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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第三章 蔓薔薇屋敷の華麗なるご夫人方
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蔓薔薇屋敷の華麗なるご夫人方⑦

 巨大な銀孤となった伊織に弄ばれ、齧り取られながら、ガブリエル・ギザリアはここまでの半生を振り返っていた。


 あの日。


 エネリア砦への駐屯していたガブリエルは、アンダーストラクチャーから這い出てきたデュラハンと対峙していた。乾いた風が吹き抜ける荒地で、漆黒の鎧をまとった首なし騎士は、自らの頭部を左手に掲げ、右手には大剣を携えて砦兵たちと相対していた。


 デュラハンの頭部が呪文を唱え、攻撃魔術で砦兵たちを牽制し、魔術を掻い潜って近付いてくる兵士には大剣を振って薙ぎ払う。


「なかなかの技量だ」


 ガブリエルはデュラハンの太刀筋を見てその技術を称賛した。


「魔術の対応は任せた。奴は私がやろう」


 砦兵の防御魔術に秀でた者たちにそう伝えると、ガブリエルは剣を抜いて前に出た。彼には魔術の素養はなかったが、その分、剣の扱いや体術については五十を迎えようとする今でも誰にも負けない自信があった。


 砦の白魔術師たちが作った防御魔法陣がデュラハンの攻撃魔術を拡散・弱化させる中をガブリエルは疾走し、あっという間に距離を詰めた。


「キェェェイ!」


 ガブリエルの剣は目にも追えない速さで閃き、デュラハンの胴体のいくつかの急所を、漆黒の甲冑の上から正確に刺し、豪快に貫いた。デュラハンの頭部が左手からコロコロと転がり落ち、続いて身体が地に倒れ伏す。


 ガブリエルが剣についた黒い血を振り払うと、砦兵たちから拍手と喝采があがった。


「さすがはガブリエル様! みごとな技の冴えでございます!」


「ふむ。しかし、若き日の我が兄であれば、一人でこれを始末できたであろう。今は病のせいで全盛期ほどの動きは難しかろうが……」


 ガブリエルの兄――つまりはルシエルの父である当時の辺境伯は、魔術にも剣術・体術にも秀でた人物だった。かの辺境伯とは一対一どころか、一対数十で立ち向かったところで勝てる生き物はいないと皆が称賛した。


(そして我が甥――ルシエルもまた、十代でありながら既に全盛期の父を越えようとしている。頼もしいかぎりだが……)


 ガブリエルの胸にはチリチリと疼く火傷のような感覚がくすぶり続けていた。かつては兄に対して抱いていたそれを、彼は今、甥に対して抱いている。


 砦兵の一人が、地面に倒れたデュラハンを指差しながらガブリエルに問い掛けた。


「ガブリエル様、死骸はどう致しましょう?」


「捨て置け。そのうち土に還るだろう」


 デュラハンの頭部と身体をそのままに、ガブリエルと砦兵たちはその場を後にした。


(しかし今思えば、おそらく、この時には既にデュラハンは身体乗っ取りの術を開始していたのであろうな)


 その夜、ガブリエルは砦を抜け出し、何かに導かれるように、ただ一人で荒地をふらふらと歩いていた。彼は気が付くと、自らが倒したデュラハンの頭部と身体が置かれた場所に立っていた。


「なぜ……私はこの場所に……? む……!」


 ガブリエルの夜の闇に慣れた目は、月と星の光の下にあるデュラハンの死骸に異常を見つけていた。頭部の口元が何事かを呟き続けていたのだ。見る間に空中に魔法陣が浮かび、デュラハンの身体の方が一瞬ピクリと指を動かしたのをガブリエルは見た。


「デュラハンの回復魔術か!」


 ガブリエルが剣を抜く間に、デュラハンの身体が飛び上がって彼に向かって大剣を振り下ろした。


「く……!」


 何とか一撃を躱したガブリエルは自らも剣で相手の胴を狙うが――。


「なに!」


 また別の魔法陣が現れ、そこから闇色の巨大な手が現れるとガブリエルを鷲掴みにした。彼は必死にもがくが、抜け出すことが出来ない。自由を奪われたガブリエルに近付いたデュラハンの身体は、手にした大剣を横に薙いだ。


「な……」


 驚愕の表情と共に、ガブリエルの頭部が吹き飛んだ。デュラハンは一刀のもとにガブリエルを頚部で切断したのだった。首を失ったガブリエルの身体はその場に崩れ落ちる。


 しかし、驚いたことにガブリエルはまだ生きていた。地面に転がったガブリエルの頭は明晰な意識を持ったまま、その目で自分の身体が崩れ落ちる様子と、その後のデュラハンの動きを見ていた。ガブリエルの頭部には意識が残り続けていたのだ。


(な、なんだ……これはどういう状態だ……! む……デュラハンの頭部が……?)


 デュラハンの頭部とデュラハンの身体の間を、蜘蛛の糸のような極細の糸が幾条も繋がっているのがガブリエルには見えた。よく見れば、ガブリエルの頭部と自分の身体の間にも同じような糸が繋がっている。


(なんだ、この糸は……?)


 デュラハンの頭部がまた何事かの呪文を唱え始め、空間に新しい魔法陣が展開された。すると、デュラハンの頭部から蜘蛛の糸が何本も生え、それはガブリエルの身体に向かって伸び始めたのだ。


(まさか……!)


 そろりそろりと近付く糸は、ガブリエルの身体の首の切断面へと入り込んでいく。一本、二本、三本と、糸が潜り込むたびに、頭のない彼の身体がビクビクと痙攣したように動き、その動きを大きくしていった。同時に、ガブリエルの頭部と自らの身体とを結ぶ糸はプツリプツリと切れ落ちていき、そのたびに彼は自分の意識が少しずつ消えていくような感覚を覚えた。


(こ、こやつ、もしや私の身体を乗っ取ろうとしておるのか……! き、貴様ごときに私の身体をやってたまるか! この身体は私のものだ!)


 ガブリエルは渾身の力を込めてデュラハンの頭部をギロリと睨んだ。その闘気に、デュラハンの頭部が一瞬怯むような空気を出した。


 その瞬間。


 プツリと、デュラハンの頭部とガブリエルの身体を結ぶ糸の何本かが切れた。さらにガブリエルが睨みをきかせると、ガブリエルの頭部から何本もの糸が生え、それは自分の身体だけでなくデュラハンの頭部やその身体へと伸びていった。彼の糸がデュラハンの頭部と身体に入り込むと、デュラハンの意識が揺らぎ、デュラハンの身体がガクガクと痙攣した。


「な、なんだこれは!」


 声を出せたことにガブリエルは驚いた。体と切り離された頭の口が動いたのだ。


「ハ、ハハハハハ! とうとう私はおかしくなったのか? はははは!」


 地面に転がったガブリエルの首が、驚愕と狂気の笑みを浮かべながら笑っていた。


 ガブリエルの頭部からさらに糸が生え、それは自らの身体へ、デュラハンの頭部と身体へと延びていく。糸の結びつきが増えるほど、自らの身体の感覚を取り戻し、さらにはデュラハンの意識を押し退け、さらにその体すら思いのままに動かせるようになっていく。


「これは……まさか、私自身がデュラハンになったということか!」


 ガブリエルは理解した。身体を乗っ取ろうとしたデュラハンを押し返すだけに留まらず、逆にガブリエルはデュラハンを能力ごと魔物の肉体を乗っ取ることに成功したのだと。


(歴代いずれかの辺境伯の体質を受け継いだのか……?)


 頭のないガブリエルの身体を立ち上がらせ、切断された自らの首を元にあった場所に乗せた。頭部と身体が再び接着することはなかったが、どうやら魔力による補助で安定させているようで、頭がずれて落下する心配はないようだった。切断面に布を巻いて隠すと、元の自分と変わらない外見となった。


 さらにガブリエルはデュラハンの頭部と身体を操り、一旦アンダーストラクチャーに退避させた。距離をとっても支配の力は変わらないようだった。


「フハハ! なかなか面白いではないか!」


 不敵に笑いながら、ガブリエルはエネリア砦へと帰投した。

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