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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第二章 レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒
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レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒⑫

 カッシール組幹部と構成員の死体と血の池、それと共に転がるゴブリンの死骸や手足を見せられ、バティスティリ組幹部のゼーダは、これ以上ない渋面を浮かべていた。


「なるほど。カッシールが自滅したってわけか。そんで、レティシアよ。お前はその女と一緒にこれを嗅ぎ回ってたわけか? オレの依頼を無視して?」


「え、いや、その……」


 てっきりゼーダはゴブリン来襲の危機の方に関心を寄せると思っていたレティシアは、自分のことを鋭く睨みつけてくるマフィアの幹部の様子に戸惑っていた。


 ゼーダの不機嫌な顔はネイスにも向けられていた。


「しかも辺境伯軍を呼んだだと? 何様のつもりだ? お前ら舐めてんじゃねぇぞ! 立場ってのをわからせねぇといけねぇみてぇだな」


 その後、レティシアたちはバティスティリ組の拠点の一つに連れてこられた。周囲はマフィアの構成員だらけで、さすがのレティシアも額に汗を浮かべていた。


「そ、その……依頼を後回しにしたことは謝りますよ……。け、けどさ、今はそんなことよりもブロアードの安全を……」


「生意気言ってんじゃねぇぞ、くそガキが!」


 ゼーダがレティシアの腹を蹴りつけた。


「痛ぇっ!」

「レティシア!」


 腹を抱えて蹲ったレティシアにネイスが駆け寄ろうとしたが、組の構成員たちは彼女の腕を掴んでそれを止めた。


「オレはな、言う事きかねぇガキが一番嫌いなんだ!」


 腕を掴まれて動けないネイスの目の前で、ゼーダは床に転がるレティシアの背中を蹴り続けた。ゼーダが蹴り上げるたび、ゴツ、ゴリと嫌な音が鳴る。レティシアは頭を腕で守った状態で身を縮ませていることしかできなかった。


 ネイスは半狂乱で「もうやめてください!」と叫び続けるが、その声を聞き届ける者はいなかった。


 ようやくゼーダが蹴り飽きたところで、レティシアは頭を地面に擦り付けながら、絞り出すように声を出した。


「す、すみませんでした……勝手なことをしてしまって……ゼーダさん……」


「ふん。自分の立場を知れ、ガキが」


「レティシア!」


 ネイスは構成員をなんとか振りきり、しかし、杖を取られてしまったために地面に転び、それでも床を這ってレティシアに近付くと彼女の体を抱き締めた。


「いたいけな子供になんてことを! あなたたちはケダモノ以下です!」


「ア、アンタ……今この人に逆らうのは……や、やめなよ……!」


 痛みに意識が飛びそうなレティシアだったが、必死に意識を集中させてネイスを制した。


 それでも怒りを含んだ視線を向け続けるネイスに対し、ゼーダはそれを意にも返さず嘲笑うような表情を浮かべる。


「で、逃げ出したお嬢様はオレの……オレらの組のために何をしてくれるんだ?」


「そんなことよりも、今は街の安全の方が大事ではありませ……」


 ネイスが言いきる前に、ゼーダが彼女の顎を乱暴に掴んで顔を近付けた。


「自分の立場がわかんねぇなら、わからせてやってもいいんだぜ、世間知らずのお嬢さんよぉ?」


「何をするつもりか知りませんが、わたくしは何にも屈しませんよ」


 そのやり取りに不穏な空気を感じて、レティシアは痛む体で慌てて二人の間に割って入った。


「や、やめてくださいよ、ゼーダさん。この人に手を出したら、いくらアンタでもただじゃ済まないでしょう!」


 ゼーダは舌打ちし、ネイスを突き放して代わりにレティシアの体を掴み上げる。


「わかってるよ! お前ごときに言われなくても、そんなことはな! だから、こうするのさ!」


 そう言って、ゼーダは拳でレティシアの顔を殴り付けた。


「ギャ……!」


 叫んだレティシアの鼻から血が溢れる。


「アンタの代わりにコイツを痛め付けてやれば自分がどういう立場かわかるだろ?」


「な、なんてことを……!」


 ゼーダが薄笑いを浮かべながらもう一発レティシアに殴りかかろうとした時、ネイスが叫んだ。


「やめてください! わかりました! 何でもしますから、その子にそれ以上の暴力はやめてください!」


「はじめからそういう態度でいればよかったんだよ、お嬢様は」


 満足げに笑ったゼーダはレティシアを無造作に放り出した。床に蹲るレティシアをネイスが抱き締める。


「なんて酷いことを……」


「そんなことよりアンタ、未来が見えるんだろ? なら見てくれよ、オレの未来をさ」


「わたくしの未来視をお望み?」


 ハンカチでレティシアの鼻を拭ってやりながら、ネイスはゼーダを睨む。


「ああ。カッシールの厄日だとかのカード占いは料金次第って話だったが、未来視だけはどんだけ積んだって無理だって言ったよな? オレみたいな奴は無理だって言われるほど、やらせてみたくなるのさ」


「そうですか……。わかりました」


 ネイスが落ち着いた様子で同意したのを見て、レティシアの方が慌ててしまう。


「お、おい、やめろよ、アンタ! ヴィジョンって、アンタの体が……」


「大丈夫ですよ、レティシア。心配なさらないで」


 ネイスはアフタヌーンティーでも始めるかのように上品に微笑んでみせてから、ゼーダの目を見据えて言った。


「一つだけ注意しておきますが、わたくしが『視て』しまった『ヴィジョン』は未来の決定事項です。それでよろしいですね」


 凛とした表情で言うネイスを、彼女の膝に頭を預けながらレティシアはぼんやりと眺めた。レティシアはこの世で一番清らかなものを見ているような気がした。


「はじめます」


 ネイスが目を閉じて数呼吸分集中する。再び目を開くと、水色の瞳が白々と輝いていた。焦点の合わない目で何かを見つめながら彼女は口を開く。


「ゴブリンの群れ……穴から……這い出てきた者たち……あなたたちに襲いかかる。次から、次へと……まるで地獄の亡者の群れのように覆い被さり……あなたたちは皮を剥がれ肉を剥がれ……腕を脚を首を戦斧で刈り取られて……」


「もういい!」


「きゃあ!」


 ゼーダがネイスの頬を平手で叩いた。その衝撃でネイスが床に倒れ込む。


「だ、大丈夫か、アンタ……!」


 レティシアは痛む体をなんとか起こし、おろおろしながらネイスの肩を揺する。


 すると、ネイスはえずき、腹の中からせり上がってきたものを吐き出した。そこにはやがて血が混じり、ゴホゴホと嫌な音の咳と共になかなか止まらなかった。


「おい、アンタ、しっかりしろよぉ!」


「い、痛……!」


 胸の辺りを押さえてネイスは床でのたうち回る。


「しっかりしろって!」


 レティシアは必死にネイスに呼び掛け、彼女の背中を擦った。


 ゼーダはそんな彼女たちの様子には目もくれず、部下たちに言う。


「ふん……。嘘じゃねぇみてぇだな。おい、しばらくこの街を離れるぞ。準備しろ」


「はい」


 ゼーダの部下たちは手早く事務所内の金目のものや書類をまとめていく。


「ちょ……! ゼーダさん、待ってくださいよ! ブロアードの皆はどうするんですか! この人の未来視がホントなら、この街がゴブリンだらけになるかもしれないじゃないっすか! すぐに砦兵に進言する段取りしてくださいよ」


「知るか。その女の言うことがホントなら、オレらはとっととずらかった方が得策ってことだろうが」


 レティシアは狼狽しながら叫ぶ。


「お、おい! この街を仕切ってんのはアンタらだろ! 皆からみかじめ料とってんだ、こんな時こそ街のために……」


「うるせぇ!」


 レティシアはゼーダに蹴り飛ばされて床に這いつくばったが、めげずに立ち上がってゼーダに縋り付いた。


「せ、せめて、うちの店の人たちを……セリカ姐さんだけでも安全な所に連れてってやってくれよぉ!」


 ゼーダは再び無言でレティシアを突き飛ばし、部下を連れて事務所から去っていった。


「クソったれめ! この局面で使えねぇとは、とんだ見込み違いだ!」


 レティシアは悔しい気持ちのままに、近くの椅子を蹴り飛ばした。ネイスが杖を拾い、力なくヨロヨロと立ち上がる。


「レティシア、これからどうするのです……?」


「お、おい、アンタ、起き上がって大丈夫なのかよ……!」


「ええ。慣れていますから。でも少し……今回の発作は辛いかもしれないわ……」


 青白い顔で腹部の辺りを押さえるネイスを、レティシアはソファに座らせた。


「う、うちのためにこんなことする必要なかったのに……! なんでこんな……!」


「だって、レティシアの事が大切だから……」


「アンタの大切な人は婚約者だろ! うちは違うだろ!」


「でも、あなたが大切だと、守らなければと思えてしまったんだもの」


 ネイスはそう言うと、悪戯っ子のように笑いながらレティシアの頬を優しく摘まんだ。それは予想していなかった言葉と行動で、レティシアは緑の目を見開いてパクパクと口を動かすことしかできなかった。ネイスはまた微笑む。


「それに元はと言えば、あの人たちときちんと仕事内容と報酬について話を付けていなかったわたくしの責任です。そのせいでレティシアが殴られて……顔が腫れたりしないかしら? 心配だわ」


「う、うちじゃなくて、自分の心配をしろよ! バカじゃないのか、アンタ!」


「そうね。レティシアの方がずっと頭が良さそう」


 そう言って、ふふふと甘く笑うネイスに、レティシアはペースを乱されるばかりだった。


「さあ、賢いレティシア、考えて。辺境伯軍が到着するまで二、三日はかかかるでしょう。その間にこの街のために何をすべきかしら?」


「む……」


 レティシアは表情を引き締める。少しの間、思案してから彼女は自分の考えを述べた。それを聞いたネイスがゆっくりと頷く。


「なるほど。良い考えだと思うわ。ならば、わたくしも共に参りましょう」


「アンタは休んでろよ!」


「少し休めたので回復したわ。わたくしも一緒に付いていきます」


「ど、どうなっても知らねぇからな!」


 杖を付いて歩くネイスを支えながら、レティシアはマフィアの事務所を出た。

こんにちは。フミヅキです。

このお話は毎日更新のつもりが、昨日はうっかり失念してしまいまして……。すみませんでした。今日からまた更新がんばります。

ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。嬉しいです。

このお話を読んでくださる皆様もありがとうございます。楽しんで頂けていたら嬉しいです。

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