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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第二章 レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒
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レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑭

 それから一日かけて蜘蛛の巣はブロアード地区の住人たちをエネリア砦とヘブンズゲートに避難させた。最初は子供の悪戯と鼻で笑ったり、蜘蛛の巣の新手の詐欺かと警戒する者も多かったが、カッシールのアジトを見せられたり、ゼーダの不在が知れ渡ることで説得力が増した。


 それでも信じずに街に残る者もいたが、さすがにそこまではレティシアも面倒を見きれず、放っておかざるを得ない。


 天藍楼では次々と押し寄せる老人や病人を前に、セリカがボヤいていた。


「まったく、レティシアは……。アンタはいつもいつも勝手に物事を進めて……。うちの店は養老院じゃあないんだよ!」


「いやぁ、すまねぇ、セリカ姐さん」


「人を引き受けるってことはねぇ、ただ場所を提供するだけじゃなくて、飲み物やら食べ物やら生活に必要なものを諸々用意しなきゃならないだろう?」


「いや、ヘブンズゲートならそこら辺もなんとかなるかなってさ……」


「アンタはいつから心優しい篤志家になったのさ!」


 セリカは口では文句を言いつつ、事態についていけずに目を白黒させるだけの娼館オーナーに代わって現場を取り仕切った。彼女を慕う他の娼婦たちもテキパキとその指示に従って動く。


「そのおじいちゃんはメリーちゃんの部屋に寝かせてあげて。ベッドが足りないって? なら、掛け布団を床に引いてそこに寝かせなさい」


「セリカ姐さん、もう掛け布団もないわ」


「じゃ、お隣から借りてきて頂戴」


「でも隣は娼婦も下働きも全員避難してるわよ」


「じゃあ、盗ってきちまえばいいよ。事件が片付いたら、このセリカが三つ指ついてお隣に頭を下げに行くから。寝具一式新品を献上しに伺うわ。ついでに料亭から食い物やら水やら、かっぱらってきちまいな」


「あい。姐さん」


 そんな娼婦たちを前に、老人や病人たちは恐縮していた。


「こんなに汚いババアがこんな場違いなとこに来ちまって申し訳ねぇよぉ……」


「この事態にそんな小さなこと気にしないでいいのよ。さ、横になって、お母さん」


「ヘブンズゲートにはホントの女神さんがいらっしゃるんだねぇ……! ありがてぇこった!」


 老人たちに拝まれて、セリカは苦笑した。


「みんな、やめて頂戴。高級娼館の売れっ子なんて言ったって、所詮は商売女なんですからね、あたしは」


 大半の老人と病人の避難を終えて、娼婦たちもエネリア砦へと向かった。


「セリカ姐さんとネイスさんも砦に避難しなよ」


 レティシアの言葉に、セリカが口を尖らせながら首を横に振る。


「は? 嫌よ。この店はゆくゆくあたしのものになるんだから。最後まで残るわ」


「わたくしもここに残って結果を見届けます。それに……今の体調ではとても砦までの道は歩けませんからね……」


 ネイスはヴィジョンを見たことによる体のダメージをおして病人の面倒を見ていたためか、いつも以上に顔色が優れなかった。


「それより、あなたですよ、レティシア」


「そうよ。アンタこそ子供のくせにこんなとこに残ってるんじゃないわよ」


「は? うちこそ、こっから動けねぇよ。今回の計画立てたのはうちだしさ」


 三人はお互いに睨み合い、それから吹き出した。


「まぁ、似た者同士なのかもしれないねぇ、あたしらは」


「そうですね」


「違いねぇや」


 三人が笑い合ったところで、天藍楼にムートとドリスが駆け込んできた。


「ついに出やがった! ゴブリンだ~!」


 二人は最後まで街に残って取り残された老人や病人や子供がいないかを確認していた。ただし、ムートは現在のブロアード地区の顔役として無理やり居残りさせられていて、逃げ出したくて半泣きの彼をドリスが宥めすかして街中を連れ回していたのだった。


「どんな様子だった?」


 天藍楼では老人と病人は二階に集めている。二階に駆け上がってきた二人にレティシアが声をかけると、ドリスが興奮気味に口を開いた。


「急のことでした! いきなり、蜂の巣を突っついたようにっつーのか、蟻んこが巣穴を一斉放棄したみたいにっつーのか、まず、第一地区の奴らの穴からどんどこゴブリンが溢れ出したんすよ。うちら、慌てて身を隠して」


「そしたらよぉ、他の地区の奴らの穴からも続々出てきやがってよぉ! オレは生きた心地がしなかったぜ……」


 ムートは震えながら自分自身の体を抱きしめた。その隣でドリスも神妙な顔で頷く。


「ドリスも正直、怖かったし、ゴブリンの大群は気持ち悪かったっす……」


「後をついてこられなかったか、ドリス?」


 ショックを隠し切れない様子のドリスだったが、レティシアの問いにはニヤリと笑い返す余裕はあった。


「蜘蛛の巣の逃げ足の速さと身の隠し方の上手さについちゃ、レティシアさんが一番ご存じでしょ?」


「それもそうだ」


 頷いたレティシアの腕を、半泣きのムートが揺する。


「こ、ここは大丈夫なんだよな、レティシア……!」


「わかんねぇよ。ってか、普通に考えて、そんだけゴブリンが溢れ出てきてるんなら、時間の問題だろ、奴らがここに来るのは」


「ひいいいいいい! ど、ど、どうすんだよ!」


「落ち着きなって、親方。もうじき辺境伯軍が来る。それまではアンタがガッツリ雄姿をみせてやるってのが重要なんだぜ?」


 レティシアの言葉どおり、ムートの姿を見た老人たちが彼を拝み始めた。


「おやおや、ムートさんじゃないか! あんたのおかげで避難出来たよ」


「ありがたや、ありがたや」


「最後までワシらのために残ってくれるなんて、男だね、アンタは!」


「それに引き換えゼーダさんは……。バティスティリ組の次の幹部はアンタしかいねぇやなって皆で話してたとこさ」


 口々に賞賛され、ムートはすっかりその気になったようだ。鼻の穴を膨らませてニヤつく彼は、拳を握りしめて立ち上がる。


「じっちゃん、ばっちゃん、オレに任せてくれや! とにかく、バリケード作っちまおうぜ!」


 普段は娼婦たちの部屋を彩る高級家具を壊して作っておいた材木を使い、すでに天藍楼の一階の窓は補強板を打ちつけて閉ざしてあった。ムートは唯一開けてあった扉も内側から板で固定し、家具類を扉や窓の前に寄せてバリケードにした。


 そんな作業が終わる頃には、天藍楼の中に閉じこもっていても外の異常がわかるようになっていた。


【ギュイアアアアアア!】

【ギュイギュイギアア!】


 ゴブリンたちの雄叫びが轟く中、逃げるのを拒否した人間たちの悲鳴と思しき声も混じって聞こえた。


「ぎゃああああああああ!」

「助けてくれぇぇぇぇぇ!」


 ゴブリンが街を駆け回り這いずり回る音、家々を襲撃して扉や壁を壊す音が轟く。


 さすがのレティシアも震えた。


 ゴブリンの腕力に掛かれば、素手でも留め具を下した窓や扉をこじ開けることは可能で、戦斧を持つゴブリンは壁を壊して侵入してくるかもしれない。頭の回る彼女だからこそ、襲撃の様々なシチュエーションが思い浮かんでしまうのだ。


 それに伴う自身の生命への恐れ。


 理不尽な暴力、窃盗の失敗で捕まって殴られた経験はレティシアにはあったが、命の危険を感じたのはこれが初めてだった。レティシアは震える我が身を抱きしめる。


「いらっしゃい、レティシア。大丈夫よ」


 まるでレティシアの心が伝わっているかのように、ネイスは優しい声音で彼女を呼んだ。レティシアは今は素直にその言葉に応え、腕を広げたネイスの体に抱き着いた。


「わたくしがあなたを守ってあげるわ。大丈夫よ」


 ネイスは体調不良から青白い顔をしていたが、言葉は力強かった。ネイスに優しく抱き締められたレティシアは、その暖かさに大きな安堵を覚える。だが、顔には不満の表情を作った。


「なんでそんなこと言うんだよ。うちを守ったせいで体を悪くしたのに。アンタは婚約者って奴と幸せになるためにここに来たんだろ。それなのに……」


「そうだけれど……。でも、きっと彼といるだけでは幸せにはなれないの。わたくしはあなたが大切なのです」


 そう言ってネイスはじっとレティシアを見つめた。


 綺麗に澄んだ水色の瞳。


 レティシアは何も言えなくなってしまって、黙ってネイスの胸元に顔を埋めた。


(ホントは「ありがとう」とか「嬉しい」とか言えればいいんだろうけどさ……でも、そんなこと言えっかよ!)


 レティシアはもどかしく思いながら、ネイスに抱きつく腕に少しだけ力を込めた。ネイスは柔らかく微笑んでレティシアを抱きしめ返し、幼子をあやすように彼女の背中を優しく撫でる。


(なんでこの人といるとこんなにホッとするんだろ……)


 レティシアは安らかな気持ちに導かれるままに、ネイスの腕の中で目を閉じた。

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