序
始まりの日
まで 俺の名前は佐藤広軌。学生、だったものだ。というのも大学受験に敗れた俺は高校生でも大学生でもない、中途半端な浪人生となってしまった。だから学生だったもの。
うちの家族は軒並みエリートで兄二人は弁護士と医者をやっており、受験に敗れた俺はいわゆる落ちこぼれ扱いされている。まあもっとも、誰も顔には出していないのだが。
「もう疲れた」
思わずそんな言葉が口から無意識に漏れてしまった。季節はもう冬、受験までは時間も無くなっている。両親からの脅迫に似た期待、兄たちからの嘆息に似た励まし。そして何より、次はないという自分自身への重圧。もうそれにもこれにも疲れてしまった。
このままどこか遠い所へ逃げてしまおうか。誰か俺をどこかへ連れてってくれないだろうか。できればだれの目にもつかない静かなところへ。
雪が降りしきる夜道でそんなことを考えてしまう。やはり俺は心が弱いようだ。
「そんなことないよ」
ほら、こんな幻聴だって聞こえる。こんな時は早く帰って寝よう。
「幻聴じゃないってば!」
「うわっ!」
少し怒ったような声とともに光の玉が目の前に突然現れた。幻聴に続いて幻覚まで......?
「ちっがーーう!幻聴でも幻覚でもない! 私は使者よ使者! 使いなの!」
使者......? いったい何の?
「なんのって言われると、それはまぁ言えないんだけど」
なんだよそれ。というか俺の考え筒抜けじゃない? 俺ここまで声発してないんだけど。
「当り前じゃない。私は精神体なんだから心で会話するしかないでしょう」
な、なるほど? 確かにこの光の玉、先ほどから音は発していない。こいつ直接脳内に。
「そゆこと。で、もう本題に入っていいかしら?」
本題? ああさっきこいつ使者とか言ってたな。で? 何なのその本題ってのは。
「話が早くて助かるわ。あなた、この世界につかれたとか言ってなかったかしら? どこかに逃げたいとかも言ってなかったかしら?」
おぅ、ばれてーら。まぁ言ってはないんだけど。思ってただけなんだけど。
「揚げ足とるんじゃないわよ。まぁいいわ。その思いは現在進行形なわけ? 突発的なものじゃなくて」
ま、まぁそんなところかな。嘘でもないし突発的でもないかな。
「そ。ということはそれは心からの祈りってわけなのね?」
祈りっていうとちょっと仰々しいけれどあながち間違いではないかな。まぁ祈りというよりも救いというかなんというか。
「よーしこれで手続きは完了ね! さぁ、行きなさい! 佐藤広軌!」
いきなり光の玉が威勢よくそう言うと光が強く輝き始めた。
「ちょっと待って、手続きって何。てかなんで俺の名前....あれ....」
そこで俺は強烈な眠気のようなものに襲われた。抗えない....。
「だれ....か....」
そこで俺は意識を失った。誰かも分からない何者かにいきなり手続きをされていきなり意識を失わされて。こんなもんか俺の人生。ごめんな、父さん母さん。兄ちゃんたち。
そして雪の降りしきる冬の日、佐藤広軌はこの世界から消滅した。
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『―――た。―――ました』
なんだようるさいな。浪人生の睡眠時間は貴重なんだよ邪魔すんな。というか何時だ今? なんで目覚ましが鳴らないんだ? 確か今日は朝から予備校.....。
『最後に肉体組成、種族を決定します。――――確定しました。肉体型:人型、続いて種族:擬似精霊族に決定。以上で世界渡りを完了します』
いやなになになに!? 肉体組成? 世界渡り? 何だよそれっ!?
......はっ! そういえば俺、昨日なんかよくわからない人魂に眠らされたんだっけ。てかここどこなんだよ。意識あるのに、目覚めないし。
「―――おいお前たち! 見てみろよこんなところにエルフのガキがいるぜ!」
次に聞こえてきた声は荒々しいそんな男の声。そして次の瞬間意識を失った。目覚めたばかりだというのに......。
俺が次に正式にこの世界を目にするのは檻の中だった。