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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第二章 レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒
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レティシア・ブロアードの華麗なる覚醒①

 エネリア砦から帰還して数日後、第一夫人ネイスの熱も下がり、今日は蔓薔薇屋敷の一室で夫人たちはネイスから文学の講義を受けていた。今日はフィリブル古文の詩歌の解釈だ。


 現代のフィリブリア王国公用語とは使用する文字種や単語の意味が若干異なり、詩歌の構成にもいくつか決め事がある。ネイスはいくつかの詩歌を朗読しながら解説した。


「このように詩歌のキーワードとなる語と似た発音の季語を併用して作者の気持ちを表現しているのです。また、韻を踏んだリズムの美しさも重要視されました。それでは皆さん、実際に古語を用いて詩歌を作ってみましょう。テーマはそうね……大切な人へのお手紙に最後に添える詩としましょう」


 ネイスの言葉に従い、夫人たちが紙にペンを走らせ始める。


 ネイスは車椅子をメイドに押してもらいながらハミアとマミアの席に近付いた。


「今回の講義は、ハミアには耳の情報だけでは難しかったかしら?」


「マミアがハミアの手のひらに古言葉をなぞって教えてくれた。ある程度理解できたと思う」

「あね様の詩歌はマミアが代わりに記すぞ」


「まあ、二人で協力して素晴らしいわ。それだったら、二人で一行ずつ記す連歌に挑戦してみてはどうかしら」


『わかった、やってみる』


 双子の返事がぴったり重なり、ネイスは微笑む。ネイスは、今度は伊織の席に向かった。


「伊織はまずは『読み』から始めましょうね」


「はーい!」


「このご本をあげるわ。わたくしが小さな頃によく読んでいたものなの」


「わー、綺麗なご本! ネイス先生、ありがとー! 伊織お勉強がんばる!」


 つっかえながら声に出して読み始める伊織を、ネイスはところどころ助け舟を出しながら見守った。


「よく読めたわね。今読んだところの書き取りをして御覧なさい」


「はーい!」


 ペンを握って文字を書き始めた伊織の姿に頬を緩めつつ、ネイスはキーリィの手元を覗く。


「キーリィはもうこんなに書けたのですか? すごいわ。それに美しい詩ね。字も綺麗だわ」


「うふふ! わたし、こういうセンスは結構あるの。知っているでしょ、ネイス先生?」


「でも、いくつか誤字がありますね」


「あらら?」


 キーリィは眉間に皺を寄せながら、ネイスにより赤字で修正された文字とにらめっこする。


 最後にネイスはレティシアのなかなか進まないペンを見つめた。


「ゆっくりでもいいのよ。自分の美しいと思う言葉を見つけてみて、レティシア」


「はい……」


 隣の席のキーリィは、真っ白なレティシアの綴り紙を見て、嬉しそうにニヤニヤと笑う。


「あなた知識はあるけれど、実はクリエイティブなセンスはないわよね。字もヘタクソだし」


「うぅ……。せっかちなので、最低限読めればいいと急いで書くのが癖になってしまっていて」


「なんか不器用なのよねえ、あなた。刺繍をすると指を穴だらけにするし」


「もう! キーリィ様、意地悪言わないでください!」


「ふふ! レティシアったら顔が真っ赤になっているわよ」


 キーリィは赤く染まったレティシアの頬をつんつんと突っつく。


「キーリィ、あんまり人をからかうものではないわ」


「はーい」


 ネイスに窘められたキーリィは素直に自分の作業に戻った。


「では今日の講義はこれでお仕舞にしましょう。次の講義までに詩歌を完成させてきてくださいね。質問はいつでも受け付けます」


『はい!』


 講義室から夫人たちはそれぞれに部屋に向かって帰り始める。ネイスの車椅子はレティシアが押していた。


「あの……ネイス様、少しご相談したいことがあって」


「どうしたの?」


「わたくし、また故郷に顔を出してこようかと思うのですが、よろしいでしょうか」


「まあ、レティシア……。わかったわ」


「ずるいわ、レティシア! わたしもお出かけしたいわ!」


 耳聡く聞きつけたキーリィが駆け寄って来て、レティシアの袖を掴んで揺する。ネイスが困ったように眉尻を下げて微笑んだ。


「キーリィ、レティシアの里帰りは遊びではないのよ」


「え~?」


「お仕事の意味もあるものだから。連れていくのは護衛役のメイド一人だけなのよ」


 優しく諭すネイスに、レティシアがおずおずと声を掛ける。


「あの、実はネイス様、わたくし、今回の里帰りの随伴者をどうするかご相談したかったのです。わたくしのメイドのマリアが、しばらく彼女のお姑さんの病気療養の面倒を見るために宿下がりするのです。もしキーリィ様に随伴して頂けるのであれば、道中とても心強いのですが……」


「まあ、そうなの?」


 レティシアの言葉を聞いたキーリィは、自信ありげに胸を張る。


「そういうことなら、最強の格闘家たるこのわたしに任せなさい!」


 ネイスは頷きながら微笑んだ。


「わかったわ。そういうことであれば二人で行っていらっしゃい。道中くれぐれも気を付けて」


『はい!』


 二人の元気な返事が重なる。すると、レティシアたちの先を連れだって歩いていたハミアとマミアが振り返ってニヤリと笑った。


「気を付けろよ、レティシア。キーリィに先頭を歩かせるのはだめだぞ」

「方向音痴が過ぎて実家へ帰れなくなった奴だからな」


 途端にキーリィの顔が赤くなる。


「も、もう今はちゃんと森への道順は覚えているわ……!」


「たまには帰らんのか」


「だって、家出同然で出てきちゃったんだもの……」


 キーリィは口を尖らせてぷいと横を向いた。ネイスにもらった本を大事そうに抱えながら歩いていた伊織が、びっくりした顔でキーリィの顔を見上げる。


「そおなのぉ? どうして家出なんかしたのー?」


 伊織の疑問にはハミアとマミアが回答した。


「エルフの棲む森は他種族が容易に立ち入らぬよう、そしてエルフが安易に外の世界に出て行かぬよう、結界が張られている。しかし、キーリィは人間の世界に興味を持ち、結界を破ってエルフの森から抜け出てきたのだ」

「こ奴はしばらく人間世界を楽しんだのだが、森への帰り方がわからなくなった。途方に暮れているところを卿に保護されたのだ」


「し、仕方がないじゃない! おじい様……エルフの長老が『出る』のと『入る』のと、結界迷路のルートをまったく変えているなんて知らなかったんだもの!」


「キーリィ、保護されたお前はあっさりと卿に惚れたな。卿へのアプローチもすごかったぞ」

「卿へはお前から求婚したのだったな。卿も楽しげに同意しておられたが」


「それだけルシエルが素敵だったってことよ! ルシエルは森への帰り方を解析してくれて、わたし、一旦森に帰って彼との結婚の許しをもらおうと思ったのだけれど……」


 キーリィは珍しく顔を曇らせる。


「自分の一族を悪く言いたくはないのだけれど、エルフはすごく保守的なのよ。うちの家は一応、エルフの森を束ねる家系だったし……異種族との結婚なんて認めてくれなかったわ。両親は慌ててわたしをエルフの男と結婚させようとして……」


 話を聞いていたレティシアは手を組み、目をキラキラさせながらキーリィを見つめる。


「エルフのお姫様が辺境伯と駆け落ちしたというお話ですよね! なんてロマンチック……! 何度お話を聞いても憧れます!」


「ふふふ! あなたとの旅の道中、わたしとルシエルの恋バナを聞かせてあげてもいいわ」


「わあ、楽しみです! あの、あの……キーリィ様、もしよかったら……もしよかったらなんですけれど、わたくしの恋愛相談にも乗って頂けないでしょうか」


「別にいいわよ。恋愛マスターのこのわたしに任せなさい!」


「嬉しい! あのあの、夜は同じ部屋でお菓子を頂きながらお話をしても?」


「あら、いいわね。あなたも案外可愛いところがあるじゃない」


「ふふふ! お友達との旅行のようなことをしたことがないので、とても楽しみです! お友達だなんて畏れ多いことですけれど……」


 上目遣いにキーリィの顔を窺うレティシアに、キーリィは得意げな様子で笑った。


「今回はお忍びでの旅になるのでしょう? だったら、特別に下位夫人のあなたがわたしの友達と名乗ることを許してあげるわ。その方が周りにも自然に見えるでしょうし」


「わわわ! 嬉しいです! よし、やったぜー! あ、あ、ついお国言葉が……!」


 珍しくレティシアははしゃいでいた。そんな彼女の様子を見て、ネイスは嬉しそうに目を細めた。

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