第六夫人の華麗なる日常②
レティシアの号令で吐き出されたドラゴンの炎に対して、魔物たちは素早く反応した。炎と相対するように、血色の魔術言語で記された禍々しい魔法陣が虚空に浮かび上がる。
それを見て、第五夫人のキーリィ・キニューリヤが舌打ちした。
「魔術防壁を張るなんて生意気ね!」
色白の肌に尖った耳、淡い金色の長い髪を持つ美貌のエルフである彼女は、憎々し気な表情を浮かべている。
魔物たちが張った魔術防壁はドラゴンの火炎を受け流した。ただし、炎を打ち消すことまでは叶わず、魔術防壁から逸らされた炎は周囲の魔物たちに燃え移る。魔術防壁に守られた部分だけが円形に燃え残った形だ。
「芯は焼けず、周縁部のみだ」
ドラゴンの背に騎乗して手綱を握る第二夫人(甲)ハミア・ハナーシュがそう告げると、この遊撃部隊に随伴している若紫色の口伝鳥がレティシアの声を再生した。
『計算通りです。ハミア様、焼け残った場所に籠の投函を! その後は敵の注意を引いてください。キーリィ様も手筈通りに……』
「下位夫人のくせに相変わらず生意気ね、レティシアは! 言われなくてもやってやるわ! 行くわよ、みんな!」
『はい! 我らが女子特殊攻兵隊の名の下に!』
キーリィの背後から勇ましい女性たちの号令がそろって聞こえた。
ハミアが手綱を握るドラゴンは脚に巨大な籠を掴んでいた。
ドラゴンは円形に燃え残った場所めがけて降下し、逃げ遅れた魔物たちを籠で踏みつぶしながら無理やり着地した。ドラゴンは脚から籠を放すと、翼をはためかせて再び上昇し始める。
「ただでは戻らぬ」
ハミアの宣言どおり、ドラゴンは土産とばかりに地上を離れる前に数体の魔物を口に咥え、カギ爪の生えた脚で掴み、空高く舞い上がった。ドラゴンは咥えた魔物を噛みちぎって咀嚼し、脚に掴んだ魔物を放して落下させた。落ちた魔物は衝撃で体が四散する。
それを見た他の魔物たちが絶叫した。
【ギィヤア、ヒギィアアアア!】
【ヒュリァ、グギィアアアア!】
悲鳴なのか、抗議の声なのか、怨嗟の言葉なのかは不明だが、魔物たちはドラゴンに向かって矢を射、ナイフを投擲し、自らの身体から爪や棘を発射し、魔術が使えるものは炎や雷を発した。そのほとんどがドラゴンの瑠璃色の硬皮に弾かれたが、一部、知能の高い魔物は手綱を握るハミアを狙って攻撃していた。
「あね様に牙を向けるか、無礼者めが!」
ハミアの後ろに騎乗する第二夫人(乙)マミア・ハナーシュは憎々しげに叫ぶと、両腕に持った鋼鉄製の巨大な盾を軽々と動かし、すべての攻撃を撃ち落とした。魔術攻撃さえもが盾に弾かれている。
「我らの施したハナーシュの呪法は破れぬ!」
盾の内側には骨を削って作った呪具がびっしりとはめ込まれていた。古の時代のドラゴンの骨や、ドラゴンに滅せられ恨みをもって死んでいった彼女たちハナーシュ族の祖先の骨を使ったものだ。すべての骨にハナーシュ族の固有言語で災い除けの呪法が記述されている。
竜使いの一族。
ハナーシュ族の別名だ。ドラゴンの巣のほど近くで遊牧して暮らす彼らは、ドラゴンの襲撃を受け多数の犠牲者を生む中で独自の呪術を生み出し、自分たちの身を守るだけでなく、ドラゴンを操る術をも編み出した古き民だった。
ハミアとマミアは褐色の肌にアッシュグレーの髪という部族特有の外見を持ち、その肌には戦士であり人妻であることを示す入れ墨が施されている。戦闘中の今はハナーシュ族伝統織物の戦士服を身に付けていた。辺境伯の妻となった二人のための特別誂えで、織り模様は蔓薔薇が施されている。
この双子姉妹で異なるのは、ドラゴンの手綱を握る姉ハミアが長髪なのに対して、妹マミアは短髪であること、そして、姉ハミアは目元に目隠し飾りを巻いているのに対して、防御担当のマミアは顔を見せて両手に盾を装備している点だ。
魔物達の注意は完全にこの双子姉妹の操るドラゴンに向いていた。
その間隙を狙い、ドラゴンが置いていった籠の側面が外に向かって倒れ、中から人影が現れる。
「行くわよ!」
掛け声とともに、大きな籠の中からエルフの第五夫人キーリィ・キニューリヤが外へと飛び出した。彼女に続いて籠からは剣や槍、弓、魔術ロッドなどそれぞれ得意の武具を手にした女性兵たちも姿を現す。皆、鎧やローブに蔓薔薇模様の意匠を施していた。