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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第一章 第六夫人の華麗なる日常
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第六夫人の華麗なる日常⑩

 ギザリア辺境伯の居城、カタロニア城の裏手には離れの棟が存在する。品種改良により年間を通して咲き誇る蔓薔薇で幾重にも取り巻かれた柵とアーチを越えると、古めかしい煉瓦色の屋敷が現れる。


 蔓薔薇屋敷(ランブラーローズメゾン)


 公の記録上では辺境伯直属・女子特殊攻兵隊員たちの宿舎だが、初代辺境伯の時代からここは彼らの夫人たちが居住するハーレムだった。


 この場所は辺境伯領統合の象徴でもあるため、各部族・各種族から美しい女性たちが集められるわけだが、ただ美しいだけではここに来ることはできない。何らかの秀でた能力を持っていることも必要だ。それは女子特殊攻兵隊の一員としてという理由と共に、より多彩で多才な辺境伯の跡継ぎを儲けるためでもあった。


 エネリア砦での戦から帰宅した翌日、第一夫人のネイスを除く辺境伯の夫人たちは、蔓薔薇屋敷の美しく整えられた庭でティーパーティーを開いていた。暖かい陽気で、青い空の下、ガーデンテーブルを並べての会食にはぴったりの日だった。


「むむぅ! このスコーンなかなか美味しいじゃない!」


 美味に唸るエルフのキーリィに、ハミアとマミアがニヤリと笑う。


「ハミアとマミアのメイドが焼いた。ハナーシュ族伝統焼き菓子のスコーン風だ」

「紅茶に合うよう改良したものだ。気に入ったならもっと持ってこさせるぞ」


 戦場での勇ましい格好とはうって変わって、キーリィは繊細な花飾りの付いた緑色のドレス姿、ハミアとマミアもハナーシュ族伝統の華やかな格子柄のチュニック姿だった。


 着飾った夫人たちが席に着いたガーデンテーブルには、蔓薔薇屋敷の制服を着たメイドたちがお菓子の盛られた銀食器やティーセットを並べていく。これらのメイドたちや庭で薔薇や庭木の手入れをしている女性庭師たちは、有事には鎧や魔術ローブを纏い、それぞれの武器を持って戦場に出る兵士でもある。


 他の夫人たちが談笑する中、レティシアも紺と白の上品なドレス姿ではあったが、書類に目を通しながら蔓薔薇屋敷の女執事と話し込んでいた。


「カタロニア城の財務長官から依頼されていた税務の特別監査ですが、半分が終わりました。これを長官に渡しておいてください」


「承知致しました。それと、レティシア様、実は蔓薔薇屋敷の食材について出入り業者が値上げを申し入れてきたのですが」


「入札終了後の値上げは許容できかねます。ただ、不漁の影響はあるでしょう。豊作だった麦の価格低下との差し引きで、全体として当初水準で決着できればいいのでは?」


「承知致しました」


「ああ、それから今回のエネリア砦での我が隊の報告書はもう少しかかりそうです。今回は通常のモンスター・スタンピードとは異なるものでした。何者かが指揮をとった上で魔物たちが戦闘行動をとっていた――我らの成果については容易に纏められますが、魔物たちの目的や、今後同じようなことがありうるかなど、分析には時間がかかりそうで……」


「何かお手伝いができますか?」


「そうですね……過去の事例が知りたいので、エネリア砦から歴代の交戦記録を取り寄せておいてください。特にデュラハンとの交戦記録については漏れがないよう」


「了解しました」


 真面目な顔でそんなやりとりをするレティシアを、今日は薄桃色の着物を着た伊織が頬を膨らませながら見つめていた。


「もうレティちゃんってば難しいお顔してー。お仕事ダメー! 今はおやつの時間だよぉ!」


「伊織様! 失礼致しました……!」


 レティシアはハッとし、恥ずかしそうに顔を赤らめ、書類をすべて執事に渡してティーカップを取った。レティシアの隣に座るキーリィはニヤニヤと笑いながら言う。


「ああいやだ。わたしは『仕事が趣味』みたいな辛気臭い女にはなりたくないわね」


「何かに集中してしまうと他が見えなくなってしまうのです……」


「あなたは真面目ちゃんねえ」


 キーリィはニヤニヤ笑ったまま、まだ赤みの消えないレティシアの頬を指で突いてムニムニと弄んだ。


「もう、キーリィ様ったら、おふざけになるのはやめてください」


「いいじゃない。だって、案外あなたのほっぺたがモチモチしていて気持ちがいいし」


「キーリィ様! もう……! ああ、スコーンが来ましたよ」


「まあ!」


 キーリィはレティシアの頬から指を放し、喜色満面でメイドの運んできた皿を受け取ると自分の前に置いた。皿には香ばしい匂いのスコーンがいくつも並んでいて、彼女は早速手に取って齧りついている。


「あね様、キーリィが当たり前のようにスコーンの皿を自分のものとしたぞ」

「一人で全部食べる気か? 体型のために控えると前に言っていなかったか?」


 呆れ気味にハミアとマミアに言われて、今度はキーリィの顔が赤くなる。


「い、いいのよ! その分、運動してるもの!」


「じゃ~、伊織が作ったお菓子もあげよっかぁ? じゃーん『伊織特製クッキー』!」


 伊織がニコニコ笑いながら、ドス黒い塊がいくつも乗った皿をキーリィに差し出した。なぜかその小さな物体からは生ごみと火山ガスの混じったような異臭が漂ってくる。


 途端にキーリィの笑顔が固まった。


「え……。い、いいえ、え、遠慮するわ、伊織ちゃん。あ、やっぱり、わたし、お菓子は控えることにする! スコーンもみんなで分けましょう……」


 いそいそとスコーンをトングで他の夫人たちに取り分け始めるキーリィを、伊織は首を傾げながら見つめる。


「ふーん? キーちゃん本当にいいの? じゃあ、レティちゃんは食べるぅ?」


「喜んで頂きますわ」


 レティシアは伊織が差し出したそれを一つ摘まみ、口へ放り込んでバリバリと噛み砕いて飲み込んだ。他の夫人たちは顔を引き攣らせながらそれを見つめる。


「ハミアは臭いしかわからんが、触れるのも憚られる臭いだ……」


「マミアも伊織のアレだけは食べようと思わん」


「レティシア、あなたよく食べられるわね」


 キーリィの困惑顔に、レティシアがニコリと笑う。


「なかなかの美味ですよ。珍味的なうま味と苦味の独特なハーモニーが癖になります」


 伊織が「伊織特製クッキーを焼く」と言って小麦粉に正体不明の粉や液体をぶち込んで掻き混ぜオーブンで焼き上げる様子を、他の夫人たちやメイドたちは何度か目撃していた。オーブンで焼いている最中の異臭によりメイドが倒れたとか、床に落ちたそれを食べた鼠が失神したとか噂され、しばしば「あれは本当にクッキーなのか、そもそも食べ物なのか」が彼女たち間で議論となっていた。


「美味しいんだから皆も食べればいいのにぃ!」


「い、いや……ハミアはいい」

「マミアも遠慮する……」


「い、伊織ちゃん……わたしたちのことは気にせず、好きなだけ食べていいわ」


「いいのー? じゃあいっぱい食べちゃおーっと!」


 伊織はご機嫌で「特製クッキー」をバリバリとすごい勢いで頬張り始める。レティシアもさらに何枚か摘まんで口にした。


「レティシアの味覚ってすごいわね……。まあ、あなたの生まれを思えばわかるけれど……」


 キーリィが妙な感心を滲ませながら言った。


 その時、蔓薔薇のアーチから男性の声が聞こえた。


「なんだ、皆、外に集まっているのか」


 この辺境伯領で蔓薔薇屋敷に立ち入ることができる男性はたった一人だ。


「ルシエル様!」


 執務の合間に辺境伯がやって来たのだった。蔓薔薇と季節の花が咲き誇り、木々が心地よい木陰を作る庭園を、彼はリラックスした様子で歩いて来る。


「ルシエル、ここ空いてるわよ。一緒にお茶にしましょうよ」


「ルシエルさまも伊織のクッキー食べるぅ?」


「ああ、美味しそうだ」


『え! ちょ、待っ……!』


 ハミア、マミアとキーリィが制止する暇もなく、庭園のテーブルセットについた辺境伯が「伊織特製クッキー」を一つ摘まんで口に放り込んだ。しっかり咀嚼して飲み込んだ辺境伯は、色と形の違う二つの目を細めてにっこりと笑った。


「うん、なかなか美味いな。伊織がこれを作ったのか。凄いじゃないか」


「でしょでしょ~? 伊織、パティシエの才能あるかもぉ!」


「伊織様の作るお菓子は独創的で素晴らしいです。止まらない癖になる味なのですよね」


 レティシアの言葉にルシエルが「うむ」と頷く。


「ルシエルさまもレティちゃんも、もっと食べていいよぉ!」


 伊織に勧められるまま、辺境伯とレティシアはどんどん「伊織特製クッキー」を摘まんでいく。ハミア、マミアとキーリィは引き攣った顔を見合わせた。


「信じられないわ。百歩譲ってレティシアはバカ舌でわかるけれど、ルシエルは相当なグルメのはずなのに! どうしてそんなに舌が強靭なの……!」


「わからん……」

「我らには理解の及ばぬ美食と悪食の境地なのかもしれん」


 三人の夫人がコソコソと感想を話し合っているうちに「伊織特製クッキー」はすべて消費されていた。


 メイドの淹れた紅茶を飲みながら、ルシエルが問う。


「ところで、ネイスがいないようだが、どうかしたのかい?」


「お疲れなのか、今朝から熱を出されて……。お部屋でお休みされています」


 レティシアの説明にルシエルの顔が曇った。


「そうか……。顔を出しておこう」


 ルシエルが席を立つと、キーリィも立ち上がった。


「わたしも一緒に行くわ、ルシエル。ネイス先生から出された刺繍の課題が出来上がったから差し上げたいの。もともとプレゼントするって決めていたから先生のお名前も刺したのよ。ねえ、いいでしょ?」


「騒がなければな、キーリィ」


「わかっているわ!」


 連れ立って館に向かうキーリィとルシエルを、他の夫人たちは見送った。


 第一夫人ネイスは辺境伯領においてギザリア家に次ぐ名家リベイラ家の出身だ。幼い頃から淑女として必要な教養を身に付けた彼女は、健康状態に問題がない時には他の夫人たちの要望に応じて外国語や文学、刺繍などの授業を行っていた。


「ねーねー、そういえば、伊織ね、聞きたいことがあるんだけどー」


 ティーカップを両手で抱えながら伊織が言った。


「なんですか、伊織様?」


「この前、伊織ね、夜ね、厠に行きたくて目が覚めたの」


「まあ、お偉い!」


「伊織、もうおねしょなんかしないもん!」


 口を尖らせる伊織に、レティシアは慌てて頭を下げる。


「そうでしたわ! 失礼致しました」


「ちゃーんと一人で厠に行けるもん! うん……? 何の話だったっけ? あ、そだ、でねでね、夜、厠行こうとしたらね、ハミアちゃんとマミアちゃんとユールがルシエルさまのお部屋に歩いてってたの」


「え……」


「でねでね、ユールはルシエルさまのお部屋に入らないでメイド部屋の方に戻ってって。ハミアちゃんとマミアちゃんだけお部屋に入ってって、すぐ出てくるかなーって待ってたのに、全然出てこないの。二人はルシエルさまのお部屋で何してたのぉ……?」


「ぶっ……!」


 レティシアは思わず紅茶を吹き出しそうになって慌てて口を手で覆った。


 ユールというのはハミアとマミア付きのメイドだ。夜、辺境伯の寝所にお呼ばれされた夫人を部屋まで送り届けるのが専属メイドの仕事の一つなのだ。ただし、伊織はまだ寝所に侍る年齢に達していないため、性知識を含めそういったルールは教えられていない。


 レティシアが何と伝えるべきか思案していると、マミアが先に口を開いた。


「男と女の愛の交合をしていたのだ」


「ぶっ……!」


 レティシアは再び紅茶を吹き出しそうになる。


「一般的には男女一人ずつでするものだがな。我ら姉妹はいかなる時も二人共に在る。卿の褥にお仕えする時もまた……」


「ちょ……! マミア様!」


 レティシアが慌ててマミアの言葉を遮ると、マミアは不思議そうな顔をした。


「時が満ちれば伊織も知ることだ」


「だとしても伊織様はまだ七歳ですよ!」


「マミアは小さな頃、とと様とかか様のそれや、兄様たちと嫁様方のそれをよく覗いていたぞ。遊牧の天幕の中でよく励んでおられた」


「マミア様!」


「目の見えぬあね様にも様子を仔細に伝えたことを思い出す」

「ハミアはマミアの言葉を想像しながらドキドキしていた」


 朗らかに笑う双子姉妹の姿に、レティシアは額を押える。


「ハミア様まで! ご姉妹で何をされているんですか!」


「なあにぃ? なんの話ぃ? 伊織も混~ぜ~て~」


「えぇ! い、いえ、えぇっと……、あ、そうだ、伊織様、出入りの問屋から帯留めが届きましたよ。ご覧になりますか?」


「え、え、新しいやつー? 見る見るぅ!」


「では行きましょう! 可及的速やかに参りましょう!」


 何とか誤魔化したレティシアはホッとして、伊織の手を引いて屋敷に向かう。レティシアがちらりと振り返るとハミアとマミアが楽しげに笑っていた。


「ハミアとマミアはもう少し茶を楽しむことにする」

「安心しろ。我らから伊織にこれ以上寝所の話はせぬ。しかし、お前は案外その手の話は苦手そうだな――いや、違うな。たとえば女密偵たちの手練手管に関しては、お前が率先して指示を出しているくらいなのだから」


 マミアはそう言うと、クククとおかしそうに笑う。


「お前は卿との褥についてのみ、奥手が抜けきれぬのか。愛い奴よ。伊織には時が来れば、お前に代わって我ら姉妹が手ほどきを教えてやる」


 マミアはそう言うと悪戯っ子のように笑い、目の見えない姉のために菓子を取り分け始めた。レティシアの口からは疲労からなのか不満からなのかわからない溜め息が零れる。


「レティちゃん、どーしたの~?」


「いえ、何でもありません!」


 レティシアは伊織の手を引いて屋敷内の倉庫保管室に向かった。

お世話になっております。作者のフミヅキです。読んで頂いてありがとうございます。

ブックマークや評価ポイントを付けてくださった方もいて嬉しいです。ありがとうございました!

これからもよろしくお願いいたします。

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