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辺境伯の第六夫人! ~奥様たちは特殊戦闘員~  作者: フミヅキ
第一章 第六夫人の華麗なる日常
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第六夫人の華麗なる日常①

「辺境伯のお留守は我ら女子特殊攻兵隊が守りましょう!」


 エネリア砦の陣内で辺境伯第六夫人レティシア・ブロアードがそう宣言すると、萌黄色の口伝鳥(ウィスパーボイス・バード)が羽を震わせながら嘴を開いた。


『下位夫人のくせに偉そうに言わないでよ! あなたに言われなくたって、やってやるわ』


 繊細な蔓薔薇模様が施された鳥籠の中で、萌黄の口伝鳥は第五夫人キーリィの声でそう叫んだ。


 現在、砦にいるこの萌黄色の鳥と対になる若紫色の個体が、第二夫人(甲・乙)のハミアとマミアおよび第五夫人キーリィとで率いる遊撃チームに随伴して飛翔し、レティシアの言葉を伝えているはずだ。


 この鳥は、レティシアが王立アカデミー在籍時に戦史・戦術学や政治経済学を主専攻する傍ら、魔性生物生態学者ドリン・テイルズ老博士の研究室に通って研究を手伝った鳥だった。人間に聞き取れる声と聞き取れない声で発声するこの鳥を調教し、遠方の人物との会話を実現しようという研究だった。


「ハミア様とマミア様も、ドラゴンのご準備はよろしいでしょうか」


 レティシアが問いかけると、萌黄の口伝鳥は双子の第二夫人の声を再生させた。


『ハミアは問題ない。竜の火は整った』

『マミアも問題ない。マミアがあね様を守る』


「敵陣制圧は手筈通りに頼みましたよ、キーリィ様」


『だから、あなたに言われなくたってギィィィィピィィィィ!』


「あら、不調かしら……? あとで調教の記録を振り返らなくては……。でも作戦の方はキーリィ様達ならば大丈夫でしょう」


 口伝鳥を使った遠話はまだまだ挙動が不安定であり、女子特殊攻兵隊で試験運用中なのだった。


 蔓薔薇模様の施されたプレートメイルを装着し、槍を携えたレティシアは、改めて陣内を見渡した。


 辺境伯ルシエル・オール・ギザリアに仕える各兵団責任者が、一旦現場から引き揚げ、軍議を開いているところだった。人間、獣人、ドワーフなど様々な種族入り乱れた構成で、皆、異なる武器防具を身に付け、それらには出身部族を象徴する紋章があしらわれていた。男性が多いが、鎧や魔術ローブを纏った女性の姿も見える。


(皆さん、多くの戦闘を生き抜いた歴戦の戦士だけあって、さすがのオーラを纏っていらっしゃる。一方のわたくしはといえば、こんな大層な格好をしたところで、皆様や他のご夫人方のような戦闘力や特殊能力はない……。この姿は見かけ倒しで制服のようなもの。でもその分、わたくしはわたくしの務めを果たさなければ……)


 決意を新たにしたレティシアは槍を握る手に力を込める。彼女は頬の下で切り揃えた赤髪に緑の瞳が印象的な愛らしい少女で、若干十七歳でありながら辺境伯直属・女子特殊攻兵隊の参謀役を担っていた。


 陣の端では、車椅子に乗った第一夫人ネイスが占星カードをテーブルに並べている。病のせいで体の自由が利かない彼女が辺境伯軍に随伴しているのは、「未来を見通す」と言われる彼女の血統能力ゆえだった。


 一方、第一夫人の傍らのソファでは、齢七つにして第四夫人となっている伊織が昼寝をしていた。獣人族出身の伊織は、銀色の毛皮に覆われた狐の耳や尻尾を時々ピクピクと動かしながら、まだまだ目覚める気配はない。


 レティシアは改めて槍を握り直す。


(とはいえ、わたくしにまったく武術の心得がないわけではない。もしもの時にはわたくしがネイス様たちの盾にならなければ)


 レティシアは陣の端に移動して、砦の下を見る。


 砂地と岩地の荒野では、ギザリア辺境伯領軍の兵士たちが、それぞれ得意の武器や魔術を用いて魔物たちと戦っていた。辺境伯領軍は種族も人種も部族も様々で、身に付ける防具や武具にも統一性のない兵集団だが、掲げられた領軍旗だけは共通だった。


 一方の魔物たちの種類も様々だ。コボルト、ゴブリン、スケルトン、グール、バシリスク、ゴーレム、グリフォンなど、図鑑を見ているかのような顔ぶれ。


 戦況は均衡しているように見えた。レティシアは愛らしい顔の眉間に皺を寄せる。


 エネリア渓谷の巨大な断崖に挟まれたこの場所は、砂と岩の荒野が続く不毛な土地だ。そして、荒野の果てには大地に昏く巨大な「穴」が開いている。


 この大穴――「アンダーストラクチャー」こそが、ギザリア辺境伯領が世の人々から忌み嫌われる最大の要因だった。


 瘴気が漏れ出すこの穴は魔界に繋がっていると言われている。アンダーストラクチャーからは時々魔物たちが溢れ出てくるため、人々の住む土地に魔物が来ないよう、エネリア渓谷を遮る形で石積みの巨大建造物が設けられた。レティシアたちのいるエネリア砦は、この大防壁の中央に据えられている。


 レティシアが砦下を睨みながら戦況について思案していると、声を掛けてくる者がいた。


「レティシア殿、確認したいことがあるのだが」


 現辺境伯ルシエル・オール・ギザリアの叔父にあたるガブリエル・ギザリア大将――辺境伯領軍の最高責任者を務める初老の男だった。彼の身に付けるプレートメイルにはギザリア家の獅子桜花紋章が刻まれている。


「レティシア殿が先ほど述べられた、本事案を通常のモンスター・スタンピードと見做していない理由を改めて伺いたい」


 アンダーストラクチャーからは度々魔物が這い出てくる。


 少数であればエネリア砦で常時警備にあたる砦兵たちが対応するが、まれに数千匹規模の魔物が押し寄せてくるモンスター・スタンピードが発生する。その場合は、ギザリア辺境伯の名の下に領内各部族選りすぐりの戦士たちが「辺境伯領軍」として編成され、これの討伐にあたる。


 ガブリエルは今回もその認識だったが、それに異を唱えたのがレティシアだった。


「理由は我らが誇り高き辺境伯領軍と今回の魔物との戦闘が『均衡』している点です」


「ふむ?」


「通常のモンスター・スタンピードで有象無象の魔物が何千何万押し寄せてこようとも、本来、我らが辺境伯領軍の敵ではないはずなのです」


 モンスター・スタンピードの起きる要因は、魔物生態学者によりいくつかの説が挙げられている。一つは繁殖期に異常増殖した魔物たちがアンダーストラクチャーから溢れてくる事象とするもの。他には、アンダーストラクチャー内で強大な魔物が暴れたことで、それより弱い魔物たちが逃げ場を求めて穴の外へ大挙して押し寄せるのだとする研究者もいる。


 いずれにしろ、瘴気の濃いアンダーストラクチャーの中に人は容易に近づけないため、知見はなかなか増えないままだった。


「今回は、頑強な我が軍と互角にやりあう個体の割合が多いように見受けられます。しかし、それよりも重要なことは、戦力の分散と投入が的確になされている点です」


「なるほど……つまり、彼奴らめ、集団行動していると言いたいわけか」


「はい。明らかにいずれかの指揮のもとでの進軍と考えられます」


 レティシアの言葉に、白髪の大将の目がギラリと光った。


「レティシア殿は、その指揮官の場所に女子特殊攻兵隊の遊撃部隊を向かわせておるわけか?」


「はい。我々で指揮官を潰します」


 レティシアがニヤリと不敵に笑うと、ガブリエル・ギザリアも同じような顔で笑った。


「その場所に指揮官がおるという根拠は?」


「ハミア様とマミア様に翔んで『見て』きて頂きました。定期的に伝令役と思われる俊足のケルベロス何体かが、戦場内各地とその拠点を往復しているそうです。そのたびに部隊の入れ替えで苦戦箇所へ戦力が補充され、時には『アンダーストラクチャー』からの補充も見受けられるそうです」


「なるほど。しかし、姉妹殿のドラゴンを斥候に使うとは贅沢だのう」


「ハミア様とマミア様のお力の価値は攻撃だけにあるわけではありません。ドラゴンの『目』は我らが辺境伯領の大きな財産となりましょう」


「ふむ……」


 ガブリエル・ギザリアは思案するような顔で白髪の髭を撫でた。レティシアはさらに言葉を重ねる。


「指揮さえ潰せば効率的な戦力補充は行われず、通常のモンスター・スタンピードとそう変わらなくなるでしょう」


「そうなれば、時と共に我が軍の物量で彼奴らを潰せるというわけか」


「はい。それは少数部隊である女子特殊攻兵隊では不可能な仕事です。そちらの指揮は閣下に存分に発揮していただきたく思います」


「わかった」


 ガブリエル・ギザリア大将は踵を返し、兵団長たちとの軍議に向かった。


 この瞬間、レティシアは軍事最高責任者に行動のお墨付きを得たのだ。彼女は萌黄色の口伝鳥に向かって叫ぶ。


「ハミア様、マミア様、露払いの火炎を!」


『あね様、竜の火だ!』

『おう!』


 第二夫人(甲・乙)ハミアとマミアの声を口伝鳥が再生した。


 同時に、砦のレティシアが見つめる先で、上空から瑠璃色のドラゴンが急降下し、停滞した戦況の一角に向けて口から巨大な火炎を吐き出した。

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