その8
◇◇◇◇◇ その8
現場検証と警察での事情聴取に時間がかかり、3人が役場に戻ったのは夜の時間帯になってからであった。
「散々な1日だったようですな。」
役場では心配した村長が休日にもかかわらず3人を出迎えて、村長室に招き入れてくれた。村長自らお茶を入れて3人にふるまってくれている。
「もうだめかと思った~。」
静奈と涼子はようやく一息つけたようで楽な声でしゃべることができた。
「いやあ、ほんとに良かったよ。けががなくて。赴任した早々、生徒を自動車事故に巻き込んだなんて、何かを教える前に首になって強制送還されるところだったよ。」
「警察でいろいろ聞かれたけど、事故の瞬間は見てないんだからねえ。」
「私も気が付いたらお腹向けてひっくり返っている車が見えてびっくりした~。」
静奈も同じように答える。
「警察での話じゃあ、タヌキを避けたらああなったって聞いたけど~。」
「たぬきってとこがここらしいね。」
「そんな位で車って横転するんだね~。」
静奈と涼子は事故についてようやく冷静に分析することができるようになったようだ。
「さーてね、高速道路の事故の写真じゃ、よくひっくり返った写真が掲載されてるから珍しいことじゃないんじゃないのか?」
お茶を口の中で転がすようにして健一が答えた。
「でも先生の車は横転しなかったよ~。」
「それはスピードがちょっと遅かったからかな。今日は天気も良くて道路も乾いてたはずだからね。」
健一が自分の考えを言う。
「20m前方にタヌキ発見、時速90キロからフルブレーキング、まあどうせ間に合わない距離だろうね。」
警察でもらったメモを見ながら健一は説明した。
「一番気になったのは、あの青年は床にペダルが着くほどブレーキを強く踏み込んだと言ってるのにブレーキの跡が5メートル分しか残ってなかったことだよ。この車は横転した車を発見してすぐブレーキをかけて、ブレーキ跡は50M近く残っていたんだけどね。青年は20M手前からブレーキをかけていたはずなのに実際に横転したのはたぬきが飛び出したと思える場所よりも100M近く過ぎてからだよな。」
「そうよね、今思うと前を走っている車がいきなりひっくり返ったって思った方が自然なくらいよ。」
静奈がぼそりとつぶやいた。
「いきなり・・ひっくり返った?。」
健一は静奈に聞き直した。
「だってブレーキの跡だって20メートルもなかったんでしょう。時間にすれば一瞬よ。」
「うーん。」
警察でもらってきた地図と現場の略図を見ながら健一はうなっている。
「まさか、ブレーキが効かない場所があるってことか?。」
今井村長は健一の顔を見た。
「この村には滑り易い場所があるということです。」
健一は今自分が発見したばかりの事実を確かめるように発言する。今井村長はきつねにつままれた顔をしている。
「そりゃあ、ここいらの道路は冬は凍りますからね。それに舗装だって多少はむらがあるでしょうし・・。」
「いや、そうじゃなくて、なんといったらいいか・・。」
健一は正直に言っていいものかどうか考えあぐねているようだ。
「村長さん、あのですね、どうも物が軽くなる場所があるんじゃないかと思うんです。」
今井村長は健一を見つめると言葉を選んで答えた。
「それは・・・重力の変化・・ということですか?。」
「そうです。」
健一は自分の考えを確認するかのようにゆっくりと答えた。