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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第二章 レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒
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レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑮

 ゴブリン襲撃の喧騒はだんだんと天藍楼に近付いていた。


【ギュイアアアアアア!】

【ギュイギュイギアア!】


 ついに外壁のすぐ外にゴブリンたちの叫び声が聞こえ、一階の扉や窓を乱暴に叩く音が二階にも響いてきた。


「チッ……! 来たわね。あたしの店を傷つけやがって!」


 セリカが口惜しそうに舌打ちするのを、ネイスの腕の中でレティシアは震えながら見つめてい

た。老人たちは神に祈り、あるいはムートに縋る。ムートは恐怖に震えながらも虚勢を張っていた。


「大丈夫。大丈夫よ」


 ネイスはそう言ってレティシアを抱きしめる腕に力を込めたが、レティシアは改めて彼女の腕の細さを感じてドキッとした。


 その時。


 レティシアのすぐ隣の窓が乱暴に揺すられる音が聞こえた。


――ガタン!


 娼館の大きな窓を守っていた雨戸が乱暴に引き剥がされ、暗緑色の節くれだった指が窓の縁に手を掛けられたかと思うと、一瞬のうちに緑の体が室内に躍り出た。


【ギュイアアアアアア!】


 ゴブリンの威嚇が室内に轟く。緑色の節くれだった体のゴブリンはレティシアとそう変わらない背丈だが、筋肉は異常なほど発達していて、殺意の籠った目がぬめぬめと光っていた。


(壁を登ってきたのか、それともゴブリン同士が肩車でもして這い上がってきたか。いや、今はそんなことはどうでもいい!)


「く、く、くっそー!」


 レティシアは叫ぶと、ネイスの腕を振り解いて飛び出した。


「レティシア! 何を……!」


 慌てて引き戻そうとするネイスの腕を逃れて、レティシアはゴブリンの前に立つ。彼女は服の中に隠していた包丁を取り出して構えた。


「こ、これ以上、うちらに……ネイスさんに近付くんじゃねぇ!」


「駄目よ、レティシア! 戻りなさい!」


 悲鳴のような声で制止するネイスを無視して、レティシアはゴブリンと対峙する。自分の心の奥から湧き出す恐怖に必死で蓋をしながら、自分の背丈とそれほど変わらないゴブリンに向かって彼女は駆け出した。


「うおおおお!」


 思い切り包丁を突き出したが、ゴブリンは簡単にそれを躱し、レティシアの腕を掴んだ。


「ぎゃあああ!」


 ゴブリンが少し力を込めると、激痛が走り包丁が床に転がる。ゴブリンが今度はレティシアの首を掴んで持ち上げると、彼女の足先が地面から離れた。


(これでいいんだ!)


「い、今のうちに逃げろ!」


 レティシアの呻くような声に、ドリスがハッとしてムートの腕を揺すると、彼も我に返って叫んだ。


「み、みんな、今のうちに隣りの部屋に逃げろぉ!」


 体の自由が利かない者たちを連れてムートたちが必死に移動し始める。


「いや、いやよ、戻ってきなさい、レティシア!」


「アンタも行くんだよ! このままじゃ、あの子の行動が無駄になっちまうだろ!」


 セリカは口惜しげに顔を歪めながら、ネイスを廊下に移動させようとする。ゴブリンは彼女たちの動きには関心を寄せず、幼い人間が好物なのか、暗緑色の醜い顔をレティシアの首元に近付けてくんくんと臭いを嗅いでいた。


(うちもここまでかよ! 糞っ!)


 ゴブリンは大きな口を開けて、吐き気をもよおすような口臭を撒き散らしながら、レティシアの首に噛みつこうとした。目を瞑ったレティシアは自分がゴブリンに食い散らかされる様を想像していた。


 だが、そうはならなかった。


「な……!?」


 急にゴブリンの腕の力が弱り、レティシアは床に放り出される。彼女は目を閉じたまま、慌てて頭をガードするように腕を構えた。しかし、ゴブリン側から何のリアクションもなく、レティシアはゆっくりと目を開ける。


 ガードの腕の隙間から覗くと、目の前のゴブリンは背後からその胸に深々と剣が突き刺さっていた。それが引き抜かれるとゴブリンの傷口から赤黒い血が噴き出し、レティシアの腕と頬、そして、剣の持ち主の鎧を汚した。


「大丈夫かい?」


 そう言って、剣の持ち主である男性が微笑んだ。彼は床に落ちた包丁を見ると、レティシアに目線を合わせるために腰をかがめてから微笑んだ。


「君がネイスを守ってくれていたのかな? ありがとう」


 そう言って、男は剣を鞘に戻すと、レティシアのガードの腕を下げさせ、手近に落ちていた布を拾って彼女の顔についた返り血を拭ってくれた。レティシアはその男の顔を驚きと共に茫然と見つめる。


 辺境伯領を治めるギザリア家の者であることを示す、獅子桜花紋章を刻んだ鉄鎧を身に付けた、体の大きな男性だった。褐色の肌に鬣のような銀髪、右目は穏やかな青灰色、左は人間の黒目より大きな赤眼で目の周りを緑の鱗が覆っている。


(この人はまさか……)


「どうして……どうして、あなたが!」


 叫んだのはセリカに抱えられたネイスだった。彼女は水色の瞳を見開き、震えている。


「わ、わたくしはガブリエル様に辺境伯軍派兵を要請しました。でも、手紙にはくれぐれもルシエルにはここに来させないようにと書き記したはずです!」


 今にも涙をこぼしそうなネイスを見て、彼女に近付きながら鎧の男は困ったように笑う。


「君の危機を放っておけるわけがないじゃないか。それにネイスがいけないんだよ。たった一人で家を出るなんて無茶をして」


「だって、だって……わたくし……あなたのヴィジョンを見てしまって……それで、いても立ってもいられなくなってしまって……」


「私は大丈夫だよ、ネイス」


 にっこりと笑い、男はネイスの黒髪を優しく撫でた。


「さあ、私はゴブリンたちをやっつけてくるから、ネイスはここで皆と待っておいで」


「待って! 待って! 行っては駄目!」


「大丈夫。何も心配はいらない。私は強いからね」


 踵を返して窓に向かう男に、ネイスが叫んだ。


「戦いに行くのはわかったわ。でも、絶対に三叉路に近付かないで! 絶対によ!」


 レティシアはハッとしてドリスに向かって叫んだ。


「ドリス、地図をくれ!」


「は、はい!」


 レティシアはネイスがこの人物を未来視で見た場所に印を付けて渡した。


「ネイスさんが言っているのはここです」


「ありがとう、小さなレディー。それじゃあ、行ってくるよ」


 男はレティシアの渡した地図に目を通すと、二階の窓から外に向かって飛び降りた。


「な……!」


 驚いて下を覗き込んだレティシアの目は、着地の勢いでゴブリンを踏みつけて倒す男の姿だった。うじゃうじゃと通りを埋めるゴブリンを次々と剣でなぎ倒し、さらには魔術で焼き殺していく。まるで巨象と蟻の群れの対決のようで、勝負にすらならない。


 しばらくすると街の中心地から辺境伯軍の兵隊たちが合流し、ヘブンズゲートのゴブリンは見る間に駆除されていった。


 レティシアはネイスを見上げながら尋ねる。


「あの人ってもしかして……?」


「現ギザリア辺境伯のご子息で次期辺境伯であるルシエル・ギザリアです」


 レティシアの問いに、ネイスが応えた。


「あの人があんたの……婚約者ってやつ?」


「ええ。幼い頃からの許嫁で、幼馴染でもあるの。ああ、どうしてここに来てしまったのかしら……」


 今にも泣き出しそうな顔で震えるネイスの手をレティシアは握った。


「で、でもさ、あんたのヴィジョンは当たる……って言っても、あの人の怪我するところを見ただけで、死に様を見たってわけじゃないんだろ?」


「ええ……。そうね……そうよね……」


 口ではそう言いながらも震え続けるネイスを、レティシアは唇を噛みしめながら見つめた。

こんばんは、フミヅキです。いよいよ過去編に現辺境伯のルシエルが登場しました。ゴブリンで溢れたブロアード地区は無事に事件終息するのでしょうか?


「辺境伯の第六夫人!」を読んで頂いてありがとうございます。ブックマークしてくださった方もありがとうございます。

私の書いたお話を楽しんで頂けていたらとても嬉しいです!

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