レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑬
レティシアは、蜘蛛の巣の現親方であるムートを、カッシールの組員たちの拠点に呼び出した。そこにはムートと共に掏りの少女ドリスもお付きとしてやって来た。
カッシール組員の死体も、そこに紛れるゴブリンの死骸もそのままの状態で、ムートは最初は青い顔でそれらを見ていたが、やがて顔を真っ赤にしてレティシアに詰め寄った。
「お、お前! 今度はオレを何に巻き込もうとしてるんだ!」
「ムートさんよ、これはチャンスなんだぜ。アンタがチンケな窃盗団の親方からマフィアの大幹部に躍進するためのさ」
レティシアは身長だけはやたらに高くなったムートの肩を叩いて落ち着かせながら、ゴブリンの事件のあらましを説明した。
「つまりさ、これからアンタはゼーダさんの代わりに事を仕切って、この街を守るヒーローになるのさ」
「はぁ? どういう意味だ? それに、ゼーダさんを差し置いて出過ぎた真似してみろ、『生意気に何やってんだ』って、オレはあの人に捻り潰されちまうぜ」
「大丈夫だ。ゴブリンにびびって逃げ出しちまうような奴に組の幹部が務まるかよ。ここでアンタが『バティスティリ組幹部代行』として颯爽と街の安全のための指揮をとってやれば、アンタはヒーロー、ゼーダさんは臆病者ってんで街の空気がガラッと変わるさ」
「む……!」
ムートが心引かれたような顔を見せた瞬間を逃さず、レティシアは畳み掛ける。
「ここだけの情報だがな、ゼーダさんたちはゴブリンに狙われてるのさ。殺されちまう可能性がすげー高い。そうすりゃ、アンタ、街の奴らに推されるさ。バティスティリの幹部を継げるのは、危険な中で指導力を見せたアンタしかいねぇってな」
「ゼーダさんたちが死ぬってのは間違いねぇのか?」
「ああ。今までうちが嘘の情報を渡したことはねぇだろ?」
(今回は多少盛ってはいるけどな。ま、あの女のヴィジョンどおりになるなら、そうなるのだろうさ)
チラリとネイスを見ると、彼女も硬い表情で頷いていた。
「で、オレに何をさせたいんだ、レティシア?」
「街の皆をエネリア砦へ避難させてほしい。間もなくゴブリンの群れがこの街を襲うからってな。ただ、混乱のねぇようにしないといけねぇ。このブロアードの地図で街区を分けてみたんだが、街区ごとに時間を決めて順に移動させるんだ。蜘蛛の巣のメンバーを伝令と誘導に使えばうまくいくはずだ」
ムートとドリスはレティシアの広げた地図をしげしげと見つめていたが、ドリスが疑問を口にする。
「けどさ、レティシアさん。ゴブリンが来るなんて、信じねぇ奴もいるんじゃねぇのか?」
「伝令役はここに落ちてるゴブリンの手足とか、その死骸を切り取って持ってけばいい。うるせぇ奴にはここを見せてもいい。それでも信じねぇ奴は仕方ねぇ。ほっとくしかねぇだろ。だが、いざって時に『エネリア砦に行けばいい』ってことさえ頭に入ってりゃあ、右往左往して住人同士の衝突だの喧嘩だのは避けられるはずだ。それだけでもだいぶいい」
「なるほどっす」
「厄介なのは病人や足腰の悪いジジババどもだな……」
レティシアの言葉にムートが渋面を作る。
「蜘蛛の巣は子供ばっかりだ。さすがに大人を担いで砦へ向かうなんて出来ねぇぞ。大人が担いだとしても厳しい」
「むぅ……だよな。そうだな、安全地帯の次点でヘブンズゲートへ集めるか……」
レティシアの呟きに、ネイスが首を傾げる。
「どうしてヘブンズゲートへ?」
「あそこは空き家が皆無の管理の行き届いた地所だ。だから、今現在、ゴブリンの地下通路があそこまで延びてる可能性は少ない。穴が開けば誰かが気付いて話題になってるはずだからな。それに、この辺よりは建物もしっかりしてるから、最悪、籠城戦になってもある程度持ちこたえるはずだ。老人と病人はうちの店に集めよう」
レティシアの言葉にネイスが頷く。
「なるほど。辺境伯軍が来るまでヘブンズゲートで持ちこたえられれば勝ちということね」
「そういうこと。おい、ムートさん、アンタ、これから何すりゃいいか、わかったかい?」
話を振られてムートが「む、むむ?」と少し慌てたような反応を見せると、すかさずドリスが口を開いた。
「つまり話をまとめれば、うちらがゴブリンの手足を振り回しながら街中でこう叫べばいいってことっすね。『街にゴブリンが来るぞ! カッシール組は皆殺しにされた! それを見たバティスティリ組のゼーダさんは逃げ出した! 辺境伯軍が到着するまで、蜘蛛の巣の親方ムートさんがゼーダさんの名代として街を守る! 皆、蜘蛛の巣の伝令に従って順にエネリア砦へ避難しろ! いいか、エネリア砦だ! 体の自由がきかない老人病人はヘブンズゲートの天藍楼まで運ぶ! 手伝ってくれる奴は声を掛けてくれ!』ってな具合に」
そこまで言ってから、ドリスはちらりとムートを見つめる。
「そういうことっすよね、親方?」
「お、おお。オレもそんな感じと思ってたところだよ」
「じゃあ、親方。そうと決まれば、街区ごとの移動の算段やら仲間の役振りやら決めちまいましょうぜ」
「そ、そうだな!」
ドリスに促されるまま、ムートはうんうんと頷きながら計画に納得した。レティシアは満足げに笑いながらドリスの耳元にそっと囁く。
「お前、飲み込みが速ぇじゃねぇか。なあ、ドリス、お前は見込みがある。ムートの奴をうまく操縦してやってくれ」
「了解っす。レティシアさん見てたら、表に立つよりそういう方が得ってわかってきましたんで」
二人の少女はニヤリと笑いながら頷いた。ここでネイスが遠慮気味に声を上げる。
「ムートさん……でしたね。お仲間に誰か足の速い方はいらっしゃいますか? わたくしがエネリア砦の兵団長へ避難住民受け入れを請う手紙を書きます。その方がスムーズに事が進むでしょう」
ネイスの提案にレティシアは指を鳴らす。
「そりゃいいや。けど、砦の兵士たちは避難民を捌くので手一杯になるだろうから、やっぱ砦兵で鎮圧って手は使えねぇだろうな」
「ええ。辺境伯軍の到着までになんとか街の皆さんの非難を実行しなければならないわ」
「それにしても手紙は助かるよ、ネイスさん。アンタの言葉なら、砦の偉い人も話を信用してくれるだろうから」
レティシアの言葉を聞いてネイスはハッと目を見開き、それからこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべた。レティシアは訝しげな様子で眉間に皺を寄せる。
「なんだよ?」
「初めてわたくしの名前を呼んでくれたから。嬉しいわ、レティシア」
そう言うと、ネイスは彼女のこめかみにキスをした。
「うっわ! な、なんだよ、何の真似だよ! おい……!」
レティシアは真っ赤な顔でこめかみを手のひらで擦り、ネイスはそれを見てクスクスと笑う。ムートとドリスが目を丸くしているのに気付き、レティシアはゴホンと咳払いをして、真剣な表情を作って取り繕った。
「と、とにかく! ブロアードの住民をゴブリンの手にかからねぇようにするんだ! いいな!」
『了解』
レティシアたちはそれぞれの仕事を果たすべく、カッシールの拠点を出た。
こんばんは。フミヅキです。
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