第六夫人の華麗なる日常③
軽量の皮鎧を纏ったエルフの第五夫人キーリィは、金属製の手甲を嵌めた腕を掲げると精霊魔法の開始を告げる運指を始めた。まるで鍵盤楽器を弾くような優雅な指の動きだった。
「我が友よ、風の乙女シルフよ。我が声に応えて現世に姿を現せ。我が意を叶えよ!」
キーリィの言葉にしたがい、彼女にだけ見える小さな友人たちが空間に集い始める。風に長い髪を遊ばせる小さな妖精たちが、風に乗ってキーリィの周囲を飛び回る。
「ドラゴンのつけた火に向かって風を送るのよ!」
風の乙女たちはキーリィの依頼に応え、戦場で円形に燃え上がるドラゴンの火に向かって散らばった。彼女たちが歌い始めると突風が駆け抜け、それは竜の放った火をさらに大きな火炎へと育てながら円外周へ向かって延焼させていく。
「『炎の壁』ができたわ。これで敵は炎の円の中に援軍を呼べなくなった。対策を練られる前に大将を潰すわよ! レティシアなんかの作戦に従うのは癪だけれどね」
「キーリィ様、標的はおそらくあちらです!」
ローブ姿の女性黒魔術兵がロッドで指さした方角には鎧姿のデュラハンがいた。右手に剣を握った首無し男だ。よく見れば、剣を握っていない左手には黒い靄のような魔力残滓が漂っている。先程の魔術防壁を張った際の名残だろう。
「わかりやすく強力な魔力が駄々洩れている感じね。面白いわ」
キーリィは不敵に笑うと、デュラハンに向かって駆け出した。だが、その前に別の魔物たちが立ち塞がる。
「キーリィ様、ここは私たちにお任せを!」
女性剣士、女性魔術師、女性弓使いなど、キーリィと共に籠から出てきた遊撃隊の女性兵士達が魔物たち――コボルト、ゴブリン、スケルトン、グール、バシリスク、ゴーレムやグリフォンを相手に立ち回る。皆、魔物に引けを取らない戦闘力を見せている。
「悪いわね。行かせてもらうわ」
キーリィは軽快なステップを刻んで敵を躱しながら、デュラハンとの距離を詰めていく。そんなキーリィの進撃を知覚したらしいデュラハンから不気味な声で邪悪な呪文が発せられた。
【ドゥルゥゥゥン ガウゴガディィィン】
呪文に応じて魔法陣が出現し、何もない空間に巨大な「影の手」が発生すると、キーリィを握りつぶそうと上から襲い掛かってきた。
「キーリィ様!」
女性白魔術師が慌ててキーリィの上方に魔術防壁を張り、デュラハンの影の手が彼女を握り込むのをぎりぎりで防いだ。
「ありがとう」
そう言ってキーリィは女性白魔術師にウィンクすると、軽々とジャンプし、魔術防壁と影の手の指と指のわずかな隙間に身を捻って滑り込む。巧みなボディバランスで影の手をすり抜けた彼女は、そのままの速度でデュラハンに駆け寄り、間合いを詰めた。
「呼び出したほとんどのシルフは炎の壁の維持に使っていて、今、わたし自身に憑いている精霊は少ない――だから直接叩き込んでやるのよ! オラァ!」
キーリィ気迫の声と共に、鉄製手甲を付けた拳をデュラハンの腹部に叩き込んだ。
【ヒギャ! ヒグオォォ?】
驚いたような声を上げたデュラハンが吹き飛ばされた。彼の鉄製鎧の腹部は大きくえぐれ、中の肉体に突き刺さっている。
美貌のエルフの打撃はただの拳撃ではない。インパクトの瞬間に、彼女の腕に纏わりついたシルフが極度に圧縮した風圧を見舞っているのだ。
「わたしの迅さには魔術防壁なんて間に合わないでしょう?」
キーリィは得意げに「フフン」と笑う。
ふらつきながら起き上がったデュラハンは、剣を振るってキーリィに襲い掛かる。しかし、美貌のエルフはダンスを踊るようにステップを踏み、軽々とそれらを躱した。デュラハンは魔術も併用しての両面攻撃を仕掛けるも、キーリィは呪文詠唱時の隙を狙ってクリティカルな拳撃と足技をデュラハンに加えていく。
二人の力量の差は明らかであり、勝負はほどなくついた。
「こんなものかしらね?」
後に残ったのはベコベコに潰された鎧のような何かからはみ出す肉塊。
「ところでデュラハンってどうやって呪文を唱えているのかしらね? 頭はどうなっているの? まあいいわ。今はそれどころではないし」
キーリィは不思議そうに首を傾げつつ、魔物の残存兵を殲滅すべく戦場に向き直った。