第六夫人の華麗なる日常⑪
夜、レティシアは自室で専属メイドのマリアにいつもより念入りに髪を整えてもらっていた。
辺境伯ルシエル・オール・ギザリアから蔓薔薇のブーケを受け取ったからだ。それはレティシアが今宵ルシエルの寝所に招かれたことを示していた。
「ああ、もうダメ! 緊張でおかしくなってしまうわ!」
思わず赤い髪を振り乱して身悶える第六夫人を、マリアは苦笑しながら見つめる。
「レティシア様、じっとして頂かないと髪が梳かせませんよ」
「あ、ごめんなさい……」
レティシアは顔を赤くしておとなしく鏡台の前に座り直す。
「ねえ、マリア、わたくし綺麗かしら。大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。レティシア様は世界で一番お美しいです」
「そんなことはないわ。ネイス様の可憐なお美しさは世界一だし、ハミア様とマミア様の凛々しい麗しさには誰も敵わないし、伊織様のお可愛らしさは見るだけで失神してしまいそうだし、キーリィ様の魅惑的な佇まいにはクラクラしてしまいます。ああ、皆様なんてお美しいの!」
「レティシア様は本当に奥様方がお好きなのですね」
「ええ。わたくしの大切な方々です」
鏡越しにマリアはレティシアに向かって優しく微笑む。
「でもルシエル様のことも大切でしょう?」
「もちろん!」
「その気持ちを素直にお伝えすればいいのですよ」
「で、でも、いざお姿を前にすると何て言えばいいのか、わからなくなってしまって……」
「レティシア様は戦場やお仕事ではあんなにご立派に受け答えなさるのに」
「わたくしにもどうしてかわからないわ……」
レティシアはしゅんとして目を伏せた。マリアはレティシアをリラックスさせるように肩をマッサージする。
「それだけルシエル様を愛していらっしゃるという事ですよ。でも、きちんと伝えられる時に伝えておかないと後悔なさいますよ」
「マリア……」
マリアは戦士だった夫と子供を魔物たちとの戦闘で亡くしている。経済的な自立と魔物への復讐を願って蔓薔薇屋敷の門を叩いた女性だった。
「わたくし……がんばります!」
拳を握りこみながら誓うレティシアに、マリアは優しく頷いた。
※
(でも……「がんばる」とは言ったものの、何をどうすればいいのまったくかわらないわ……!)
マリアに辺境伯の寝室まで案内してもらったレティシアは、緊張でいたたまれない気持ちでベッドの縁に腰かけていた。ランプの灯が揺らめく中、彼女は下を向き、何度も手を組んでは解きを繰り返す。
隣に座るルシエルが心配そうにレティシアの顔を覗き込んだ。
「どうかしたかい、レティシア?」
「! い、いえ、な、な、なんでもないんです、えーっと……わたくしはただ、その……」
(ルシエル様のことが好きすぎて緊張しているんです……と言いたいのに……)
思ったとおりの言葉が口から出てこないもどかしさが、さらにレティシアを焦らせ、羞恥から頬と耳が真っ赤になっていく。
「レティシア、大丈夫か? 気分が悪いのでは?」
「ち、違うんです! わ、わ、わ、わたくしはただ……ふげぇ!」
ルシエルに優しく手を取られて、レティシアは間抜けな悲鳴をあげながら辺境伯の顔を見上げる。
目の前にはルシエルの優しい顔。深い青灰色の瞳と、大きな赤眼に自分の姿が映っているのが見える距離だった。
顔が真っ赤なレティシアは口をパクパクさせながら、やはり言葉がうまく出てこない。
(情けない女だなうちは! 小娘じゃねーんだから、モジモジしてんじゃねえよ! ああもう! ワケわかんなくなって昔の言葉遣いが出てきちまうじゃねーかよ!)
頭がくらくらして、心臓がめちゃくちゃなリズムを刻み、レティシアは倒れてしまいそうだった。
そんなレティシアを見てルシエルはくすりと笑う。
「大丈夫だ。言わずとも、レティシアの気持ちは伝わっているよ」
そう言って、ルシエルはレティシアをそっと抱き寄せる。
(ルシエル様……!)
レティシアはルシエルのぬくもりに包まれた瞬間、気が遠のいた気がした。ルシエルのがっしりした体と自分の体が密着している状況が信じられなくて、彼の体から伝わってくる熱と微かな香水の匂いが彼女をさらに混乱させた。
「ル、ル、ル、ルシエル様……!」
「レティシア、大丈夫だ」
ルシエルは子供をあやすように優しくトントンとレティシアの背中を叩く。そのうちにレティシアも落ち着いてきて、彼女は思い切ってルシエルに縋り付くように彼の体に腕を回した。
(わたくしは本当に……本当にルシエル様のことを愛しています)
心の中で告白して、レティシアは目を瞑り、ルシエルに身を任せた。




