13 第一章『最低な男』-12
ある日、クロウスは国王に呼び出された。かつて、ユシアに結婚を申し込みに行ったときに見た、そのときは病気など微塵も感じられないほどの表情をしていたはずが、今ではすっかりやつれ、まるで、生きているかどうかさえわからない暗い顔をしている。
「おまえは……クロウスか……」
今の国王は、記憶も曖昧な状態になっており、クロウスのことをかろうじて覚えているといった状態だ。
「……命令だ。……次の戦争に参加しろ」
国王の冷たく言い放った言葉に、玉座の隣にいたユシアが驚いて、国王の輝きを失った瞳を見て言う。
「お父様っ! 戦争って、そんなところにクロウスを行かせたら、クロウスが死んじゃうよっ!」
「うるさいっ! これは、お前が口出すことではないっ! これは命令なんだ!」
すっかり狂った国王は、最愛の娘であるユシアに怒鳴った。
「でもっ!」
「わかりました。このクロウス。必ずご期待に沿える働きをして参ります」
「ふっ、そうだ。そう言えばいいのだ。いいだろう、下がれ」
クロウスは礼をして静かに部屋を出た。ユシアは無言で部屋から出たクロウスを追いかける。
「クロウス、本当にいいの? 次の戦争の相手はグレイシス王国でしょ、戦力はこっちの十倍あるって言われてるのに……。戦争に行ったら生きて帰れる可能性はほぼゼロだよ。私はあなたに死んでほしくない。だから、行かないでよっ!」
ユシアは目に涙を浮かべて、震えた声でクロウスを止めようとする。
「ああ。それでも行くよ。たとえ生き残る可能性がゼロだとしても簡単に死ぬわけにはいかないんだ。だから、ごめん」
クロウスはそれだけ言い残して、王城の廊下を歩いて行った。
クロウスが去った後、ユシアは決して追いかけることはなく、倒れるように膝をついて涙を流した。赤い絨毯は、少年の安否を心配する少女が流した涙で滲んでいく。
「どうしてなの……、どうして……。あのときのお父様なら戦争なんてしなかったのに……。あのときのお父様を返してよ……! クロウス、負けないで、絶対に生きて帰ってきて……!」
鉄の兜と鎧を着た双方の兵士の剣が交わり合う。兵士の上空には後方の兵士が撃った矢が飛び交っている。兵士の個人としての技術は互角だが、数では圧倒的に向こうが勝っている。一対一で剣を捌くことができても、これは戦争であって決闘ではないのだ。横やりが入ってくるのは当然。時間が経てば経つほど、クロウスのいる国の兵はみるみるうちに減っていく。
「団長……力を貸してください」
クロウスは団長から託された蒼の槍を強く握りしめる。
「てやっ!」
敵兵がクロウスの前に現れて、剣を振り下ろす。クロウスはそれを槍で弾いて、ひるんだ隙を狙って心臓を刺した。剣を持つ相手、自分と同じように槍を持つ相手や、あるいは、矢が降り注いでくることもあった。数々の攻撃をかろうじて耐えて、クロウスは槍を杖代わりにして進み続ける。片目は剣で斬られて視界が一層悪くなり、足は矢が刺さってままで血が流れ出し、片方の腕は槍を受け止めた傷でもう動かない。
「はあっ……はあっ……。まだだ、まだ死ぬわけには……」
心には常に最愛の妻、ユシアの姿を思い浮かべながら、クロウスは前へ進んだ。
「うおおおおっ!」
敵兵が剣をクロウスに向けて振り下ろす。だが、クロウスは受けてきた傷があまりにも深すぎて、その剣を棒立ちのまま振り下ろされる最後まで見ているしかできなかった。