レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑳
その後、しばらくしてルシエルとネイスの結婚式が執り行われた。レティシアがアカデミー予科を修了する頃に前辺境伯――つまりルシエルの父親が鬼籍に入り、その喪が明けるのを待っての挙式だった。世間では、体調を崩しているネイスとの結婚に、世継ぎを設けるという観点から苦言を呈する空気もあったが、ルシエルの強い意思で実現された輿入れだった。
ネイスを中傷するような噂話に「なんも知らねぇ奴らが何言ってやがんだ!」と怒り散らしていたレティシアの元に、ある日、ドレスと旅費と結婚式の招待状が届いた。レティシアの歓喜の絶叫は、学生寮全体に轟くほどだった。
アカデミー進学のためにブロアード地区を出て以来、二年半ぶりのギザリア辺境伯領への帰郷。とはいえ、式が執り行われる領都カタロニアにはアカデミーへの出立前、進学準備のために一週間ほど滞在したことしかないため、到着したところでレティシアにはそれほどの感傷はなかった。
辺境伯は領土統合の象徴であるため、結婚において特定の宗教に則っての儀式は行われず、領民を前にした宣誓をもって婚姻の成立となる。ネイスへの風向きの強さはありつつも、壮麗な慶事の会場となるカタロニア城前の広場には多くの民衆が集まり、歓声を上げていた。
レティシアは城内のホールで宣誓を聞くことを許され、二人から贈られた深緑色のドレスを纏い、ホール内でその時を待った。
「あなたに永久の愛を捧げ、あなたを生涯守ることを誓います」
「あなたへの愛が永遠であることを宣誓いたします」
二人は微笑み合い、ルシエルは屈んで車椅子の上のネイスに口付けをする。白の正装姿のルシエルと、ふんだんな花飾りの付いた白いドレスと長いベール姿のネイスは、まるで物語の王子様とお姫様そのもので、レティシアの目から涙が溢れた。
「お、お、おめでとうございます! ルシエル様! ネイス様! うぐ、ひっく、うえぇぇん! お、お二人が、幸せ……じあわぜぞうでよがっだぁぁぁぁぁ!」
ホールでの荘厳な結婚宣誓の時にも、豪華絢爛な結婚披露パーティーの場でも、レティシアはハンカチを握り締めて泣きどおしだった。
これは無視のできない胸の痛みを誤魔化すための涙なのかもしれないと、レティシアはうっすらと感じてはいた。しかし、幸せそうな二人を祝福する気持ちに偽りはなく、二人の笑顔に心が暖かくなる自分自身に安堵もしていた。
婚姻の儀の翌日、蔓薔薇屋敷に上がったネイスへ挨拶のためにレティシアが訪ねると、彼女は丁度ルシエルと共に庭園のテーブルセットでアフタヌーンティーを楽しんでいるところだった。
「まあ、レティシア! 遠くから大変だったでしょう。来てくれてありがとう」
車椅子の上で幸せそうに微笑むネイスを見て、またレティシアの涙腺が緩みかける。二人からのお茶の誘いを受けて、レティシアは恐縮しながら席に着いた。
「ねえ、レティシア。あなたはアカデミーを卒業したらどうするつもりですか?」
ネイスの問いに、芳しい紅茶の香りを楽しみながらレティシアは答える。
「ギザリア辺境伯領の官僚職に就いてお二人のお役に立てればと考えています」
「あら。それだったら、この蔓薔薇屋敷に来るのはどうかしら」
ネイスのその言葉に、レティシアの顔は蕾が開くようにパッと笑顔になる。
「よろしいのですか! ネイス様のお傍でお仕えできたらとても嬉しいです。女子特殊攻兵隊の戦略運営や兵站管理、お屋敷のマネージメントスタッフとしてもお役に立てると思います。でも、贅沢は言いません、下働きでもなんでも……!」
ネイスから直々に蔓薔薇屋敷スタッフとしての採用の打診を受けたと思い、レティシアは勢い込んで捲し立てた。そんな彼女を見て、ネイスは困ったように苦笑する。
「そういう意味ではないわ、レティシア」
「え……?」
「わたくしと共に蔓薔薇屋敷の女主人の一人になるのはどうかしらという提案なのだけれど」
「え……? は……はぁ?」
目を丸くするレティシアに向かって、ネイスはニッコリと微笑む。
「わたくしと一緒にルシエルの妻となるのは嫌かしら?」
ようやくネイスの言わんとすることを理解して、レティシアは緑の瞳を大きく見開いた。
「な、な、何言ってんですか! 自分が言ってることの意味わかってるんすか? つ、つーかさ、なんで結婚式の次の日に自分の旦那の嫁候補を自分で探してんだよ!」
あまりの話に混乱して、レティシアは昔の言葉遣いに戻っていた。狼狽えるレティシアを見て、ネイスが不安げな表情で首を傾げる。
「レティシアもルシエルのことを想っていると感じたからこその提案なのだけれど……。もしかして、あなたはアカデミーで誰か別の善い方と出会ってしまったのかしら?」
「そ、そ、そんなん、いるわけないっすよ!」
「それならよかったわ! ねえ、いいお話ではないかしら? 考えてみてほしいの」
ネイスはレティシアにそう言うと、今度はルシエルの方を向く。
「ねえ、ルシエルもいいと思うでしょう?」
「そうだね。君とレティシア自身が望むのであれば。ただ、妻として迎えるとしても、彼女がアカデミーを卒業してからの話になるだろうね」
「レティシアの能力なら卒業なんてきっとあっという間だわ」
「ハハハ! レティシアは優秀だからなぁ」
まるで世間話をするように、新婚の二人は楽しげに語り合っている。話についていけずに口をパクパクさせるレティシアに、ネイスは再び微笑みかけた。
「すでにルシエルと何人かの女性との間で縁談が進んでいるのよ。だから、五番目か六番目かの夫人ということになると思うのだけれど、いいかしら?」
「は、はぁ……」
「もう、レティシアったら、ぼうっとしてどうしたの? わたくしの話を聞いていますか? 蔓薔薇屋敷の夫人となれば、女子特殊攻兵隊の参謀役としてあなたの能力も存分に活用できるわ。ルシエルを介して表の政治にも関わることができるはず。決して悪い話ではないでしょう?」
「え、え、えっと……はい……そうっすね……悪い話ではない……っすねぇ……でも……」
「そうでしょう! ねえ、ルシエル、早速この縁談の検討を進めましょうよ」
「わかったよ、ネイス」
「レティシアと一緒に暮らせる日が楽しみだわ! レティシアも楽しみ?」
「は、はぁ……」
こうしてレティシアが呆然とする前で、彼女の永久就職の話が纏まったのだった。
こんばんは、フミヅキです。午前中に予告したとおり本日二回目の更新となります。
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