが、妻たちの前では優しい暖かさを湛える。


(ルシエル様の目をまっすぐ見られないのは外見が珍しいからではなくて。わたくしはルシエル様の瞳が大好きなのに……)


 人はギザリア辺境伯のことを「キメラ辺境伯」とも呼ぶ。


 ギザリア辺境伯領は、昔は統合された地域ではなく、少数民族や亜人種、大きな都市から弾かれた人々などがそれぞれ小さな集団を作って暮らす土地だった。


 しかし、アンダーストラクチャーからの魔物襲撃を恐れた当時の国王は、大穴に接するこの地域を王国の盾とすることを決め、一人の男に領土の統合と統治を指示した。それが初代のギザリア辺境伯であり、彼はその智と武と勇と信によって領土の統合を果たした。


 以降の辺境伯は領土統合の象徴となるため、領内の様々な部族・種族から妻を娶るようになる。結果、ギザリア辺境伯は代々バラエティーに富んだ容姿と能力を持つに至ったのだ。


(わたくしはルシエル様の前に出ると、普通でいられなくなってしまう……)


 レティシアはルシエルに手を取られて頬を赤らめた状態で硬直していた。


「レティシア?」


 辺境伯が不思議そうに首を傾げた時、出入口の垂れ幕の外から怒鳴り声が聞こえた。


「ルシエル殿! 辺境伯殿、どちらにおられるのか! こちらか!」


 幕を乱暴に払って入ってきたのは、小太りな体に煌びやかな飾りがふんだんに施された服を着た、見るからに宮廷貴族・宮廷官僚といった雰囲気の男だった。


「ルシエル殿! 身勝手な振る舞いを為されては困りますぞ!」


「辺境監理官殿……」


「私が貴公の能力制限の権限を持っていること、そして、貴公の動向を常に把握しておらねばならぬこと、忘れておられませんでしょうな?」


「辺境監理官殿――ワルド殿、よく理解しておりますとも。今回は道中を急かしてしまい、失礼しました」


 ルシエルはレティシアから離れ、慇懃に礼を示した。


 今回、辺境伯が王都に旅立った要因が辺境監理官の任官交代のためだった。広大な領土と兵力を有するギザリア辺境伯のお目付け役の着任式へ立ち会いに行ったのだ。


「しかし、監理官殿。着任早々、さっそく我らの働きぶりを見て頂けるチャンスとなりました!」


 辺境伯は監理官ワルドの肩を抱き、戦況を見下ろせる砦の縁に連れていく。途端に辺境監理官は慌てた表情となった。


「う、うむ……。し、しかし、いきなり人魔戦争がごとき有様とは……」


「ハハハ! 当地ではこれは日常茶飯事ですよ」


 ルシエルは爽快に笑う。


「久々に私も砦の下へ行こうか」


 辺境伯の言葉に陣内の兵団長たちが喝采を上げた。


「おお! 卿が戦いになられる!」

「是非とも間近で拝見したいものだ」

「これはワシらもお供せねばなるまいて」


 各部族兵団の長たちということで年長の者が多いが、皆、数々の攻防を戦い生き抜いてきた歴戦の強者ぞろいだ。手に手にそれぞれの武器を持ち、辺境伯への随伴を願い出る。


 ルシエルは半分嬉しそうに半分困ったように笑った。


「おいおい、私などよりここの皆の方がよほど魔物どもにとっては脅威であろうに」


「何を仰いますやら。辺境伯血脈の結晶たるあなた様に敵う者などおりませぬぞ。お供をしてもかまいませんな?」


「嬉しいことを言ってくれる。初代ギザリア辺境伯曰く『各自が思うままに為せ、それこそが我が辺境伯軍の強さなのだ』であるからな。好きにせよ」


 辺境伯と兵団の長たちとのやり取りを見ながら、レティシアもむずむずしていた。


(わたくしもルシエル様にお供したい気持ちはあるけれど、ネイス様をお一人で砦に残すなんて……)


 そんなレティシアの内心を見透かしたように、車椅子上のネイスが言う。


「レティシア、あなたはルシエルのお供をして差し上げて」


「しかし、ネイス様。もしものことがあれば、わたくしがネイス様をお守りしなければなりません」


 頑なな表情で槍を握りこむレティシアに、ネイスは優しく語り掛ける。


「あなたのお仕事はあくまでルシエルのお役に立つことなのよ。戦場でご用を伺うこともあるでしょう。そこであなたのお役目を果たしなさい。それに、この戦場ではルシエルに『もしも』は起こらないでしょう」


 レティシアは空色のネイスの瞳をしばらく見つめてから、目を伏せて頷いた。


「わかりました……。行ってまいります!」


 そう言って頭を下げ、辺境伯に駆け寄るレティシアを、ネイスは頼もしげな表情で見送った。

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