第六夫人の華麗なる日常⑤
レティシアは頬の下で切り揃えられた赤髪を振り乱しながら、ソファで眠るまだ幼い第四夫人、伊織の元に駆け寄る。
「伊織様、伊織様! お目覚めを!」
「むー……? レティちゃん、なぁにー?」
「伊織様、ご出陣の時が来ました」
「むむぅ! しゅつじん! 伊織がんばるー!」
寝ぼけ眼だった茶色の瞳がしゃっきりと目覚め、伊織がソファから飛び起きた。銀色の髪がふわりと舞い、同じ銀色の狐耳と尻尾が元気にパタパタと動いている。赤地に手鞠模様の着物に、黒地に菊模様の帯を締めていた伊織は、その帯を解き始めた。
「ねえねえ、レティちゃん~、封印の数珠切ってぇ」
「わかりました」
レティシアは腰に差したナイフを抜き、伊織の首元と両手首・両足首に巻かれた翡翠の数珠をつなぐ糸を切った。翡翠の珠がばらばらと飛び散って床に散らばる。
その瞬間、伊織の目の色が変わった。
「ぐ、ぐるぅるるるるぅぅぅ!」
丸かった瞳孔が縦長に裂け、茶色の瞳は金色に変わって鋭い光を放ちながらレティシアを睨みつけた。銀色の髪が逆立ち、獣が敵を威嚇するような唸り声を漏らす口元では、上顎の歯も下顎の歯も鋭い牙に変わり始める。
伊織の帯と着物がはらりと床に滑り落ちると、そこにあったのは幼女のすべらかな素肌だったが、それはあっという間に銀色の毛皮に覆われていった。銀色の尻尾はバリバリと音を立てて裂け、二本に分かれたそれはさらに分裂していく。レティシアの三分の二ほどだった伊織の身長が急激に伸び始め、爪も鋭い獣のものへと変化していった。
「伊織様……いつもより制限解除のスピードが早い……?」
レティシアが不安げな声を漏らした時、女性兵がレティシアの元に駆け寄った。
「レティシア様! ハミア様とマミア様が間もなく到着されます!」
レティシアは槍を放り出すと、自分と変わらぬ身長に達しつつある伊織を抱きかかえ、砦の外を目指し駆け出した。
「グルゥルルルルゥゥゥ!」
「くっ……! 伊織様、今しばらくはお静まりを!」
全身を銀の毛皮に覆われた伊織はレティシアのプレートメイルに噛みつき、鋭い爪で引き剥がそうとし始めていた。伊織の尾は今、四つに裂けている。
レティシアは伊織を抱きかかえ、肩で息をしながら降下用ロープを使って砦を滑るように降りる。地上に辿り着いたレティシアのもとに、双子姉妹が騎乗する瑠璃色のドラゴンが舞い降りた。
「ハミア様とマミア様! 伊織様を先程の生首の元へ!」
「わかった。乗れ、伊織」
「グルガァァ! グルゥルルルルゥゥゥ!」
完全に銀孤の姿へと変貌した伊織は四つ足で地面に立ち、ドラゴンを威嚇するように唸り声をあげている。
「既に意識が飛んでいます。危険ですが……」
「問題ない」
ハミアは巨大化しつつある伊織の体をドラゴンの脚に掴ませ、飛翔させた。
「伊織様、どうか我々に光明を!」
レティシアは祈りながらドラゴンの脚に掴まれた状態で暴れる伊織を見送った。