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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第二章 レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒
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レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑱

 天藍楼の最上階、セリカの私室の隣に設けられた重要客との交渉用の応接間にはすぐに料理と酒が運ばれた。名産地から取り寄せた葡萄酒や、見た目も味も楽しめる小皿の数々に舌鼓を打ちながら、女性三人は話を続けた。


「セリカ姐さん、お店の様子は?」


「経営は順調よ。稼ぎ頭に見込んでいたお前は抜けてしまったけれどね」


「い、いやあ、そいつはすまねぇっつうか、なんつうか……」


「冗談よ。あの事件の後のどさくさに紛れて、あなたの暗躍であたしはここのオーナーの椅子を手にできたし、何より天藍楼は『蔓薔薇屋敷に辺境伯夫人を送り出した娼館』ってことで評判になったからね。レティシア様様よ」


 そう言ってセリカは艶然と笑った。話を聞いたキーリィがレティシアに尋ねる。


「たしかネイス先生が名家に養女になってからの蔓薔薇屋敷入りをあなたに提案していたと思うけれど、あなた、それを蹴って出自を隠さずにいるわね。それはセリカさんのためなの?」


「もちろんそれもあります。ネイス様のご提案はいらぬ詮索を受けぬようにとのお気遣いでしたが、わたくしは娼婦としてはまったく店に貢献できませんでしたので、少しでも名前が売れればと」


 ペロリと舌を出しながら言ったレティシアだが、再びその表情を引き締める。


「けれど、わたくしはこの街で育って、この街でネイス様やルシエル様に出会ったことがとても大切な人生の分岐点なのです。だから、ブロアードの姓は変えたくなかったのです」


 そう話しながら、レティシアはブロアード地区でのゴブリン騒動後の自分の辿った道を心の中で反芻した。



 捕らえたゴブリンでバティスティリ組のゼーダとその連れたちを葬った後、レティシアは辺境伯軍の詰所になっていた天藍楼でルシエルに頭を下げていた。


「無理言って私刑みたいなことさせてもらっちまって、すいませんでした」


「私の立場では、公の裁定と処罰を受けさせるべきと本来は言わなければならないのだがね。でも、君の怪我だけでは重い罪には問えなかっただろう。難しいものだよ」


 ルシエルはそう言ってレティシアに背を向けて溜息をついた。彼らがレティシアを脅したり暴力を振るったりしたのは確かだが、子供への暴行は「躾けのため」と不問にされる可能性があり、ネイスが体を痛めたのも彼らの直接の暴力によらないため罪状としては問えない。


「私自身も彼らには強い怒りを感じている。個人としては君に感謝したいと思っているよ」


 ルシエルはそう言ってレティシアを振り返った。色の異なる双眸は静かな怒りを湛えていて、その感情はレティシアに向けられているわけではないのにも関わらず、心の芯が震えあがるような圧力が感じられた。


 ルシエルの怒りの苛烈さは彼のネイスへの愛情の深さに比例するのだろうとレティシアは思った。すると、なぜか胸がチクリと痛むのを感じた。これは何なのかと、レティシアは自分自信の心の動きに首を傾げるが、答えはよく分からない。


「それでね、レティシア。礼と言ってはなんだけど、一つ提案があるんだ」


「え……? なんですか?」


 レティシアはハッとしてルシエルとの会話に集中し直す。


「君、王立アカデミーで学ぶ気はあるかい?」


「へ……?」


 呆けた顔のレティシアに、ルシエルはにっこりと笑う。


「我がギザリア辺境伯領の推薦枠を使って、君を王国首都にある王立アカデミーの特待生に推そうと思っているのだけれど。君は賢く、才能がある。王都で最先端の学問を身につけ、やがてはギザリア辺境伯領のためにその才能を使って働いてくれないだろうか。これはネイスも同じ意見なんだ」


「え……? え、え、えぇぇぇぇえ!」


 素っ頓狂な声でレティシアは驚愕の叫び声を上げた。



 ルシエルはレティシアを王立アカデミーに入学させるため、天藍楼からの身請けに必要な金も用意していた。


 娼館は女性を金で買って商品とする。娼婦は金を稼いで娼館への借金を返し終えれば晴れて年季が明けるわけだが、実はそれは容易なことではない。日々、お客をもてなすための店屋物や自室の調度品、自分を飾るためのドレス、化粧品などはすべて娼婦自身の負担となる。休暇をとるためには、自分自身の揚げ代を娼館に支払わなければならない。


 つまり、娼婦は実際の身請け金以上を稼がなければ自由にはなれないのだ。今回のレティシアのように娼婦としてデビュー前に身請けされてしまうと、娼館として損はしないものの、期待の売り上げを逃すことになる。


 ルシエルとネイスから、レティシアの進学のための身請けについて相談されたセリカは溜息をついた。


「わかりました。この子はあたしの手には余るってのは、今回のことでよく実感しましたからね」


 ゴブリン騒動でカッシール組は消滅し、バティスティリ組も幹部がいなくなってしまい、ブロアード地区の闇社会は混乱していた。その機に乗じて、レティシアは蜘蛛の巣のムートをバティスティリ組の指導的立場に押し上げ、天藍楼ではカッシール派だった前オーナーを追放し、セリカを新オーナーに就任させていた。


「レティシア、あなた、うちから巣立ってもうちが儲かるように色々手を回してくれるだろうね」


「それはもちろん。期待してくれよ、セリカ姐さん!」


 こうして、レティシアは初めてブロアード地区から外の世界へ旅立つことになったのだ。

こんばんは、フミヅキです。ブロアード地区ゴブリン騒動の顛末からのレティシアの進路決定編という感じのお話でした。さて、外の世界へと旅立つレティシアはどうなるのか……というのは、第一章に書いてあるのですが(第二章は過去編なので)。第一章へ至る道のりをこの後書いていきます。


ブックマークして頂いた方がいらっしゃって嬉しいです。ありがとうございました。

呼んでくださる皆様もありがとうございます。私の書いたお話を楽しんで頂けていたら幸いです。

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