その9
◇◇◇◇◇ その9
「これが重力加速度測定装置です。」
阿部はワゴン車から大きめのケースを取り出しながら説明する。3人が危うく大事故に巻き込まれそうになった現場は今はもうすっかり片付けられていたが、道路にはスリップ痕が生々しく残っていた。
「大きな振り子があれば誰でも重力加速度は測定出来るんですがね。こいつを使った方が簡単ですから。」
阿部は道路の一部に工事の時に使う馬を並べて片側の交通を遮断する。重力加速度装置を使った測定は簡単だ。装置を地面に設置して水平レベルを合わせ開始ボタンを押す。約1分で結果が出て、GPSより得た位置情報と共に記録される。
「なんだか測量と似てますね。」
「そうそう、最近はこいつを使ってビルを建設し終わった後の重量を測定するそうですね。」
阿部は健一と話をしながら3回測定を行った。
「どうだい?。」
「特に変わったデータではないですね。この程度の誤差ならどこでもあるかなあ。」
阿部は健一にかいつまんで説明した。
「他も測定しましょう~。」
静奈の一言で4人は素早く道具を車に乗せると他の事故現場へと移動した。5箇所の現場を回ってそのたびに測定を繰り返す。阿部はもともと土木が専門のようで素早く作業を進めて行く。測定をすべて終了した4人は国道に面した食堂に落ち着いた。
「クリカツ4つ。」
涼子が慣れたような口調で注文を出す。
「おかしいなあ。」
健一はため息をついた。
「重力が変化してると思ったんだけど。」
「阿部さんはどう思います~。」
静奈はふふっと笑って阿部に質問する。
「私にはよくわかりませんが・・重力の分布は地球上でもけっこうばらつきがあるそうですね。」
「そりゃあ、もともと経度の違いで差がありますから。それに地表はけっこうでこぼこしてるからねえ。都会と田舎でもばらつきは認められてるし。」
「あれ、阿部さん、けっこう詳しいのね。」「一応、土木が専門でしたから。」
「ああ、それであんな測定装置も知ってるんだ。」
一平がようやく口をはさんだ。
「ええ、私もこの村はもしかしたら低重力なのかなって思ってたもんですから、今年の始めにお願いして買ってもらったんですよ。」
健一と静奈それに涼子は顔を見合わせた。
「えっ、阿部さんは気が付いていたの?。」
「いえ、気が付いたってほどじゃないんですが、なんかおかしいなあって・・。」
「それはまたどんなところからですか?。」
健一は真剣な顔になって尋ねた。
「この村で発生する事故と・・・長寿者が多い点ですよ。」
「長生きの村ってわけ?。」
運ばれて来たクリカツをほおばりながら涼子が尋ねた。
「そうですよ、同じような規模の村の中では断然トップです。」
「でもそれは食生活であるとか、空気のよさじゃないの?。」
「ええ、世間的にはそうなってますがね。東京から連れて来たうちのばあちゃんが、ここへ来たら体が軽くなった気がするって言うんで・・。」
「じゃあ、阿部さんは事故の原因も心当たりがあったんだ。」
「そうなんですが・・私みたいな若い人間のいうことは相手にしてくれないですから。」
「ふーん。そうだったんだ。」
クリカツをほおばっていた涼子が突然口を開いた。
「でもねえ、重力には変化がなかったんだよねえ。」
「重力レベルはいつも変化してるわけじゃないってことだ。」
「えっ、じゃあ、私の考えをわかってもらえるんですか?。」
阿部は喜色満面といった顔つきで健一に目を向けた。
「ああ、阿部さんの着眼点はすごいと思うよ。長寿と重力を結び付けるなんて、普通じゃなかなか考え付かないですよ。」
「でも、役場ではこの考えを披露してもみんな笑って相手にしてくれなかったんです。それでもがんばって測定装置だけは購入することができました。認めてくれたのはあなたがたが初めてです。」
「あはは、俺はSFちっくなことが大好きなんだよね。」
健一は変な自信を持って答えた。
「重力の変化を数値ではっきり証明出来れば御偉方も納得してくれるんだけどなあ。」
クリカツを食べ終えた阿部はつぶやいた。
「もし、ほんとに証明出来たらこの宮川村は一躍世界中から脚光を浴びることになるぜ。」
「えっ、どうしてですか?。」
阿部は健一に尋ねた。
「よく考えてみなさいよ、長寿の根拠ががはっきりと重力低下によるものだと証明出来れば世界中の金持ちがこぞってこの村に別荘を建てたがるし、病院や保養施設にはもってこいのはずだ。俺はよくわからないけど、低重力だからこそ、実現可能な製品もあるはずだよ。」
「そういえば、スペースシャトルで新種の合金ができたってニュースで言ってたわね~。」
ようやく食べ終えた静奈は食後のお茶を口に運びながらうなづく。
「ははは、今の内に土地を買い占めておいたらどうだ?。1000倍くらいに値上がりするかもしれんぞ。」
「ここいらは坪7万くらいだから・・いくらでも買えますよ。もし、確認出来れば大金持だ。」
阿部が胸算用をする。
「7万・・東京から考えればただ同然だぜ。それが天井知らずの金よりも価値が出る可能性があるのか・・。」
健一も真剣に考えている。