レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑲
十二歳のレティシアは基礎教養科目を習得する王立アカデミー予科を最短の半年で修了し、すぐに本科へ入学した。軍史学や戦術学、政治経済学を専攻しつつ、興味のある魔性生物や魔物の生態解明に取り組む研究室にも通い、知見と思考力を深めていった。彼女の貪欲な知識欲と柔軟な分析力には教授たちも舌を巻き、飛び級を繰り返してアカデミー史上最短年数での卒業を噂されるほどだった。
しかし、レティシアの学園生活は順風満帆だったわけではない。
レティシアにも苦手科目はある。武術実践や魔術実践の科目――すなわち剣術・槍術・攻撃魔術・回復魔術等の実技授業の出来は中の下で、分析レポートを提出してなんとか落第を免れる程度だった。
また、故郷から離れての進学だったレティシアは、寮に入って学生たちとの共同生活となったが、周りは年上の学生ばかり、しかも裕福な家や上流階級の出の者が多く、彼女はその中で完全に浮いていた。周囲からやっかみを受けたり、出自を貶されたりということもままあることだった。
そんなレティシアを心配していたのだろうか。ルシエルやネイスは王都を訪れる用がある時には必ずレティシアの顔を覗きにアカデミーを訪れた。次期辺境伯とその婚約者の訪問により、レティシアの後ろ盾を理解した学生たちは次第に彼女に突っかかることも少なくなっていった。彼女自身の実力が他の学生を黙らせたという面も大きいが。
ただ、ルシエルとネイスとの交流のを重ねる中で、レティシアには懸念していることがあった。それは会うたびにネイスの顔色が悪くなることだった。
「レティシア、元気だったかしら」
その日、レティシアの元に訪れたネイスはメイドの押す車椅子に乗っていた。
「ああ、背が伸びて、一段と美しくエレガントな女性になりましたね」
そう言ってアカデミー内の面談室で上品に微笑むネイスにレティシアは慌てて駆け寄る。
「ど、どうしたんだよ、ネイスさん、車椅子だなんて……!」
「気にしないで。少し体力が落ちただけですから」
「気にしないでって……まさか、またヴィジョンを見たのかよ? それで体を痛めたのか?」
レティシアの問いに、ネイスは曖昧に笑いながら首を横に振る。
「心配するほどのことではないの。本当に大丈夫だから」
レティシアは唇を噛んだ。ネイスの見たヴィジョンはやがて必ず訪れる未来だ。バティスティリ組の旧幹部連中を嵌められたのもそれを利用してのことだった。
そしてネイスは「ブロアード地区でゴブリンに襲われて致命傷かもしれない大怪我を負うルシエル」を見ている。しかし、前回のブロアード地区でのゴブリン騒動ではルシエルがゴブリンに怪我を負わされる場面はなかった。
(つまり、その場面は今後に起きるってことだ。それが明日なのか数年後なのかはわからねぇ。ネイスさんはそれをただ指を咥えて待ってることなんて出来ねぇんだ……。大切な人の命が掛かってるかもしれねぇんだ、当たり前さ。未来を覗き見する能力があるのに、それを使うのを我慢することなんてなかなか出来ねぇことだろうよ……。たとえそのせいで体がボロボロになるってわかっていても……。大切なあの人のためならって……!)
レティシアはそこまで考えて、自分がネイスの気持ちに深く共感できてしまうことに気付いた。同時にチクリと胸の痛みを感じる。
レティシアは拳を握りながらネイスの前に進み出た。
「ネイス様、もう未来を覗くのはおやめください」
いつもと違うレティシアの言葉遣いに、ネイスは首を傾げる。
「レティシア……?」
「うちがネイスさんの……いえ……」
ブロアード地区での言葉づかいが出てきて、レティシアは自分の頬を一度叩いてから言い直す。
「わたしがネイス様の目の代わりになります。わたしには特別な能力や技能はありませんが、頭だけは回ると思っています。もっと深く勉学に励んで、ネイス様が未来を覗かなくてもいいよう、世界を見通すことができるくらい頭を鍛えます。だから……!」
車椅子のネイスの前で膝をついてレティシアは彼女の手を取った。
「ご自身をもっと大切になさってください。ルシエル様もそれを願っておられるはずです」
レティシアは緑の瞳を真っ直ぐにネイスの瞳に向ける。ネイスもまた澄んだ水色の瞳で見つめ返した。
どのくらい二人で見つめ合っていただろうか。
「わかったわ。わたくしはもう『ヴィジョン』は見ません。あなたを信じます。ありがとう、レティシア」
ネイスの言葉を聞いて、レティシアの緑の瞳にうっすらと涙が滲んだ。
「ネイス様……わたしのことを信じて頂けて、わたしは幸せです」
安堵で項垂れるレティシアの赤い髪を、ネイスは微笑みながら優しく撫でた。
「ありがとう、レティシア。わたくしもあなたに出会えて幸せよ」
こんにちは、フミヅキです。昨日は更新できずに申し訳ありませんでした……。お詫びの意味を込めて、今日は夜にもう1話投稿しようと考えています。
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