第二話 死と破壊と目覚めと
「・・・がはっ! はぁ、はぁ、なにが......」
暑さや粉塵のせいでせき込みながら目を覚ました。確か轟音とともに突然部屋が崩れて、それの下敷きになって......。
「なんだよ、これ......、
俺があたりを見渡すとそこは戦場だった。何が何だかよくわからない。戦場なんてこの世界でも、ましてや元居た世界でも経験がないはずだ、多分。元の世界では少なくとも俺がいた国では戦争は起こっていないはずだ。
だが目の前、といっても100m程先では戦火が広がっている。切りあう人々。そして巻き起こる火柱、それも何もない場所から。・・・ん? よくよく見てみると、見たこともない生物がいる。背中から翼をはやした猛獣や、鎧を纏った猛獣。そしてそれを従えるような女性。そしてそれらと戦うような人間。こちらはおそらく俺たちをさらった奴隷商や蛮族のような奴ら。
戦況は火を見るより明らかだった。化け物どもと人では圧倒的に力が違う。紙切れのように切り捨てられる人間、軽々と持ち上げられ投げ飛ばされる人間、そしておそらく魔法の炎によって焼き捨てられる人間。戦いなどでない、蹂躙である。それが俺の目の前で起こっている。体が固まってしまう、それと同時に起こしていた体を維持できなくなり、尻餅をついてしまった。
べちゃっ
そう音が聞こえた。
「な....んだ、よ」
そういい背後を向くとそこには瓦礫につぶされたであろうここにいた子供たち、であったもの。身体の形を保っているのはまだいい方で、完全に瓦礫につぶされてそこから血が滴っているだけの場所もある。
息をのんだ。先ほどよりもより近くで、より鮮明に死というものを感じてしまった。しかしと胃から上がってくるものも、胸をせりあがってくるものも何にもない。ただの嫌悪感。その事実が逆に俺を冷静にした。
「そうだ、アリンは......!」
ふと彼女を思い出し再度あたりを見渡す。そして最後に手元に視線を落とす。そこにあったのは、尻尾。・・・間違いない彼女のものである。この一週間ずっと見てきた月狼族の彼女のものだ。その血が続いている方を見やるとそこは地面ではなくきれいに落ちた天井だった。そこから滴る血だまり。
「あ......あぁ」
分からない。分からない。なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか、なぜ罪もない子供たちが死ななければならなかったのか。なぜ彼女は死なねばならなかったのか。そしてなぜ俺だけが生き残ってしまったのか。
「おい貴様。何をしている」
呆然としていると何者かに声をかけられた。
「......あ?」
「何をしているのかと聞いているんだ。ここにいたやつらは一掃したと思っていたのだが?」
顔を上げるとしゃべる猛獣がいた。ここにいたやつらは一掃しただと? あたりを見渡すと人間がごみのように転がっていた。どうやら長い間心ここにあらずだったようだ。
「お前が、お前たちが」
「あ? 何言ってんのか聞こえねえよ。珍しく精霊族のガキがいたから生かしてやったがどうやらそんなこともないらしいな。ルイ様ももうここにはようがないと言っておられるからな」
「ルイ......そいつが彼女たちを?」
俺はまた何も成すことができずにいなくなるのか? 後悔だけが残った前世。今回は後悔すらも残せず終わるのか? そんなことのために俺は呼ばれたのか?
「......めだ。....駄目だ。そんな世界なら最早なくなってしまえば」
「あ? なに気持ちわりぃこと言ってんだよ。さっさと死んどけや」
そういうと化け物は手に持っていた巨大な斧を振りかざしてきた。そうすると不思議なことに斧を振り下ろす手が急激にスローになった。あぁ、これが死ぬ間際か。このままだと左肩から入って右わき腹に抜ける一閃か。即死かな。あぁ、せっかく連れてきたんなら何か手を貸してくれたっていいじゃないか。お前を救う救わないどころの話じゃないぞ。
〈救いの言葉が聞き届けられました。これより生命活動の危機回避のため、自動防衛行動に移ります。なお、この請願は残り3回となります〉
覚悟をした瞬間俺の脳内に直接声が響いた。自動防衛? 救いの言葉? なんだそれは聞いたことがないぞ。
―――そして俺は再び意識を手放した。
* * *
不要となった精霊族の子供を殺してこい、そう命じた部下がなかなか戻ってこない。魔王軍第二軍団の一番隊隊長のルイ・ソリアは内心苛立っていた。軍団長に言われて領地拡大のため、この辺りを占拠していた奴隷売りの元締めを殲滅してこいと言われたのが一昨日。任務自体は赤子の手をひねるようなものだったのだが、いざ帰ろうとしたときになって隊員が揃わないのだ。何をしているのだ、そう考えていた矢先、バゴン! という鈍い音と共に何かが飛来してきた。それが飛んできたのは先ほど部下を向かわせた瓦礫の中からだ。
何事か、そう思うと同時にルイと周りの部下たちは飛んできたものを確認する。それは、先ほど向かわせた部下であった。ただし全身が丸焦げとなった死体であったが。
「総員臨戦態勢!!!」
ルイはそう叫んだ。それと同時に周りのものも武器を構える。部隊の中では最も防御力の高かったソイツがいとも簡単に屠られたとなると話が違ってくる。まさか残党の中にそんな奴がまぎれていたとは、そう頭をフル回転させる。
―――そして見据えた先、炎の中から現れたのは年端もいかない精霊族の子供。そう、先ほど殺してこいと命じた子供本人であった。こいつが? もちろん疑ったがその子供の手についていた血を見て確信する。
「総員砲撃開始!!!」
体の芯に直接訴えられるような恐怖に似た感情と生存本能のようなものによってその場にいた全員に命じる。一瞬戸惑った者たちも隊長の鬼気迫る表情に押され、攻撃を開始する。
轟轟と撃ち込まれる魔力弾や炎弾、その他多くの遠距離攻撃がなされた。その威力たるや小さな都市ならば塵になるほどのものだ。本来魔王軍が少数の敵勢力にここまでの全力を見せることはない。それだけの異常事態、後にラティスの悪夢とも光とも呼ばれる戦いの始まりである。
撃ち込まれた無数の砲撃、やった、そう誰もが確信した。しかしルイは違和感を覚えた。あれだけ部下をいたぶった者がなぜ反撃をしてこないのか。炎弾の一つでも撃ってきてもいいのではないか。その違和感はやがて驚きへと変わる。
砂埃の晴れたそこに、ヤツはいた。あれだけの攻撃を受けながらも立っている。それだけでも異常だがさらに無傷であった。
「なん....だと」
「おい、俺たちは手なんて抜いてないぞ」
「どう、いうことだ」
本来冷静であるはずのルイがその表情を崩すと同時に周りの部下たちも驚きの声を漏らす。
「お、おい、なんだあれは」
「まさか、聖なる盾じゃないか......?」
誰かがそうつぶやく。そしてルイも確認する。彼の体に纏わっている光を発する盾を。それは本来天使族にのみ許された奇跡。それを精霊族が使うなどとあるはずがない、そう誰もが考える。ましてやあの子供は部下を焼き払ったのだ。
ありえないと訴える理性、恐怖する本能の板挟みになるルイは反応が一歩遅れる。
「〈身体損傷率0,01% 残存力量87% 明確な敵対行為とみなしこれより反撃を行います〉」
彼の言葉に一同が押し黙る。それと同時に彼は詠唱を始める。
「〈集え 《加圧衝波〉」
その言葉と同時にルイを含むその場の全員が押しつぶされるように全身を地面につける。
しまった、ルイは後悔する。無傷であった時点で退避させるべきであったのだ。炎と聖なる力を扱えるだけでも異常。さらにまさに空間の力さえも使っている。
「....総員....退避」
力を振り絞り全員に伝える。だがまともに動ける者は自分を含め一人もいない。
しかしそんな言葉をも一蹴するように、慈悲はなく彼は言葉を続けた。
「〈残存力量56% 補填のため追撃へ移ります 集え与えよ《変換収束力砲 〉」
そんな言葉と共に上空高くに一粒の光が現れた。それに気づいたのはルイを含め隊では3人。そして3人はとっさに反魔力の結界をかろうじて自らに纏わせる。
その直後、上空の光の粒が拡大しルイたちのいた場所を襲う。音はない、風も起こらない。しかし強力無比な攻撃を浴びせられた。自らを守ることに成功した3人はかろうじて死を逃れる。それ以外のものは言わずもがな全滅。そしてその養分は少年へと注がれる。
僅か5分。その間に自分の隊が消滅させられた。その事実がルイを感情をかき乱す。
「〈残存力量補填完了 残りも無力化に成功と判定 これにより反撃を終了します〉」
自分の部隊が補填材料としか見られていなかったことにルイは絶望と共に憤慨した。だがしかし反撃する余力がない上に不安そうにこちらを見つめる部下二名を捨て置くこともできないため押し黙る。
「〈魔王軍ルイに反撃の意思あり 追跡回避のため手段の切除を実行〉」
その言葉と共に少年の手が振り下ろされる。固唾をのむ3人。
「くっ....ぐあっ......ぎ、くふぅ......!」
幸いにもルイはアキレス健切られるにとどまる。
「〈反撃可能生命体の存在不在 これより安全地帯への移動に移ります〉」
そう言葉にすると少年はどこかへ歩き出しそのまま姿を消した。
安堵する3名。それと同時に怒りの感情がそれぞれを支配する。いずれ消す、そう考えながらルイは唇を血が出るほどに噛んだ。
* * *
「〈ふぅ、疲れた。やはり口調を変えるのは疲れる。奴らにこちらを気付かれるわけにはいかなかったからとはいえ....。まぁ、いいや。一番やらかしたのは聖なる盾つかちゃったことだよなぁ。あんなの使ったら私たちがかかわってるってわかるんじゃないかな。最上位闇魔術なんて現代種の力じゃ無理なんじゃなかったの....?〉」
はずれにある森で何者かがぶつくさと文句を垂れている。しかし彼は次の瞬間には何かを思い出したかのようにあるものを取り出すし、それを地面に置いた。
「〈そうだったそうだった。証言者がいないんじゃ意味ないもんね。しかしよくこの子、尻尾だけ残ってたな。こんなに状態いいんだったらもしかしたらうまくいくんじゃないのかな。さてと、《蘇生〉」
それはかつて数回観測された程度しかない奇跡。ここ、下界では禁忌と言われ封印されさえした秘術。それをさもありなんといった風に行使する少年。
「〈さて、《蘇生》使ったらさすがにエネルギー少なくなるなぁ。この子ももうじき起き上がるだろうから口調変えないとな。あら、尻尾二本になっちゃったか。まぁよし五体満足だし〉」
ほどなくして目を覚まそうとした少女の尻尾が二本に増えていることに気付く。《蘇生》は本来成功率は限りなく低い秘術。成功したところでどこかが欠損していたり異形になっていたりということの方が多いほどである。それが今回は五体満足でむしろ尻尾が増えている程度なのだ。大成功といっても差し支えないであろう。ただし精神面では起きてみるまで分からない。
「・・・んん。ここは、どこ。......そういえば私死んだはずじゃ」
「〈告げる あなたには成さなければならないことがあります 今から言う内容をこの体の持ち主に伝えなさい〉」
「・・・誰なのあなた。その子の体で何するの」
どうやら精神面でも《蘇生》成功したようだ。死ぬ前とあまり差異はないようである。
「〈それをあなたに述べる必要はありません あなたがこれからすることは私の言葉を伝えることです 一つ 私が代われるのはあと3回 一つ 回路は開かれた 一つ 私はあなたに出会ったことがある〉」
「それをこの子に伝える。それだけでいいのね? なら一つだけ答えて、なぜ私は生きているの」
「〈私がそうさせました 私の言葉を伝える者が必要だった それがあなたであっただけのこと あなたであることに特別な意味はありません それでは私は消えるので先ほどの言葉を忘れないように〉」
その言葉を最後に少年は目を閉じてその場に倒れ伏した。その顔はまるで何かをし終えた後のように優しく微笑んでいた。
「いったい何だったのあれは。というか、ねぇ、起きてよ! ねぇ!」
アリン=ステルヴィア、かつて奴隷目前のその少女は一度死んだ。しかし彼女がのちに聖女と言われるようになるのはそう遠くない未来。そして名もなき少年が自分を見つけるのもそう遠くない未来。
二人の出会いは偶然なのかはたまた必然だったのか。それがわかるのはまだ先の話。